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黒の騎士と三原色の少女たち

あらすじ

 四方院家。それは天皇を始め世界中の王族とコネクションを持つ大家である。四方院家の命令で特別相談役の水希桜夜は青森に向かっていた。そこで自身の運命を揺るがす出会いがあるとも知らずに……。  ドライだけど優しい青年と個性豊かな少女たちのコントラクトストーリー、始まります!

第1章 不死身の魔女

プロローグ イカズチの少女

 東北自動車道を走る車の助手席から、青年、水希桜夜(みずきおうや)は窓の外を眺めていた。彼は黒い着物スーツに身を包んでいた。胸には公式任務中を示す「四方印」のバッジが輝いていた。

「しかし東北でのゴタゴタに、関東の僕がなんで駆け付けなければならんのかね」

 桜夜はため息をつく。運転手が苦笑いを浮かべながら答えた。

「相談役は日本中のトラブルに対応する仕事ですよ」

 桜夜はもう一度ため息をつく。「四方院家特別相談役」、それが彼の役職だった。特別相談役は四方院家宗主直属の役職で、宗主クラスでなければ対応できない荒事に対応したり、時に四方院家を守るためなら宗主に背くことも許された地位である。といえば聞こえはいいが、ようはただの雑用である。青年はもう一度ため息をつく。
親もなく、幼い頃に宗主の妹に才能を見いだされただけの野良犬にはお似合いの仕事だなと思ったからだ。そうして桜夜は目蓋を閉じた。

◆◆◆

 桜夜が青森にある四方院家の分家、赤木家の屋敷についたのは深夜1時も回ったところだった。屋敷には明かりもなく、多くの人間が倒れていた。青年が確認したところ、どうやら息はあるようだ。運転手に救急車の手配を任せると、青年は刀――桜吹雪――を手に赤木当主の姿を探した。そして屋敷の奥に当主はいた。苦しそうに身体を横たえる当主の前には、バチバチとイカズチをまとった少女がいた。黄色い髪は首にかかるかかからないか程度だ。

「おーい、お嬢ちゃん。そのおっさん返してくれる?」

 桜夜はのんきに少女に声をかけた。少女は青年を振り替える。黄色い瞳は悲しそうだった。

「……四方院の、秘密を教えて。そうしたら帰る」

「秘密、ねえ? 宗主があまりにチビだから未だに嫁が来ない話でいいか?」

 桜夜のふざけた態度に、少女は左手の掌を青年に向けると、イカズチを放った。

「おっと」

 桜夜は鞘に入ったままの桜吹雪でイカズチを受け止める。すると桜吹雪の持つ「守りの結界」が発動し、イカズチが少女に跳ね返った。

「きゃっ……」

 イカズチが跳ね返されたことに少女が驚いた一瞬の隙に桜夜は桜吹雪を鞘から抜くと、少女の首筋に刃を当てた。

「君のイカズチと僕の刀、どっちが早いか試してみる?」

 桜夜は笑いながら尋ねた。対して少女は震え、目から涙をこぼした。

「……たすけて」

「別にここから出てって二度と来ないなら殺さないよ。面倒だし」

「……ちがう。わたし、こんなことしたくないの。たがら、たすけて……」

 嘘かとも思ったが女の涙に騙されてやるのが男だという兄貴分の言葉を思いだし、刃を少女の首から外した。

「僕は桜夜。君、名前は?」

「わたしは……」

 その少女の名前を聞いたとき、今回のミッションがやっかいごとになることを桜夜は悟った。

第1話 契約――コントラクト――

 四方院家の圧力により、救急隊員は何も言わず赤木家の負傷者たちを運んでいった。また警察にも手を回したため、少女が逮捕されることもなかった。一息ついた桜夜は他人の家の台所で勝手にココアを入れると、少女を待たせている応接室に向かい、ドアを開けた。

「おや、逃げなかったのか」

 応接室の3人がけのソファーのはじっこにちょこんと座った少女の小柄な姿に、桜夜は少しだけ驚いてみせた。彼は少女をいっさい拘束しなかったし、施錠などもしていなかった、逃げ出すチャンスはいくらでもあったのに、少女は逃げずに彼を待ったのだ。

「たすけて、って、言った、から」

 少女は少し怯えながらそう返した。桜夜はふむ、と頷きながら彼女の前にココアをおいた。

「まあ疲れただろうし、飲みなさいな。飲みながら話しましょう」

 彼は早速自分の分のココアに口をつける。そして「あちち」と熱がるそぶりを見せた。彼は生来の猫舌だった。その姿を少しだけかわいいと思った少女は小さく口元に笑みをたたえ、自分のココアをふーふーと冷ますと一口飲んだ。

「……あー、飲むんだ」

 少女は不思議そうに首をかしげる。

「僕はまだ君の味方じゃない、どちらかというと敵側だ。敵の出した飲み物なんて僕は恐ろしくて飲めない。君、戦闘のプロじゃないね」

 桜夜の指摘に少女はうつむき、ココアの入ったカップを机に置いた。

「でも安心したよ。君がそっちのプロじゃないなら、無理矢理戦いに利用されたいたいけな少女を助けたってシナリオが書ける」

 桜夜の言葉に少女は顔をあげる。

「たすけて、くれるの?」

「もちろん。それが四方院家の害にならないなら、ね」

「ありがとう!」

少女はソファーから立ち上がり、桜夜の手を握った。

「で、君のご依頼は?」

「わたしと、2人の妹を助けてほしいの」

「ふむ……それは構わないが、君は“あの女”の娘なんだろう。助けたとしても僕は君、たちを一生守らないといけない。何かメリットはあるのかな?」

 桜夜はサイカを見る。華奢な身体と小柄な背丈、恐らく栄養状態もあまりよくない……かつての自分のように。彼の中のかけらほどの良心はどこか静かな場所で平和に暮らさせてやりたいと騒いでいた。だがそれは無理だ。相手はあの女、“不死身の魔女”なのだ。護衛をつけるにしろ最高峰の護衛でなければ守りきれない。
 今彼に用意できるプランは2つ、四方院本邸に匿うか、彼自身が少女たちを手元に置くかだ。前者は魔女と四方院の全面戦争を繰り返し発生させかねず、四方院家の害になる。ならば後者しかない。しかし後者でもサイカは普通には暮らせない。だから彼女の覚悟がいかほどか試す必要があった。

