短編:色んな意味で言いたくない初恋話

       あらすじ

小比類巻諭は罰ゲームとして、恥ずかしい話を一つすることになった。彼が選んだのは、小学校時代の思い出。誰にも言いたくない、初恋にまつわるものと聞いて、みんな関心を持ったのだけれども、いざ始まると自慢話めいたエピソード語りが延々と続き……。


        本文

 罰ゲームねえ。自分で決めていいのなら、誰にも言えない、というか誰にも言いたくない初恋の話をしようと思うんだけど、どうかな。罰ゲームとしては我ながら結構きついと思うよ、これ。
 ――認めてくれてありがとう。それなのに、ちょっと申し訳ないんだけど、このあとの話はしばらくの間、何だかんだと自慢めくけれども辛抱して欲しい。

 僕、小比類巻諭こひるいまきさとしは男前である、らしい。
 小学校――珍しいくらいに大きな、いわゆるマンモス校だ――に上がる前の時点で、両親や親戚からだけでなく、周りの大人は揃って僕のことを「男前に生まれてよかったな~」「子役タレントが務まるよ」等と口々に言った。
 僕は小さな頃から割とませていて、みんなお世辞がうまいなぐらいに受け止めていた。実際、小学校に入ってからも女子からもてるということは特になく、仲のいい男子達とつるんで遊んでいるのが楽しかった。
 ちょっと変わってきたのは五年生を目前にした春休みのことだった。とあるアイドルタレントがドラマに主演して人気が広がり始めていたのだけれども、そのアイドルと僕の顔がよく似ていたのだ。正直言って、一年前ならほとんど似ていなかった。僕が成長するのに伴い顔立ちがちょっぴり大人びた結果、一気にそっくりになったといったところかな。
 そして新学年になると、女子の方から声を掛けて来るようになり、何となくじわじわと女子の友達が増えていった。ここに来てやっと、男前だの二枚目だのと言われていたのが単なるお世辞なかったのかなと思えるようになったけれども、ただそれだけだった。女子と一緒にいても、あんまり楽しくない。いや、楽しくないことはない。でも仲のいい男子と遊んでいるときに比べたら、全然物足りなかったんだ。女子といるときは、おしゃべりするだけでも話題を合わせなくちゃいけない気がして、凄く疲れる。
 もちろんそんな気持ちを顔に出したことは一度もないつもりだ。けど、態度にちらほらと出るのかな、大勢いた女子の友達は、半年ぐらいの間に半分に減った。それでも多かったんだけどさ。
 仮に、女子の中に僕の好みにぴたりと重なる子がいれば、話は大きく違ってきたと思う。しかし自分が男前だと理解した僕は、ちょっと、いやだいぶ贅沢になっていたみたいだ。好みの条件を全部満たす人でなければならないとハードルを上げてしまい、容姿で言うならそれこそ芸能人レベルの女子を探し求めていた。
 六年生になって修学旅行で、クラスの男子みんなで雑談が盛り上がり、いいと思っている女子の名前を挙げていく流れになったことがあった。他の連中が「Aさんがかわいい」「隣のクラスのBさんが気になる」と口々に言う中、僕は別にいないなんて答えたものだから、全員からやいやい言われたよ。そりゃそうだよね、みんなそれぞれ推している女子がいるのに、その全員を完全に否定されたようなものだから。今なら理解できるけるけれども、そのときリアルタイムではさっぱり分からなかった。自分の好みを言い合うって決めておいて、僕はその通りにしただけなのに、何でどやされなければならないんだ?ってね。
 で、修学旅行のあと夏休みを挟んで二学期になった。
 最初の方で言ったように、通っていた小学校はマンモス校で、一学年につきクラスが数なくとも十はある。制服があれば校区内の服屋さんが儲かったろうにと本気で思えるくらい児童数が多いし、学校自体が広い。全員の顔と名前を覚えるのは難しいし、転校してきた子がいるなんて話も伝わるのが遅かった。
