積んで Re:トリック 1
あらすじ
放課後に美出田学園推理研を訪ねた僕は、思いも寄らぬものに出くわして動揺する。女子生徒が床に倒れていたのだ。しかも意味ありげに僕の名を書き残して。今回のトリックはダイイングメッセージ?
お約束として冒頭に転がる
放課後を迎えたので、僕はいつものように美出田学園の推理研専用の部室に出向いた。
誤解のないように予め申し上げておくと、今言った“推理研”とはよくある推理小説を研究するサークルではありません。うちは推理を日夜研ぎ、極めることにより探偵となるのを志すクラブであり、推理小説を書きたければ文芸部へどうぞというスタンスを取っている。
ただし、推理研に入ったからと言って、推理小説を書いてはいけないということはない。全然ない。何しろかくいう僕自身、推理研に入ってから、ワトソン役として事件簿らしき物を書き始めたのだから。
ではそのワトソン役に対応する探偵役は誰か。部長を務める二年生の横田璃空先輩が探偵、名探偵役に該当する。一応断っておくけれども、女子だから。控えめに言っても美人に分類されるタイプなんだけれども、さる理由により詳しい顔立ちやスタイルなんかを描写することは現に禁じられている。
……まあ隠すほどの理由でもないか。
横田部長曰く、「変に詳しく正確に描写してしまったら、私がどのような見た目の人間なのかが分かってしまう。それが原因で世の中の犯罪者や犯罪者予備軍、元服役囚各位から狙われることになったら責任を取れるのですか、あなた」ということである。そこまで僕の描写力は達していませんけどと何度言っても、描写することを許してくれない。
横田部長にはもう一点、癖の強いところがあってこれがなかなか困りものというか面倒臭いのだけれども、こちらの方はいくらでも描写していいので、後々分かってもらえると思う。
推理研にはもう一名いて、横田部長と同じ二年生女子。水無辺真歩先輩が副部長を務める。こちらの水無辺先輩も探偵志望なのかどうかは分からないが、横田先輩とはいいコンビだと周囲から見なされているのは間違いない。横田部長が組み立てた推理を見聞きして、だめ出しすべきところはするのが副部長の役割と言えば分かってもらえるだろうか。
え? だったら、ワトソン役の僕と探偵役の横田部長とはどうなんだ、名コンビではないのか、そんなことでワトソンを名乗っていいのかおい!?とお叱りを受けることも希にあるけれども、いいのだ。人にはそれぞ役割っていうものがある。
というわけで、部室の前まで来た。ノックしてから反応を待って入るのが暗黙のルールだ。僕は男で、先輩方二人は女性なのだから、それが当然というもの。
ところがだ。警戒にノックしたあと、待てど暮らせど応答がない。何人か、僕の背後の廊下を行き交ったように思う。
目の高さの位置のドア枠にプレートを縦にはめ込み、そこに在室中か否かを示せるようにしてある。現在、“在室中”になっているのだから、先輩二人の少なくともどちらかお一人はいるものと信じていたけれども、これはもしや前回退出時にプレートを直し忘れたのかも。
「あのー? どなたかいませんか」
再度ノックをしてから声を出し、改めて反応を待つも無音。仕方がないのでノブに手をやると、あら、あっさり回るじゃないか。鍵のかけ忘れなんてことはあの部長・副部長に鍵って、いや限ってあり得ないので、ちょっと用足しに離れたのかな?