「わたし、あなたにあげられるもの、ない……」

 サイカはうつむき、握った拳を震わせた。しかしサイカはすぐに顔をあげた。

「わたし……わたしをあげる! わたしがあなたの盾に、道具になるから、だから、妹たちをたすけて!」

「……良い根性だ」

 桜夜はにやりと笑った。それだけの覚悟あるなら大丈夫だろう。そして彼は少女の顎を掴むと軽く上を向かせ、すばやくその唇を奪った。

「これで契約成立だ。助けてやるよお前の妹……ってどうした?」

 至近距離でそうささやいていると少女が固まっていることに気づいた。そして不意に真っ赤になり、ソファに倒れこんだ。

第2話 姉妹

 倒れた少女がそのまま寝てしまったことに、本当に戦闘向きじゃないなあと思った。敵陣で、無理矢理唇を奪った男の前で無防備すぎないか? と思ったが、桜夜は嘆息をつき、適当な部屋から毛布をもってきてサイカにかけると、暖房の温度をあげた。

「さて、と」

 だんだんと強い“力”が2つ、屋敷に近づいて来ていた。その力は明らかな敵意に満ちていた。迎え打つために、防寒用のマントを羽織ると、腰に桜吹雪を差し、表に出た。すると炎の固まりがいきなり彼に突進してきた。

「サイカを、返せ!」

 炎の固まりの中にはサイカをボーイッシュにして、髪と瞳を赤にし、さらに筋肉質にしたような少女がいた。少女は炎を纏った桜夜に殴りかかった。

「っ」

 なかなかの俊敏さに驚異を感じながらも桜吹雪を鞘ごと引き抜き、拳を受け止める。しばらくつばぜり合いを続けていたが、炎の少女の後ろから静かな、しかし強い声が響いた。

「離れなさいホムラ」

 その声に炎の少女は桜吹雪の鞘を蹴って空に飛び上がった。そのあと桜夜に向かってきたのは屋敷を飲み込まんばかりの津波だった。

「ちっ」

 サイカを助けに来たのに彼女のいるかもしれない屋敷を流す気かと内心で毒づきながら、桜吹雪を鞘から抜く。桜吹雪で津波に切りかかると、津波はモーセの海割りの如く半分に切り裂かれ、力を失って消滅した。

「なんだよ、その剣!」

「剣じゃなくて刀だよ」

 炎の少女、ホムラが投げつけてくるファイアボールを切り裂きながら、桜夜はのんきに突っ込みを入れた。すると今度は正面から鉄砲水のような水が勢いよく向かってきて、仕方なく彼は桜吹雪の刃で水を受け止めるが、その放水はなかなか終わらず防戦一方だった。

「とりあえずてめえは死ね」

 ホムラが先ほどとは比べものにならない大きさのファイアボールをかかげて空中で笑っていた。

(あれを投げつけられたやばいかもなあ)

 なんて思いながら、桜夜の目付きが変わった。ホムラという少女がファイアボールを投げ、無防備になった瞬間、彼女を殺そうと決めたからだ。殺るか殺られるかの瞬間、悲鳴のような声が戦場に響いた。

「やめなさい! ホムラ! リオ! この人は味方よ!」

「……ねえちゃん?」

「サイカちゃん?」

 ファイアボールと鉄砲水が消え、サイカとよく似た二人の少女が、屋敷から飛び出したサイカを見た。

第3話 ゲーム

「やめなさい! ホムラ! リオ! この人は味方よ!」

 サイカの言葉で戦場に静寂が走る。その隙に桜夜は煙管を口にくわえ、マッチで火をつけた。そして煙をふかしながら思った。

(味方かはわかんないけどなあ)

 彼はあくまでサイカが利用できるかぎり守るにすぎない。利用できなくなったり、四方院家への害が大きくなれば切り捨てるだろう。だから味方と全面的に信頼されるのも困るのだが、賢い大人は沈黙を守るものだと口をつぐんだ。

「ねえちゃん! なんでこいつが味方なんだよ! こいつ四方院の人間だろ!」

「そうですわ。なにかされたのサイカちゃん」

 サイカとよく似た体格のホムラと、先ほどまで姿を見せていなかった水使いの少女……おそらくリオが赤木家の玄関先に集まってきた。そこで桜夜は驚いた。サイカとリオの体格の差に。サイカが全身華奢なのに対して、リオは美しい湖のような長い髪と瞳を持ち、出るところが出たモデルのようなプロポーションだったからだ。

「うーん……」

(契約する方間違えたかなあ)

 桜夜がそんなことを考えていると、サイカに睨まれた。どうやら考えがバレたらしい。

「とにかく!  わたしは……なにも、されてないし……」

 サイカはホムラとリオを説得しようとしたが、なにもされていないわけではないことを思い出して目をそらした。

「ほら! やっぱりなにかされたんだ!」

 逆上したホムラがまたファイアボールを作るが、それはサイカのイカズチで破壊される。

「とにかく聞いて! この人はわたしたちをたすけてくれるって」

「……サイカちゃん、それは……」

「リオ、ホムラ、わたしを信じて……」

サイカの真剣な眼差しにホムラとリオは折れた。

「わかったよ。ねえちゃん……。ただし! てめえを信用したわけじゃないからな!」

 ホムラが桜夜にびしっと指を指す。

「あらあらダメよホムラちゃん。これからお世話になるんだから。はじめまして、リオと申します。サイカちゃんのこと、ありがとうございます」

 対してリオはお嬢様のようにスカートを軽く持上げてお辞儀をしてみせた。三者三様の姉妹だが、やっぱりリオちゃんにしとけばよかったかなあと考えた瞬間、サイカからイナズマのような睨み付けるが飛んで来た。

「とりあえず寒いんで部屋帰って良い?」

 睨み付けるを無視しながら桜夜はそういった。確かに彼の着物スーツは戦闘用に防寒対策が施されている。でも青森の寒さはやばかった。ホムラの炎もない今、さっさと帰りたかった。

「そうだね。あの、妹たちを入れても……?」

「勝手にしいやー。ここ人の家だし」

 桜夜は適当に言いながら暖かい家に戻っていった。

◆◆◆

 深夜3時。少女たちを客室で寝かせたあと、桜夜は応接室の広い机に日本地図を広げ、右手に万年筆を持ちながら今後について考えていた。
 あの女の手先たちは、北海道の最北端から四方院家に連なる拠点を一個一個潰していった。そして北海道の拠点にいくら戦力を送っても守り切れなかったことから、宗主は本土は守り抜こうと青森の最北端に桜夜を送り込んだ。
 宗主の読みでは相手はゲームをしているという。わざわざ北から一個一個拠点を潰しているのがその証拠だという。だがならなぜ娘は四方院の秘密を知りたがる? 四方院の秘密を知りたいなら最初から宗家のある本邸を狙った方がいい。相手が本当にあの女なら、四方院家全員でかかっても負けるかもしれない。やはり遊んでいるのか?
 考えながら、潰された拠点に×印をつける。次に狙われる拠点は予想できる。少女たちが起きたらそちらに移動しなければ。これ以上四方院の名を汚されるわけにはいかなかった。桜夜が一旦の方針を決めると、不意にドアがノックされた。