 その子が転校して来たのは二学期になるのと同時だったらしいんだけど、全校児童の多さ故に僕も僕の周りも全然知らなかった。元々、六年生全員の顔を覚えている訳じゃないんだから、見掛けても「あ、転校生かな?」と識別できるはずもないしね。
 実際、顔を合わせる機会はあったんだと思う。体育の授業は合同で行われることがたまにあったから。そして僕がその子に意識が向いたのも、クラス合同水泳授業のときだった。その年最後のプール授業で、泳ぎ納めとばかりに自由時間は水に浸かってはしゃいでいた。そんな折、ふと視線を感じた気がした。顔を起こしてプールサイドをざっと見渡すと、一人、金網フェンス際に体育座りしている子が目に付いた。見学らしく、体操服を着ていて、顔を見ようにも日よけに被っている帽子が邪魔をする。それでもこっちはプールの中から見上げる形だから、どうにか見えた。
 そしてその子の顔が見えた瞬間、心臓がどきんと鳴った、気がした。
 好みのど真ん中だった。顔立ちだけじゃない。髪の長さは肩に掛かるかどうかぐらい、肌の色はうっすらと白っぽいけど健康的。そのあと立ち上がった姿を見て、身体付きや背の高さなんかもスリムで、理想にほぼ重なっていると分かった。
 内心、大興奮してたんだけど、それまで異性がどうのこうの言わない、クールなキャラクターなんだと見なされるのに慣れていたせいもあって、表面上は慌てず騒がずを通したよ。無論、あの子が何組の何ていう名前なのかも、直接人に聞いて回るなんてできずに、六年生の各教室の前を休み時間など暇さえあればうろうろして、ちょっとずつ情報を掴んでいった。
 そんな風に苦労して、僕の初恋の人は七組の出席番号七番、来島梓くるしまあずささんと分かった。七組の七番ていうだけでラッキーセブンが二つ!と、変にありがたがったりもしたっけ。あ、実際には学年途中の転校生だから学級名簿の最後に入れてたみたいだ。そうしないと各児童のデータ整理がずれて不都合だからね。だから名簿上では四十一番目になるんだ。僕はこれすら、41は“よい”の語呂合わせになっている!といい方に解釈した。好きになると色々とばかになるんだ、ははは。
 さて、相手に関する基本的な情報は分かったものの、そこから先が進めない。いくら男前、二枚目だからと言ったって、実際の経験値がゼロなんだから。だいたい、当時は女子の方から声を掛けてくれるのが、僕にとって当たり前みたいになっていたし。
 手始めに七組の誰かと親しくなって、そこから来島さんのより詳しい情報を得て、来島さんに話し掛けるきっかけを得ようと考えた。できれば来島さんと仲のいいクラスメートに接近できたら最高だ――と、計画を立てたんだけど、絵に描いた餅だった。転校して来てまだ間がない来島さんには、親しいと形容できるほどの友達はいないらしかった。七組の前の廊下を通る度にそれとなく見ていた分に限るけれども、来島さんが誰かと会話している場面に出くわすことは確かに少なかった、気がする。
 それならばと、我が一組の女子の友達の友達の友達……という風に辿っていけば、来島さんに行き着くんじゃないかと閃いた。いやもしかすると直接、来島さんと友達だっていう女子だっているかもしれない。
 早速、仲のいい女子何人かに聞いてみた。もちろん僕の気持ちを隠さないといけないから、やや遠回しにね。会話の流れを読みつつ、「二学期になって転校して来た人がいるみたいなんだけど、みんな知ってた?」的な切り出し方をしたんだ。当然、あ、知ってるという反応があると思ってたんだけど、女子でも意外と無関心なのかアンテナが低いのか、ぱっとした返事がない。「おかしいなぁ、女子って聞いたんだけど」ともう一押ししても、同じだった。これ以上やると、僕が来島さんを気にしているとばれかねない。やむを得ず、この方法も中止。
 残るは、合同授業だと思った。もう水泳はシーズンが過ぎたから、合同体育だ。一緒の授業を受けている間に何とか接近できないかと目論んだ訳だが……来島さんの姿を探すと、毎回見学している。どうやら身体があまり丈夫じゃないみたいだった。思い付いた最後の手だったのに、きっかけにはならなかった。

