短編小説:ガイナス王の思うがまま ~ 審判とゲーム(中)

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「王を二度も調べるなんて畏れ多くて、本意ではないのですが」
 困惑顔に苦笑を加えたリボーンスキー警部は、了解を取って椅子に腰を下ろした。対するガイナス王は、縦横に充分大きなソファに悠然と、しかし威厳を保って座っている。
 事件発生の一報を受けた警察の到着直後から、王宮内の一室を借り、特設の取調室ができていた(部下のティカットが向かった部屋だ)。捜査本部が署に起ち上げられたあとも、その部屋が使えるよう取りはからってもらっていた。とはいえ、王は特別扱いせねばならない。たとえ王宮内の臨時の取調室でも、取調室には違いない。そのような場所は王にふさわしくないとされ、第二応接室で話を聴くことになった。
「気にせず、何でも聴いてもらって結構だ。あなたはあなたの仕事をすればよい。私はただ、早期の解決を期待している。幸い、今日は時間がたっぷりある。アラメラが死んで儀式が中止になり、その分、政務を進められたというのが大きいのだがな」
 理解あるところ示すガイナス。健啖ぶりを表すかのような黒々とした顎髭を一撫でし、リボーンスキーを促す。
「お気遣いに感謝します。では早速」
 最初の嫌な緊張が解れてきた。警部は手帳を開き、完全に平静になった。そして質問の順番を考える。すでに、とある噂を掴んでいる。一番聞きにくい問いを一番に持ってくるべきか、最後に回すべきか。
 彼の逡巡を見て取ったか、ガイナスから声を掛けた。
「警部、迷っているのかな? もしや、私とアラメラとの関係を問い質したい、しかし率直に聞いてよいものか否かと躊躇っているのであれば、遠慮は無用だ。私は彼女と関係を持っていた。色々な意味でな」
「それはつまり」
 助け船をありがたく思う気持ち半分、戸惑う気持ち半分のリボーンスキー。
「愛人と呼んでかまわん。妃の墓前ではだめだがな」
 声を立てずに笑うガイナス。リボーンスキーはお追従をしてしまわぬよう、頬を引き締めた。
「聞きにくい質問に、気安くお答えくださり、助かりました」
「民の願いを読み取り、実現してやることが、政を担う者の勤めだ。たいしたことじゃあない」
「それで……アラメラさんとの仲は、順調だったのですか」
「悪くはなかった。つまり、喧嘩をしていた訳ではないという意味でだな。飽いてきたところであったし、互いにそろそろ終わりにしようかという話になっていた」
「そのことを――国王とアラメラさんの関係及び、もうじき切れるであろうということを知っている人は?」
「宮殿の中になら、何人もいるだろう。警部、あなたが耳にしたのもそのおかげだ」
「確かにそうですが」
 手帳に視線を落としたリボーンスキー警部。どうも調子が狂う。
「午前九時からの行動をお話しください」
「特別なことはしておらんが……ああ、アリバイ確認のためか。儀式に立ち会ったのは、十一時十五分前ぐらいだったな。それまでは……八時から九時までなら、一日の予定確認で、大臣らと顔を合わせていたのだがな。うむ、九時から十時半までは、執務室で書類に目を通しつつ、たまに来訪者の陳情を聞いた。知り合いからの紹介だと、なかなか断れん。常に誰かと一緒にいた訳ではないが、九時から十時半までの、いつ来訪されても応対できるようにしていたというのは、アリバイになろう」
「……確かに、そういう理屈になります」
 尤も――と、リボーンスキーは心の内で続けた。
(王のためなら、いくらでも偽証する人間がいたとしても、ちっとも不思議ではない。ただ、これも逆に考えれば、偽証を引き受ける者がいるのなら、一緒にいた証人でもでっち上げて、もっと完璧な偽アリバイを用意すればいいものを、そうしていないってことは、真実を話している証なのか)
 王を疑うのは畏れ多いと意識しつつも、結局検討をしてしまう自分に苦笑する。刑事の性というやつか?
「王から見て、アラメラさんの死を願う人物にお心当たりは」
「ないと言いたいところだが、あれも巫女である以前に人間であり、女であったからな。弟子に対しては厳しかったようであるし、若い頃に付き合っていた男もいただろう」
「あのう、言葉足らずでした。今回、宮殿内にいた人物に限定しての話です。弟子二人には一応、アリバイがありますが、彼らへの当たり方は、殺人に発展するほどのものだったんでしょうか」
「私の知る限りでは、師と弟子として極当たり前の指導であり、特段酷くも苛烈でもなかった。なあ、リボーンスキー警部よ。あなたは先ほどからアリバイを気にしてばかりいるが、この件は――これが殺人事件だとして、かなり特殊な状況下で起きたと言えるのではないかね?」
「仰る通りです。儀式の最中、密室状況の部屋の壷に毒が投じられた、一見不可能な出来事が起きてしまったと言えます」
「特殊であればあるほど、犯人も絞り込みやすいものではないか? 犯行をなせる者は、自ずと限定されるはずだ」
「はい……しかし、九時から十一時までの間に、実験室から毒物を持ち出せる機会があり、かつ、その後壷に触れる機会をも有していた者となると、現時点では見当たりません。何しろ、壷は朝の五時から清めの間に置かれて、誰にも触れられない状態だったのですから」
「なるほどな」