「あの、桜夜様。まだいらっしゃいますか?」

「ん? なにかあったかい?」

「いえ……あの、中に失礼してもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

 応接室におずおずと入ってきたのはリオだった。彼女はなぜか桜夜のとなりに座ってきた。

「あの、サイカちゃんから聞きました。わたくしたちのためにサイカちゃんが桜夜様と契約したって」

「ああ、確かにしたな」

「その契約、わたくしにしていただけませんか……?」

「は……?」

 桜夜を押し倒したリオはなおも言葉を続ける。

「お願いします。わたくしはどんな目にあったってかまいません! だから……」

 それ以上の言葉を遮るように、桜夜は彼女の唇に左手の人差し指を押しあてた。

「そういう交渉はもっと大人になってからしなさいな。特に君みたいな魅力的な子はね」

 桜夜の言葉に水の少女は涙を流し、桜夜の胸に顔を押し当てて泣き出した。

「お願いします……どうかサイカちゃんにひどいことをしないでください」

「大丈夫だよ」

 弟分たちに接するときのような優しい声で言うと、右手で彼女を抱き締め、左手でその髪を撫でた。あの女と戦う以上、向こうの戦力は少しでも減らし、こちらの戦力は少しでも増やさなければならない。だから少女たちが裏切らないよう、自分に心酔させる必要があった。

(人心掌握は宗主様の専売特許なんだがなあ)

 自分の得意分野ではないと、心の中でため息をついた。策略家としての才能がないでもないが、人の心はいまいちよくわからなかった。そんなことを考えていると、リオが顔をあげてこちらを見つめてきた。

「わたくしが、わたくしがあなた様をお守りします。たがらサイカちゃんとホムラちゃんを守ってください」

 リオはそういって軽く口づけをした。その行為に恥ずかしくなったのか、少女はバネのように飛び上がり、部屋を飛び出した。

「おやすみなさいませ!」

という言葉を残して。桜夜は自分の唇に軽く触れる。魔女の口づけはただの口づけではない。契約だ。

「いやあ、まさかリオちゃんとも契約しちゃうとは困った困った」
 
 あはははと笑ったとあと、桜夜は軽くため息をついた。 

第4話 来襲

 リオとのキスのあと仮眠を取っていた桜夜は、鼻をくすぐる良い匂いで目をさました。その匂いに誘われるようにキッチンを訪れると、三姉妹が朝食を作っていた。

「あっ、桜夜さんおはようございます。すみません勝手に料理をしてしまって。どうしてもホムラちゃんがおなかが空いたといいまして」

「なっ、ねえちゃんたちも賛成してただろ!」

「さっ、桜夜様のお席はこちらですよ」

 メイドよろしくリオが引いてくれた席は当主席、今ここにいる人間のうち誰が一番偉いかを考えた上での行為ならこの少女なかなかあなどれない。なんて思いながら桜夜席についた。リオはかいがいしく椅子を押し、エプロンまで首に巻いてくれた。

「さあ、召し上がってください」

 桜夜の前に置かれたのはオムレツとベーコン、少量のサラダとトースト、そしてコーヒーだった。桜夜が一瞬躊躇している間に、ホムラはもう食べはじめていた。

「もう、ホムラちゃん。桜夜様より先に食べちゃだめでしょう?」

「け!」

 ホムラは機嫌悪く牛乳をイッキ飲みした。

「ねえ、なにか嫌いなものでもあった?」

 サイカが不安げに桜夜を見る。

「ああ、いや……」

 戦いに身を置くものとして、信頼できない人間の作ったものは食べるべきではなかった。だが、少女たちに情がわいて来たのか、食べないのも申し訳なかった。そして何より四方院家の家訓は「食べ物を無駄にしたやつは切腹」だった。

「うん、いただくよ」

 そんな様々な葛藤を乗り越え桜夜は食べることにした。どうせ、

 彼にはどんな毒も効かないのだから

◆◆◆

 少女たち3人をくわえ一気にかしましくなった車は、次に狙われるだろう秋田の拠点を目指していた。青森からもっとも近い四方院家の分家、白井家が目的地だ。車内では少女3人と桜夜が後部座席を陣取り、赤木から勝手に持ってきたトランプで遊んでいた。そのあまりの緊張感の無さに、運転手はあきれ返っていた。

「ああくっそ! なんで勝てないんだ!」

 ホムラがトランプをぶちまけ、頭をかきむしる。

「はっはっはっ」

「なにわらってんだてめー!」

 最初は普通にトランプで遊んでいたのが、一喜一憂するホムラの様子が面白く、いつのまにか桜夜、サイカ、リオの3人が連合を組み、ホムラをいじ……かわいがっていた。そうこうしている間に車は白井家に着いた。
 白井家は反社会組織も真っ青な完全武装状態で桜夜たちを出迎えた。白井家の当主は相談役を名乗る若造が気に入らないらしく、挨拶のさえもぞんざいな態度を貫き、敵側から寝返った少女たちを疑いの目で見ていた。
 それでも正式任務中の相談役は宗主の名代。キングサイズのベッドに専用のお風呂や洗面所、トイレなどが付いた最高級の客間を待機場所としてあてがわれた。まあ外に出る必要のないこの部屋をあてがわれたのは隔離の意味もあるのだろうが。部屋に入ると、ホムラの怒りは限界だった。

「あー! ムカつく! なんだよあの爺! 人が協力してやるっていってんのによ!」

「やめなさいホムラちゃんはしたないですよ」

 桜夜はごろんとベッドに横になるとホムラを見ながら謝った。

「すまないな。僕がもう少し歳をとってれば君たちに不快な思いをさせずに済んだんだが」

「けっ、横になりながら謝るやつがいるかよ」

 ホムラはそっぽを向いた。

「とにかくいつ襲撃があるかわからなたいから今は休もう。君たちもベッドに来たらどうだ?」

「はあ?!  誰がてめえなんかと同じベッドに入るか変態野郎!」

 ホムラは早速噛みついたが、サイカとリオの態度は違った。赤くなりながらもあおたがいの顔を見ると頷き、桜夜の両隣に横になった。

「なにしてんだよねえちゃんたち!」

「い、いや、休むのも大事かなって」

「そ、そうですわ」

 そんな謎な状況でも桜夜はマイペースだった。

「やっぱり若い子と寝るのはいいね。失った全盛期の霊力が戻るようだよ」

「この変態! ねえちゃんたちになにかしたらゆるさないからな!」

「阿呆、決戦前にそんな疲れることするわけないだろう」

「疲れること」。そのワードでもう限界に達したらしく、ホムラはトイレに閉じ籠ってしまった。桜夜は構わずすやすやと寝息を立てていた。

◆◆◆

 深夜0時、ついにそのときが来た。白井家の真上の空間が歪み、漆黒の巨鳥が姿を表した。巨鳥はいきなり漆黒の炎を吐き出し、白井家の屋敷や敷地を一気に燃え上がらせた。白井家の面々も重火器で対抗するもまったく歯が立たず、次々と火炎弾で凪ぎ払われていった。
 そんな中、桜夜たちは窓をやぶって燃え盛る屋敷から脱出すると巨鳥に向かって走った。巨鳥が視界に彼らをとらえると、突然女性の声で話し出した。