 その後、僕は初恋の人へのアプローチを一時的にあきらめなければいけなくなった。というのも――また自慢めいたらごめん許して――私立中学を受けてみないかという話が来たんだ。何でかって? 言わせるの? 成績が優秀だったからだよ。ほら怒るくらいなら言わせるなよな~。
 とにかく、急な話だったけれど親が乗り気だったし、僕自身、興味を持てたからやってみることにした。以降は受験勉強に集中して、女の子どころじゃなくなった。もしあのときの僕が冷静だったら、仮に私立中学に合格すると来島さんとは別々の学校になってしまうと気付いてただろうね。勉強はできても、ほんと、こういうところは抜けている。我ながらばかだった。
 まあ、そんなばかでも私立中学の試験に受かった。あれは一月半ばか二月になっていたか忘れたけれども、要するに小学校卒業まではもう少し時間があったってことを言いたいんだ。
 残された日々を使って、何をするか? 決まっている。来島梓さんにアプローチするんだ。途中の段階をまるで踏んでないけれども、もう時間がない。この頃になってようやく、やっと、遅まきながら、僕らは別の中学に行くんだって認識したからね。
 とは言え、面識が全くない男子がいきなり告白しても、気味悪がられるのがオチだろう。それくらいは分かる。男前とか金持ちとか性格が滅茶苦茶いいとか親が権力者だとかは関係なく、初めましてがないと始まらない。
 僕は土壇場になって、勇気を出した。ややこしくならないよう、バレンタインデーが過ぎてから、来島さんに初めて声を掛けたんだ。あ、ちなみにバレンタインデーには、クラスの女子複数名からチョコレートその他諸々をもらったけれども、僕の気持ちは完全に来島さんに向いていたから、受け取るときに上の空になっていたかもしれない。
 話を戻して、どう声を掛けたかだけど、当時の僕はとにかく必死で、来島さんに関する情報を集めた。その結果、七組のアルバム委員を務めていることを掴んだ。そう、卒業アルバム作りのね。ほんとうは一学期の時点で別の人がアルバム委員だったのを、短期間で皆と仲よくなれるようにという担任の計らいで、特別に交代させたという。そして幸いにも、七組のもう一人のアルバム委員、高田妙子たかだたえこさんは、三、四年生のとき僕と同じクラスで、高学年になってからも時折話す間柄だった。高田さんからは「小比類巻さんて、別のクラスになった途端、格好よくなるんだから。損した気分」なんて言われたもんだ。えっと、これは余計な話だったかな。
 とにもかくにも僕は彼女を通じて、来島さんを紹介してもらった。どこで? そりゃあ小学生なんだから学校の中でだよ。で、そこから卒業式の日まで、僕は毎日コツコツと自分のことをアピールしていった。幸運にも来島さんと僕には共通の趣味――奇術が好き――があると分かって、話が弾んだ。高田さんも、僕が来島さんと親しくなりたがったのは、趣味が同じと前もって知っていたからなのねと誤解してくれたようだった。
 意気投合した僕と来島さんは、中学生になってからも会おうねと約束を交わすに至った。最高の展開だ。あと一押しまでこぎ着けたかなと、手応えがあった。