僕はそろりそろりとドアを開けていった。
「いませんか? 入りますよ。部員ですからいいですよね」
とエクスキューズを求めつつ、目をきょときょとさせて中を窺う。
すぐにその動作を辞めざる得ない物を目撃した。
「部長?」
床に俯せに倒れている女子生徒がいる。横田璃空その人に見えなくもないが、あいにくと顔が向こうを向いているため確実な判断は下せない。
「どうかしましたか。大丈夫ですか」
声をかけ続けながら、僕は部室に入った。何となく怖いので、ドアを開け放したままにしようとしたんだけどストッパーが働かず、うまく止まらなかった。きゅーっと音を立てて閉まっていく。でも気にしている場合じゃない。
「……横田部長!」
上からでも顔が見える位置までやって来て、僕は叫んだ。ほとんど反射的に跪き、肩や背に触れて揺さぶろうとした。
が、触れた時点で僕の目はあるものを視界に捉えた。そのまま手を止め、目を凝らす。部長のその白い肌の右手は鉛筆を握りしめ、床に文字を書き残していた。
白っぽいタイルの床とは言え、決して読みやすいものではない。僕は顔を多少近づけ、ようやく読み取った。
「な――何で?」
無意識の内に呟いたのには理由がある。そこには僕の名前が記されていたのだ。
何者かに襲われた横田先輩は死の間際に鉛筆で犯人の名前を書き残した……んだとしても、僕は違う。やってない。
どうしよう。ダイイングメッセージを消すか? 現場をいじることになってしまうけれども、そもそも僕は犯人じゃないんだから、捜査妨害にはなるまい。どちらかと言えば無駄な捜査に時間を費やすという寄り道をせずにすむのだから、感謝されたっていいんじゃないか。
よし、消そう。
そう決めて右手を床の字に伸ばそうとした矢先――。
「こら。いい加減にしなさい、ワトソン」
下から声が聞こえた。横田部長がしゃべった。僕が手を引っ込めると同時に、部長はむりと起き上がり、ゆらりと立ち上がった。
「あの、先輩。ご無事で」
「君は分かっていてやっていたのかしら?」
「と言いますと」
「背中に置いた君の手が、ずっと私のブラのホックに触れていたことを」
「え?」
思わず、我が右手をまじまじ、しげしげと見下ろした。感触を思い起こそうとするも、全然駄目。記憶が甦ってこない。
「すみません。まったく意識していませんでした」
「……意識しているかどうかを問うているのではないのだけれど」
部長が珍しく困惑気味の口調で言ったところで、部屋の左奥の方から第三の声が。
「はい、そこまで」
副部長、水無辺先輩の声はすれど姿はなし――いや、違った。カーテンの向こう側に隠れていた水無辺さんは、その厚手の布地とレース地の二枚をまとめて払いのけ、つかつかと歩み出た。
そして僕らのそばまで来て、横田部長に相対した。
「璃空。かわいい後輩をからかうのなら、もっとぎりぎりまで粘らないと無理だよ。はっきり、ブラに触ったと自覚するまで動かずに待ってなきゃ」
「いや、正直、動かないでいると笑い出しそうになってしまって。死体になりきるのがこんなにも苦行だとは思いも寄らなかったわ」
「演技はできても、何もしない演技は璃空には難しいだろうねえ」
肩を落とす横田先輩を南部さんが慰める構図。何なんだこれは。腰を上げた僕はほこりを払う仕種をやりながら、穏やかに聞いてみた。
「あのー、いったい全体、今日は何の活動をされてるんでしょうか」
「よくぞ聞いてくれたわ、ワトソン」
首から上だけくるっと僕の方を向いて、びしっと指差してきた。僕の名前はワトソンじゃありませんけどね。
「これは実験です」
実験。僕はおうむ返しを極力避けたい質なんだけど、今のやり取りではつい、言ってしまいそうになった。
「君は部屋に入ってきて、死体を見付け、続いてダイイングメッセージを発見した。自分の名前が書かれていて、どう感じた?」
興味津々という態度で聞いてくる部長。いや、部長は死んでなかったから僕は死体を見付けた訳じゃないし、死んでない人が書いたのだからダイイングメッセージではなく単なるメッセージですからはい、残念。
/つづきは次の通りです/
第二話 https://note.com/fair_otter721/n/n90cc03a8d541
第三話 https://note.com/fair_otter721/n/n4573effb1359
第四話 https://note.com/fair_otter721/n/n924953d07351
第五話 https://note.com/fair_otter721/n/n867823aeaeab
第六話 https://note.com/fair_otter721/n/n6640acdd2a33
第七話 https://note.com/fair_otter721/n/nc0ec61dbc84c
第八話 https://note.com/fair_otter721/n/n1d9596ce9fa0
第九話 https://note.com/fair_otter721/n/n8963a452bfee
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