「あら出来損ないのお人形たち。そんなところでなにしているのかしら?」

 サイカが決意を決めて巨鳥を睨み付ける。

「わたしたちは、母さんの道具じゃない!」

「そう。なら死になさい」

 フェニキアは再び火炎放射を放つ。桜夜は叫んだ。

「リオ!」

 その声を受けてリオは鉄砲水で火炎放射を受け止める。

「よし、サイカは僕と一緒に……」

 そこまで言ったところですでにホムラが勝手に動いていた。炎の弾丸となって府巨鳥に体当たりをかましたのだ。その体当たりで巨鳥は体勢を崩し、鉄砲水を食らうことになった。しかし怒り狂った巨鳥は突風でホムラを地面に叩きつけ、そのまま猛毒の炎を放った。

「ホムラ!」

 咄嗟に桜夜がホムラを庇うように抱き締め、背中で毒の炎を受けた。毒によりマントが溶け、服が溶け、背中が燃えても彼は構わず、桜吹雪を巨鳥に投げつけた。桜吹雪は巨鳥の胸に突き刺さり、巨鳥は苦しみ悶えながら消えていった。桜吹雪が刺さったまま……。サイカが呆然とつぶやく。

「……うそ、フェニキアを追い払うなんて……。この人なら、本当に……」

 その頃力なく自分に寄りかかる桜夜に、ホムラはパニックを起こしていた。

「おい、おまえ……!」

「……大丈夫。毒じゃ僕は、死な、な、い……」

 そういって桜夜は意識を失い、地面に頽れるように倒れた。

◆◆◆

 それから数時間たち、朝になると桜夜は普通に目を覚ました。四方院家御抱えの病室のベッドの上だった。近くの椅子にはホムラが腰掛け、ベッドに突っ伏して寝ていた。桜夜はなんとなく彼女の頭を撫でた。

「勝手に触んな」

 起きていたのかホムラは顔を上げると、桜夜を睨んだ。

「そいつは失礼」

 しばらく沈黙が流れた。やがてホムラが沈黙を破った。

「なんで助けた」

「そりゃあ君のねえちゃんたちに頼まれてるからね」

「るせえ。この借りは必ず返す。てめえは絶対死なせねえ」

 ホムラはそう呟くと桜夜の唇を無理矢理奪った。乱暴なキスゆえに前歯があたりお互いに激痛を伴ったが、ホムラは慌てて病室を出た。彼はホムラの出ていった扉を眺めながら呟いた。

「僕は死にたいんだけどなあ」

 ドア越しにその言葉を聞いたホムラは拳を握りしめた。

「絶対死なせねえ」

 それは炎の誓いだった。

第5話 最終決戦

「さて、そろそろ行きますか」

 傷の癒えた桜夜は、少女たちが寝静まったあと、病院の庭に出ていた。フェニキアに刺した桜吹雪と、その鞘は共鳴しあい、どこにいるかも不明な魔女のアジトを示していた。この反撃できるチャンスを逃すわけにはいかなかった。

「契約の名の下に、主をその剣の下へ導け」

 彼が呪文を唱えると、彼の手に握られた鞘が輝き、桜吹雪本体がある場所へのゲートを開いた。桜夜は真剣な表情でゲートをくぐった。しばらくたったあと、そんな桜夜を追うように3人娘がゲートを潜ったことを彼は知らなかった。

◆◆◆

 ゲートの先は魔女の座る玉座の間だった。魔女は妖艶な笑みを浮かべて桜夜を迎えた。

「あら、あなたが娘たちをたぶらかした男ね」

「お初にお目にかかります。お母様?」

 桜夜は魔女ににこやかに言葉を返し、右手を自身の胸に当てながら頭を下げる。

「ふふ、確かに面白い男ね。あんな出来損ないたちでよければくれてやるわ」

「ありがとうございます。それでは、ご息女たちにはもう手だししないとお約束いただけますか」

「ええ、ただし……あなたが四方院家の秘密を話すならね!」

 魔女が黒いイカズチを放つ。それを桜吹雪の鞘で受け止めたものの、サイカの放つイカズチとはあまりにも威力が異なり、鞘は遠く後方へと吹き飛ばされてしまった。

「っ。知りたい秘密ってなんなんだ?」

「知れたこと、四方院の初代宗主が不死を捨てたことをあたしはしっている。その術をあたしは知りたい」

「……それは無理だ。四方院にそんな術は……」

「黙れ!」

 黒の大洪水が桜夜を襲い、水の中に閉じ込めてしまった。

(くっ……息が……)

「……なにを遊んでいるの? あなたももっているんでしょう? 不死の力を」

 魔女の言葉に桜夜はにやりと笑った。不意に黒い水が弾けとび、桜夜から黄金のファイアボールが生まれ、魔女に向かって飛んだ。そのファイアボールは鳥に姿を変え、進んでいく。

「……フェニックス。やはりね」

 魔女の影から黒い鳥が出現し、フェニックス――鳳凰――とぶつかり合う。

「魔獣フェニキア」

 水から解放された桜夜はそうつぶやくと、フェニキアに刺さったままの桜吹雪を呼び戻し、一気に魔女に切りかかる。しかし魔女はその攻撃を杖で簡単に受け止めた。
遠距離戦を得意とする魔女に対して桜夜は近距離戦を得意としている。すぐに魔女の杖を切り落とすと、魔女の腹部、魔力の源たる丹田を貫くべく桜吹雪を動かす。同時に魔女も右手に邪悪な魔力貯め桜夜の腹を貫いた。

「ぐっ……!」

 桜夜の顔が激痛で歪む。だがそれを無視し、彼もまた魔女の丹田を貫いた。

「ぐわああああ! な、なんだ、その刀は」

 魔女は驚き、桜夜から手を引き抜く。桜夜の顔はさらに苦痛に歪んだが、なんとか口を話す。

「……これはな、神殺しの刀だ。さあ、あなたは神より高等な生き物かな? 不死身の魔女」

 十分に丹田に神殺しの力を注ぎ込むと、刀を引き抜き、桜夜はよろよろと後ろに下がった。それを守るようにフェニックスが降り立つ。そしてまた苦しむ魔女の下にフェニキアが降り立つ。