 ……我慢して聞いてくれてありがとう。このまま終わりたい気分なんだけど、終わったらどこが罰ゲームなんだとなるだろうし、しょうがない。腹をくくった。

 卒業式を迎えた。
 どこの学校でも同じだと思うけど、卒業式当日はスケジュールがかなりきっちり決められていて、式が始まるまでに告白なんて到底無理。だから予め、式が終わったら会おうと約束しておいた。
 卒業式そのものについては省くけど、僕個人の感想を言えばあとに告白を控えている割に気持ちが入って、泣ける式典だったとだけ言っておくよ。
 式が済んで、各クラスで色々な物を受け取ったり、担任の先生の最後の話を聞いたりして、予定されていた行事がすべて終わった。
 式には母親が来ていて、早く合流しなくちゃいけなかったんだけど、告白に時間を取ることが僕には分かっていた。なので当日の朝、母には式が終わったあと友達と話し込んで多少遅れるかもしれないと予告しておいた。十五分は大丈夫だろう。
 さあいよいよだ。僕は待ち合わせ場所である中庭に、急ぎ足で向かった。目印となるベンチの脇に、来島梓が先に来て立っていた。その姿を見た途端、嬉しさと緊張とわずかばかりの後悔の念が浮かんだ。本当に告白していいのか? 思い出深い卒業式が、最悪の気分に染められるかもしれないんだぞ。しかしそんな不安は、僕の決意の前には吹き飛んだ。
 僕らはまず、お互いに借りていた奇術の本やマジック道具を返し、そして新しく別の奇術の本を貸し借りをした。その流れから自然に、次に会うのはいつになる?という話題になり、僕はここで言うしかないと判断した。さすがに緊張が襲ってきて、しどろもどろになりそうなところをがんばって口を動かしたよ。
「来島さん。そのぅ、四月からは友達としてだけでなく、あのー、デート的な意味でも会いたい」
 僕のいささか遠回しな言い方では伝わりづらかったのか、目の前の来島さんは首を傾げている。僕は顔が赤らむのを自覚し、自らのほっぺを両手でひとなでしてから、思い切った。
 右手を差し出し、頭を下げながら、強めに言った。
「どうか僕と付き合ってくださいっ」
 これで伝わらなかったらどうしようという思いから、やたらと大きな声になっていた気がする。
 しばらく待っても返事が聞こえてこない。僕は恐る恐る、顔を、いや、まずは視線だけを起こした。すると来島さんはぽかんとした表情から、ちょうど笑い出すところだった。短く「あは」と聞こえ、続けて声が届く。
「えっと、ちょっと整理させて。まず……早すぎるエイプリルフールってことはないよね?」
 おかしな確認をしてくるものだと思ったけれども、気にせずに、イエスの答を返した。
「じゃあ、罰ゲームか何かで、無理矢理言わされているとかでもない?」
 また変なことを確かめてくるなあ。僕は再び肯定してから、早く返事が欲しくて「本気で言っている」と付け加えた。
「あ、そうなんだ……。うーん」
 笑顔にしかめっ面がまじり、困った様子になる来島さん。このままだと沈黙が訪れそうだと直感し、僕は慌て気味に求めた。
「答を聞かせてくれないか?」
「小比類巻さん……その前にもう一つだけ、質問していい?」
 まだ確認したりない? さっき本気だと言ったぞ。内心で生まれた苛立ちを押さえ込み、「いいよ。何?」と僕は応じた。
「とても基本的な話になるんだけれど……君は男子が好きなの?」
「違う」
 まさかそんなことある訳ないだろ。一体全体どういうつもりでそんな問い掛けを寄越すんだよっ。憤慨して瞬間的にかっとした。が、すぐに冷静でいようと努めた。そして落ち着いて相手の言葉の真意を考える、考える、考える……もしや?
 僕ははっとして、思わず相手を指差してしまっていた。
「もしかして君は、男?」
 来島さんは――来島梓は必要最低限の苦笑を一瞬だけ見せて、申し訳なさげにうなずいた。
 僕の初恋はこうして幕を閉じた。
 あの頃はショックが大きく、気付きようがなかったのかと、過去を振り返ったもんだ。でもまあ、恋は盲目とことわざに言うくらいだし、僕には見えてなかったんだろうな。男女の区別をなくすとかで、女子も男子も「さん」付けが学校のルールだったから、呼び方では気付けないし、水泳授業を休んでいたのは女子特有のあれだと思っていたけど、身体が丈夫でないことに要員があった訳だ。
 ちなみに卒業式後にした告白の台詞は、結構大勢に聞かれていたみたい。おかげでしばらくの間、事実とは違う噂が立って困ったよ。

 ――そんなにおかしいか? 笑い転げるほどのもんじゃないと思うんだが。
 ふん。まあいいさ。笑わば笑え、だ。
 話にはまだ続きがある。聞く気はある、ない、どっち? また自慢めいて聞こえるから覚悟してくれよ。
 実は今付き合っている一颯いぶきさんは、来島梓のお姉さんなんだ。一つ上で、よく似ていてね。趣味もやはり同じだから、梓に失恋●●した僕がその姉である一颯さんに惹かれるのは当然の成り行きだし、結ばれるのは運命みたいなものさ。

 おわり

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