 ガイナス王は圧力を感じさせる眼をぎょろりと動かし、天を睨む風になる。
「壷に触れた者は、アラメラ自身と弟子二人以外に、誰がいる?」
「ルマイラ農相に記者のヨークス、それに演芸団の四名が触れたようです。いずれも清めの間に置く前のことで、壷の紙を外してはいないのは言うまでもありません」
「なるほどな」
 最前と同じフレーズを繰り返すと、王は視線を警部に戻した。
「農相が触れたのは分かる。記者も取材を理由に触れよう。演芸団の者達は、いかなる理由で壷に手を伸ばしたと言っておるのか?」
 警部は手帳のページをめくった。メモに頼らなくとも記憶していたが、念には念を入れる。
「えー、演芸団員達は、神をもてなす芸を披露するために呼ばれたんでしたね。そのためには、まず身を清める必要があったとかで、早朝からここに足を運び、アラメラから清めの儀を執り行われたそうです。その直後、水を入れた壷が運び込まれ、滅多にない機会だからと触れることを許されたという成り行きだとか」
「そうそう、思い出した。あの演芸団は以前に一度呼んで、息子のタロックが大いに気に入ったのだよ。今回、他の儀式と重なったことを非常に悔しがっておった。個人的に親しくしているほどだから、次の機会を用意してやりたいが……あの四人の中に、犯人がいる可能性をどう思う?」
 率直な質問をされ、警部は眼を丸くした。まさか被疑者――しかも国王だ!――から、捜査方針に口を挟まれるとは。
「可能性は低いかと。何しろ、九時から十一時までのアリバイが確保されており、毒を手に入れられないのですから」
「そう言うのであれば、他に有力な容疑者はおるのか?」
「いれば、ご多忙な国王を煩わせてなぞいません」
「正直なところを話せ。状況が特殊故、ある程度は絞れているはずだ。目星くらい、ついているのではないのか」
「特殊な状況を合理的に解釈する試みは重ねましたが、手応えのある答は見つかっていないのです」
「それでもいくらかの答を導き出したのであろう? それを言ってみよ」
 どんどん、普通ではない成り行きになっている。気重さを感じるリボーンスキーであったが、王の命令とあっては背けない。再び手帳を繰って一瞥。小さく咳払いしてから、喋り出す。
「まず浮かんだのは、アラメラさんが最初に倒れたのは、お芝居だったのではないかという説でした」
「芝居とはどういうことだ? 何の意味があって、アラメラが芝居なんぞを」
 ガイナスの反応を聞き流し、タイミングを見計らって説明を再開する。
「背景は不明ですが、アラメラさんと犯人とが組んでいたと仮定するのです。アラメラさんは儀式中、聖水を口にして倒れるふりをする。そこへ犯人が駆け寄り、薬らしき物を飲ませると、アラメラさんはあっという間に息を吹き返すというお芝居をしたと考えれば、密室での毒の混入なんて関係なくなる訳です」
「つまり何か。犯人は周囲に、アラメラと同等かそれ以上の霊能者だと認識させたくて、アラメラと組んだとでも?」
「まあ、色々な想定が可能です。しかし……実際には、こんなことはなかったようじゃありませんか」
「ああ。アラメラに近寄り、抱き起こす者はいたが、あれに薬を飲ませたり打ったりする者はいなかった。それにだ、もしもお芝居をしていたのなら、予定と違うことをされた瞬間、アラメラは必死で犯人の名を叫ぶはずであろう」
「はい。そういった点も考慮し、お芝居説は放棄しました」
 ガイナス王を立てつつ、警察の見解を示していく。リボーンスキーは要らぬ苦労を覚えつつ、さらに続けた。
「次に考えついたのは、弟子二人が犯人であると仮定した説です。アラメラさんが亡くなった今、弟子二人が揃って祈祷していたという話は、彼ら二人の互いの証言でしかない。もし仮に一人が抜け出し、毒を入手していたとすれば、犯行も可能だったのではという考え方です」
「筋の通った理屈だ。が、鍵の問題があろう」
「その通りです。アラメラさんの身に着けていた鍵を使い、ドアを開閉して初めて、清めの間の壷に毒を投じられます。でも、被害者のアラメラさんから無理矢理鍵を奪う訳に行きませんし、借りるにしてもどんな理由付けがあり得るか……儀式の最中に抜け出す理由と合わせて、到底無理だと結論づけた次第です」
「ふむ、分かった。次は?」
「多少なりとも現実的な線は、この二つだけです。残る仮説は、かなり無理があることを念頭に、お聞き願えれば幸い――」
「前置きは省いて、早く言うがよい。互いに時間は大事にせんとな」
 王のいらだちを見て取り、警部は先を急いだ。
「えー、三つ目は壷のすり替え説。もう一つの壷を用意して、丸ごとすり替えた。もちろん、中の水は毒入りです。これの大きな弱点は、すり替えの機会がないこと。辛うじて、弟子ならできた可能性がありますが、被害者自身に怪しまれずに行うことは無理でしょう。
 四つ目は、これが最後になりますが、壷の内部に予め毒が塗られていたという説です。実験室から消えた毒とは無関係に。泉のわき水を注いでしばらくの間は毒が溶け出さないため、アラメラさんが儀式前に飲んだときは、何の異変もなかったと」


つづく
ガイナス王の思うがまま ~ 審判とゲーム(下)https://note.com/fair_otter721/n/ne619592d02fd


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