「くっ、やはり契約の大本たるフェニキアを切らなければだめか?」

 フェニックスと同等以上の力を持つフェニキアでも桜吹雪の力なら倒せるかもしれない。しかしフェニキアは一度桜吹雪を刺されても死ななかった。そうなるとより強力な攻撃を加えなければならない。しかしそれをするには桜夜は消耗し過ぎていた。

「……あとはわたしたちに任せてください」

 腹部を押さえてうずくまる桜夜の後ろから、声をかけられ、桜夜は振り向く。もちろんその間もフェニックスが敵の警戒を怠らない。そんな彼の後ろには白いローブに身を包んだ、守ると約束した少女たちがいた。

「なぜ来た」

 桜夜の問いにサイカたちが答える。

「わたしたちはわたしたちはなりに不死の倒し方を探していました」

「不死はただ殺しても倒せねえ」

「ですがその血を引き継ぐわたくしたあたなら、母の魂を浄化できるはずです」

 3人が桜夜の前に立ち、儀式を始めようとする。しかし当然フェニキアが邪魔をしようとするが、こちらにもフェニックスがいる。フェニックスは上手くフェニキアを誘導し戦場から遠ざけていく。その間にサイカたちは母を三角形を描くように囲んだ。

「お母さん。今たすけてあげるね」

 3人の少女は膝をついて、両手を組み、祈りを捧げる。するとサイカから黄色い光が、ホムラからは赤い光が、リオからは青い光が溢れだし、魔女を包んだ。
魔女は包み込む光に苦悶したが、光が混じりあって白に変わる頃には安らかな笑みさえ浮かべていた。

「……これは、三原色の祈り、か」

 桜夜は呟く。かつてバチカン市国を訪れた際に聞いた伝説だった。3人の聖女の清らかな祈りが混じり合い、邪悪な魔女を浄化した。それが三原色の祈りだ。こうして不死身の魔女は浄化された。口元に笑みすら浮かべながら。契約者を失ったフェニキアは絶叫しながら消滅する。こうして不死身の魔女の物語は幕を下ろした。

エピローグ

 魔女との戦いのあと、桜夜は昏睡状態に陥った。魔女が異常なのであって、鳳凰と契約をしている桜夜はそこまで不死身ではなかった。確かに傷の治りは早いし、ウィルスや毒物に対しての耐性も強い。恐らくガン細胞すら駆逐できるだろう。
 だが今回のように深手をおってしまえば、回復のために昏睡に陥ることもあった。桜夜が目覚めたのは決戦から7日後、四方院本邸に用意された自分の部屋にしかれた布団でだった。上半身を起こし、寝巻きの胸元から手を入れて自身の腹に触る。もう傷痕すらなかった。

「今度は僕が不死身の化け物になるのかねえ」

 なんとなく呟くと窓の外を見る。桜夜が友人からもらい育てた、永久の桜が咲いていた。しばらく桜を眺めていると部屋のドアがノックされた。彼にしてはめずらしくぼんやりしていたため気づかなかった。すると部屋のドアが開けられ、3人の少女が入ってきたサイカ、ホムラ、リオだった。

「桜夜さん、目が覚めたんですね」

「もう大丈夫なのか?」

「お水いりますか?」

 と、かしましく尋ねてくる少女たちに顔を向けると桜夜は困ったように笑った。

「おっと、3人でしゃべったら答えにくいですね。とにかく無事に目が覚めてよかった」

 サイカが代表してそういうと3人は桜夜を三角形に囲むように座った。彼の苦笑が深まる。

「なんだ? 三原色の祈りを始めるのか?」

 そんな桜夜の言葉に、リオは口元を隠して笑う。

「違いますわ。わたくしたち、桜夜様が目覚めたらお伝えしたいことがあって」

「いいか? 一回しか言わないからちゃんと聞いとけよ?」

「わたしを」

「わたくしを」

「オレを」

「お嫁さんにしてください!」

 三方向から飛びかかられ、桜夜はもみくちゃにされる。当初の契約は果たした、もうかかわり合う必要もないのに、彼女立ちはこの「化け物」と関わりたがるのか。しかし不思議と抵抗や拒否をする気にはならず、彼は永久の桜を眺めた。そして自分が笑っていることに気づいた。

第1章 「不死身の魔女」 完

第2章 黒の騎士の死

プロローグ 新たなる日常

「さあみんな! 朝御飯だよ!」

 四方院本邸の敷地内にある桜夜の私邸に、少女サイカの声が響き渡る。本来この私邸はすぐに任務につけるようにと用意されたものだった。しかし今や桜夜の私邸というよりは、彼の押し掛け妻たちの家と化してしまった。本来魔女の討伐に成功した段階で彼女たちは自由の身となった。どこでもすきなところにいけるようになり、当初の契約も破棄されるはずだった。
 しかし彼女たちには行く宛がなかった。もちろん桜夜を頼れば、寮のある四方院学園に入れるくらいはしてくれたかもしれない。とはいえそんな知識のない3人が思い立ったのは、このまま桜夜のお嫁さんになろうというものだった。そうしてハウスキーパーがやるはずの家事を3人で分担し、甲斐甲斐しく桜夜の世話を焼いた。
 桜夜もなれない環境に最初は戸惑ったが、もうなれてしまった。だが、だからこそ思う。このまま彼女たちを自分の懐に入れてよいものかと。どこかで突き放すべきではないのかと。食卓につきながら、数日前に兄と慕う四方院家次期宗主候補の1人である若き天才、四方院元との会話を思い出す。

◆◆◆

「いったいなにを悩んでいるんだい?」

「それは……」

 紅茶の入ったカップを桜夜の前に置きながら、元は微笑む。

「あんなにかわいい子たちなんだ。受け入れてあげればいいじゃないか。それともタイプじゃないのかい?」

「兄さんでもそんな下世話なことを言うんですね」

「そりゃあ私だって人間だからね。そして君も人間だ」

「僕は……」

「大丈夫。君は人間だよ。確かに、おばあさまは君の瞳の中には化け物がいるといった。確かに、君はフェニックスと契約して病弱な身体を捨てた。だけどやっぱり人間だ。血も涙もながれ、そして失うことを恐れるちっぽけな人間だ」

「兄さん……」

 元は笑う。

「だからね、桜夜。あの子たちが大切だと思うなら、失いたくないと思うなら、中途半端はやめて自分の心と向き合いなさいな」

◆◆◆

(自分の心、ねえ)

 スープを飲みながら難しい顔をしていたのだろう。サイカが不安そうに尋ねてきた。

「あのお口に合いませんか? やはり和食の方が……」

「ああ、いやいや、おいしいよ。ただ……」

「ただ?」

「いや、なぜ君たちがここまでするのかなって。君たちを助けるという契約は終わっただろう?」

 サイカは少し怯んだが、ホムラとリオは違った。

「それはねえちゃんの契約だろ。オレはお前を死なせねえ、借りを返すって契約をした。それなら一番近くにいるのは当然だろ」

「わたくしはあなた様を守ると契約しました。あなた様と最後まで添い遂げる覚悟です」

 2人が契約を盾にする気であることにサイカがキレた。

「~~~! わたしだって桜夜さんのものになるって契約したもん! 契約はまだ終わってない!」

 契約のことで喧嘩をし始めるのを見て、さすがに桜夜が仲裁に入った。

「まてまてまて、落ち着け。契約のことはわかった。だがな、結婚するならお互い恋愛感情がいるだろう」

 サイカたちは一瞬ぽかんとしたが、確かに肝心なことを伝えていないことに気づいた。

「す、すきだよ! とっても!」

「わたくしもお慕い申し上げております」

「い、いまさら言わなくても、わかんだろ……」

 桜夜は少し頭を抱えた。吊り橋効果というやつか、彼女たちの気持ちは固いらしい。自分の気持ちも固めなければならないな、と彼は思った。

◆◆◆

夜、桜夜の寝室
 彼の寝室は広々とした和室で布団も大きい。だがその一組の布団に彼と少女3人が入れば当然狭く暑苦しい。桜夜も最初は注意したが、固くなに少女たちが諦めないために彼が折れた。
 いや、折れたというのは言い訳かもしれない。本当は誰よりも人肌恋しかったのは桜夜自身だった。だから彼女たちがほしいと思う。しかし化け物の自分が、それをどう彼女たちに表現していいかわからなかった。それでも、なるべく早く彼女たちの思いに応えたいと彼は願うのだった。

第1話 コスモスの神託

 その夜、桜夜は夢を見た。夢の中で彼は宇宙にいた。

《神殺しの騎士よ。もう1人の神殺しが現れた。秩序の名の下に排除せよ》

(……あなたは?)

《我が名はコスモス。秩序を守りし者》

◆◆◆

 桜夜はそこで目を覚ました。まだ夜明け前だった。ぐっすりと眠る少女たちを起こさないように着替えると、公式任務中のバッジを付けた。そして静かに屋敷を出ると、永久の桜が見えた。

(……そういえば、あの日もこうして桜を……)

 ノスタルジックに浸りそうな頭を振ると、桜夜は目的に向かって歩を進めた。彼が向かったのはこの本邸の敷地内でももっとも大きい、玄武邸の宗主の私室だった。公式任務中のバッジがあれば、どこにでも出入りできる。それが相談役の特権だった。私室のふすまが使用人によって開けられるとその部屋の主と目があった。部屋の主たる小柄な老人は優しく笑った。

「どうした? こんなに朝早く、なにか任務を与えたかの?」

「いえ……」

 使用人が立ち去るのを待ってから、老人の前に、文机を挟んで座った。そして桜夜は夢の内容を話した。

「ふむ……コスモス、秩序、か」

「はい」

「ふぅむ」

 老人は少しだけ考えてから答えた。

「しかし、神殺しが1人増えたとて、それがなんの脅威になる? ワシにはそれがわからん」

「はあ……?」

「根本的に人間は神には勝てん。お前のその刃とて神に届くのは稀じゃろて」

「それは、そうですが……」

 神殺しは一見すると強力な武器だが、実はそうでもない。本質的に神と人間は格が違う。神に近づき切ることなどまずできない。

「お主はなんでも気にし過ぎじゃ。今は余計なことを考えず休みなさい。そうそう、嫁取りについてもちゃんと考えるのじゃぞ。お主の血とあの魔女の血が混ざったらどんな子どもになるのか今から楽しみなのじゃからな」

 にっと笑った老人の言葉は、少しだけ桜夜の心を軽くしてくれた。

◆◆◆

 自分の屋敷に戻った桜夜だったが、もう一度眠る気にもなれず、縁側に腰かけて永久の桜を眺めた。しばらくそうしてぼんやりしているとパジャマ姿のサイカが姿を見せた。

「ここにいたんだ。姿が見えないから心配した」

 息を切らすサイカに桜夜は困ったように笑った。

「ごめん。少し夢見が悪くて宗主様と会っていた」

「どんな夢?」

 サイカは桜夜の隣に座りながら尋ねた。

「いや、もういいんだ」

 桜夜は儚げに笑い、永久の桜に視線を戻した。つられてサイカも桜を見上げる。

「ねえ、桜夜さん。どうしてこの桜は枯れないの?」

「ん? 昔この桜の大本になった桜には神様が宿っていたんだ。その神様は人間と恋に堕ちた。当然人間が先に死んでしまうわけだけど、桜は再会を信じていつまでも咲くようになった。らしい」

「へえ、なんだかロマンチック……」

 サイカは桜夜の肩に頭を乗せた。彼も、彼女の肩に腕を回し、その顎を掴むと2度目の口づけを交わした。唇が離れると、サイカは照れたように笑った。

「ふふ、これはなんの契約?」

「別に、したいからしただけ。自分のものになにをしても自由だろ?」

「そうかもしれないけど……んん?!」

 桜夜はもう一度唇を奪うと、より深く口づけながらサイカを押し倒した。

第2話 焔の日常

「ふっふふ、ふふふーん♪」

 鼻歌混じりに料理をするサイカの姿をホムラはいぶかしげに見ていた。

「なあ、リオねえ。さーねえの奴なんであんなにご機嫌なんだ?」

 リオは顎に人差し指を置いて考えるポーズを取る。

「そうねえ……きっとサイカちゃんは「大人」になったのよ」

「はあ?」

 意味わかんねえと言わんばかりのホムラを尻目に、リオは新聞を読んでいる“ふり”をしている桜夜を見た。

「次はわたくしもお願いいたしますね?」

「だめだぞリオねえ! 今日の桜夜はオレのトレーニングに付き合うんだ!」

「ふふ、もちろん。あなたの大切な時間を奪ったりしないわ」

「た、大切なんかじゃねえよ!」

 いつの間にか新聞を読むふりを止めた桜夜は、賑やかな姉妹を見て、これが家族ってやつなのかな、と少しだけ寂しげな顔をした。

◆◆◆

 朝食のあと、桜夜とホムラは外に庭にいた。桜夜は白い着物に紺の袴という剣士なのか神主なのかわからない服装で、両手を後ろで組んでいた。対するホムラは赤いシャツに赤いハーフパンツ、手に赤いグローブをしている。

「今日こそぶん殴ってやる」

「お手柔らかに頼むよ。ホムラちゃん」

「ちゃん付けで、呼ぶなあ!」

 それが試合開始のゴングとなった。ホムラは桜夜の顔面目掛けて拳を振るう。しかし桜夜はそれを絶妙にギリギリのタイミングで回避してみせる。それからも殴るホムラ、かわす桜夜という構図が続いた。先に膠着を崩したのは桜夜だった。

「ねーねー、ホムラちゃん」

「うっせえなんだよ!」

 攻撃をかわしながら、桜夜はニコニコ笑って言う。

「乳首透けてるよ」

「え? なっ」

 ホムラの注意が一瞬自分の胸元に移る。その隙を逃さず、桜夜はホムラの頭を手刀でぽこりと叩いた。

「はい、僕の勝ち」

「はあ?! 今のは卑怯だろ!」

「戦いに卑怯なんてありませーん」

「うるっせえ! ふざけんな!」

ホムラが炎を放ちながら、桜夜を追いかけ回す。彼は彼で楽しげに逃げ出した。おいかけっこの始まりである。この過激なじゃれあい、もといトレーニングはホムラから言い出し、習慣化したものだった。もしホムラが桜夜に一発いれることができれば、遊びに連れていってもらえるという約束付きで。
 そう、これはホムラなりのアプローチだったのだが、桜夜は知ってか知らずか彼女のトレーニングだと思い真剣に相手をしていた。なお二人が最終的に炎有りのおいかけっこに発展し、危ないからやめなさいっとリオに説教されるまでが、焔の日常だった。

第3話 日常の歪み

 ホムラとたっぷりじゃれあった後、桜夜はお昼を兼ねて少女たちと出掛けることにした。

「いやあ、お出掛けなんて久しぶりだね! 本当は二人で来たかったな……」

 最後の方は小声で桜夜にだけ聞こえるように言ったつもりだったが、リオには聞こえていたらしい。リオは恐ろしい笑顔を浮かべながらサイカにいった。

「これ以上抜け駆けは許しませんわよ。サイカちゃん……」

「ひいっ」

 そんな二人を無視し、ホムラがハンバーガーショップを指差す。

「なあオレあれ食いたい!」

「お前なあ。身体鍛えてるならジャンクフードは……」

「いいだろー、食いたいんだよー」

 珍しく甘えた声を出すホムラに、桜夜は折れた。

「サイカとリオはハンバーガーでいいか?」

「はい  桜夜さんさえよければ」

「わたくしもです」

 にこやかに笑う姉妹だったが、背後でお互いをつねり合っていた。

◆◆◆

 そんな和気あいあいとする桜夜一行とは裏腹に、四方院家宗主、四方院玄武は重大な脅威を感じていた。

(この感覚は……まさか……)

 急いで杖を掴むと、黒の作務衣に陣羽織という格好のまま、本邸正門に急いだ。その頃正門の前に中華服を着た男が、槍を片手に立っていた。男の回りには門番たちが重症をおって倒れていた。男が門に向かって槍を振るうと本邸を守る結界もろとも門が崩れおちた。そんな男を出迎えたのは玄武だった。

「手荒くやってくれたのう。あぽいんとめんとといんたーふぉんを知らんのかの?」

「……不死者の男だせ」

「わけのわからないこと申す男じゃ。そんなやつはここにはおらんよ。だからその物騒なものをしまってくれんか」

 玄武はちらりと男の槍を見る。

(間違いない。神殺しじゃ。だがなぜこやつは桜夜を狙う? 神託を受けたのは……)

そこで玄武は恐ろしい可能性に思い至ったが、襲いかかってきた男に対抗するために思考を切り替えた。槍のチャージを杖で弾くと、老人とは思えない機敏さで男の懐に入る。そして容赦なく男を仕込み杖の刃で逆袈裟に切った。

「ちっ」

 男は舌打ちをすると空間を歪ませ、姿を消した。玄武も舌打ちをしたい気分だった。

「浅かったか。取り逃がすとはなんたる失態!」

 玄武はそう呟くと、騒ぎを聞き付けてきた戦闘要員たちに怒鳴った。

「早く相談役を呼び戻せ! ワシの目の届く範囲にいろと命じるのじゃ! 急げ!」

 玄武は焦燥にかられていた。

◆◆◆

 その頃、桜夜たちはゲームセンターで遊んでいた。ホムラはやはりというかゲームも苦手らしく、UFOキャッチャーに失敗しては筐体を壊さんばかりだった。仕方なく桜夜が代わりに取ると、「邪魔するなよ」と唇を尖らせつつも、大事そうにテディベアを抱き締めた。
 しかしそれがよくなかった。ホムラにだけプレゼントを渡したと考えたサイカとリオが明らかに不満そうにしたからだ。仕方なく桜夜は二人分のテディベアも取ると、少しだけトイレにと離れた。トイレを済ました桜夜は足元の空間が突然歪み、自分が落ちていくことを感じた。

◆◆◆

「ここは……」

 宇宙のような空間に、動揺を隠せない桜夜を玄武に浅く切られたはずの男が襲いかかる。槍でのチャージや薙ぎ払いといった猛攻撃をかわす桜夜だが、反撃の手段がほとんどなかった。遊びにいくのに桜吹雪を持ち歩いてはいなかったし、フェニックスを安易に召喚することもできなかった。玄武同様桜夜もすぐに直感した、相手の槍は神殺しだと。
 だが武器なしでも勝つ方法が桜夜には、彼のならった「救世流」にはあった。救世流は相手の攻撃をかわし、いなし、持久戦で勝つ特殊な戦闘術だ。一発も当たらぬ槍に相手の男は不機嫌さを隠そうともしなかった。桜夜は心を無にし、かわしていればそれでよかった。だが彼の心に一瞬よぎってしまったのだ。

     神殺しなら、自分が化け物になる前に死ねるかな、と。

 その隙を男は逃さず、桜夜の胸を槍で貫いた。

エピローグ

 神殺しの槍で胸を貫かれた桜夜は、膝からゆっくりと崩れ落ちた。薄れゆく意識の中、彼は声を聞いた。

「コスモスは人間が永遠のいのちに近づくことを警戒している。それはお前も例外ではない。さあ、お前のいのちは神より高等かな」

 男はそう言い残し、姿を消した。

◆◆◆

 その後発見された桜夜はすぐに四方院御抱えの病院に運ばれた。「四方院は死者をも治す」。それだけの技術を持ったスタッフが治療に当たった。しかしそれでも即死寸前を、様々な医療機器で死ぬ寸前まで戻すのが精一杯だった。病院には三姉妹もかけつけていた。集中治療室の前で、サイカは看護師に懇願していた。

「お願いします! あの人に会わせて!」

 三姉妹を入れることは認められないという看護師に鶴の一声がかけられた。

「よい。その子たちを入れてあげなさい」

 少女たちが振り向くと、そこには小柄な老人がいた。四方院家宗主、四方院玄武その人だった。看護師は玄武に頭を下げ、少女たちと玄武が入室することを許した。
治療室のベッドの上には様々な機器によって辛うじて生きている桜夜の姿があった。少女たちは泣きながらそのベッドにすがり付いた。しばらく泣いていたサイカは顔を上げ、玄武を見た。

「宗主様! 桜夜さんはあなたを世界一の叡知と呼んでいましま! どうか、どうかこの人を助けてください!」

「それは……」

 玄武は悲しげに瞳を伏せた。桜夜は神殺しで刺されたのだ。助かる方法などあるはずがない。予言にも「相談役は一度死ぬ」とあった。だが玄武もまた桜夜を愛していた。だから希望にすがるようにいった。

「……君たちの、君たちの思いを込めた魔力を送り込めば、あるいは……」

「助かるんですか!?」

「わからぬ。だが君たちは不死身の魔女の娘、その血に流れる不死身の魔力が桜夜のもつフェニックスの治癒力と混ざればもしかしたら……」

 玄武の言葉はただの願望だった。それでも少女たちはその願望を信じた。サイカは桜夜に抱きつき、リオとホムラは左右の手を握った。ありったけの魔力と思いが伝わるように。玄武はその姿を見ていられずに治療室を出た。彼は歩きながら考える。

(もしあやつが奇跡的に甦ったとしても、コスモスはまたそのいのちを狙うに違いない。ワシは……どうすればよい?)

 玄武が病院の窓から空を眺める。彼の気持ちとは裏腹に、すみわたる青空が広がっていた。

◆◆◆

(またここか)

 桜夜は真っ暗な世界にいた。かつて病で死にかけたときもこの世界に来て、そしてフェニックスに救われたのだった。しかし今回はフェニックスも、誰かのお迎えも来なかった。

(人間死ぬときは1人、野良犬にはちょうどいいか)

 桜夜が深い眠りにつこうとしたとき、美しい白い光が彼の瞼を焼いた。桜夜はその暖かい光のところに戻りたいと思った。そこで彼の意識は途切れた。

◆◆◆

 桜夜が目覚めたとき、そこは自分の寝室だった。てっきり死んだものだと思っていたが、自分にまとわりついている少女たちのぬくもりが「生」を実感させてくれた。
ふと起き上がって自分の胸元を見る。槍で刺された痕があった。神殺しの傷は治らないのかもしれないと思いつつ、あの敗北が夢ではないことを思い知らされる。桜夜が物思いに耽っていると、少女たちが目覚めた。
 少女たちは目覚めた桜夜を見て、お互いの頬をつねり合う。それから全員大泣きをしながら抱きついてきて、桜夜を布団に押し倒した。さすがに3人分の泣き声はすごかったが、彼は困ったように微笑みながら3人の頭を交互に撫でた。

◆◆◆

 3人が落ち着いたのを見計らって、桜夜は話し出した。

「心配をかけたね。僕は死んでいたようだ。死ぬとね。真っ黒な世界にいくんだ」

 彼は自分の手のひらを眺める。そこには彼のものではない暖かな魔力が流れていた。手のひらだけでなく、身体中に魔力はあった。

「だけど白い光が見えて、僕はそこに戻りたいと思った。そうしたら、今も生きている」

 桜夜は手のひらを動かし、拳を握る。

「あれは君たちの《思い》だったんだね。ありがとう。そして」

――これからも僕と一緒にいてくれる? 僕には君たちが必要だ。

 その言葉に少女たちは「はいっ」としっかり答えた。

第2章 黒の騎士の死 完

第3章 不死を憎むもの

プロローグ リオの誘惑

 生死をさ迷って以来、桜夜の日常は一変してしまった。再襲撃を警戒した四方院玄武は本邸の結界を強化し、感覚の鋭い玄武のお膝元、つまり本邸の敷地内からの外出を禁止した。
 とはいえそれで彼の仕事が無くなるわけではなく、オンラインミーティングや電話、メールで各所と連絡を取り合い、今後の四方院家のために働いていた。つまり出張が多い仕事から在宅の仕事に変えられただけだった。

「お茶です」

「ありがとう」

 これまで通り家事はサイカが中心にやっているが、リオはすっかり秘書になっていた。スケジュール管理がややずさんな桜夜を上手くフォローしていた。

「こちら、午後の会議の資料です。それとウィリアム卿からなるべく早く連絡がほしいとのお電話がありました」

「すまないな。手伝わせて」

「いえ、いいんです。わたくしは桜夜様のお世話ならなんでもしたいです。そう、なんでも……」

 桜夜は若干苦笑いする三姉妹の中でも、この子からはたまに狂気を感じるのである。

その頃のサイカ
洗濯中

「お、桜夜さんの下着……! 」

その頃のホムラ
ゲーム中

「くそ! くそ! なんで一面からこんなに難しいんだよ!」

◆◆◆

「んー!」

 ウィリアム卿との電話会談を終えた桜夜は、座ったままうーんと伸びをする。そんな彼の顔をリオが覗きこむ。

「お疲れ様でした。今日のお仕事は以上です」

「そっか」

仰け反ったままこれからなにをしようかと考えていると、リオが笑った。

「たまには軽い運動にお散歩はいかがですか?」

「散歩、ねえ……」

 少しだけ嫌そうにしたのが伝わったのだろう、リオは妖艶に微笑んだ。その顔は不死身の魔女とよく似ていた。

「お散歩がおいやでしたら、別の運動にいたしますか?」

 リオはブラウスのボタンを第2ボタンまで開け、その谷間を見せてきた。

「君は困った子だね」

 桜夜は苦笑いする。三姉妹の中で唯一、リオの気持ちがわかりにくいと桜夜は思っていた。サイカの好意はまっすぐでわかりやすく、彼に安心感を与えてくれる。ホムラは恋愛感情かはともかく、兄妹のように接してくれ、彼の孤独を癒してくれた。
しかしリオの誘うような表情は少しだけ困ってしまう。大人の駆け引きのようで、からかわれている気さえする。だから腹いせに桜夜は彼女の唇を奪い、深く弄んでみた。
 リオも最初は驚いたようだが、すぐに受け入れ、あろうことか自分から舌を絡めてきた。たっぷりとその甘い唇を桜夜が味わい、口をはなしたときには、つーっと唾液の橋がかかり、リオの目はとろんとしていた。肌も桜色で、明らかに「スイッチが入っていた」。だから桜夜はにっと笑って立ち上がった。

「じゃあ散歩にいきますか」

 そんな彼を、リオは恨めしそうに睨む。

「……いじわるです」

◆◆◆

 服のボタンを直したリオを伴い、四方院本邸の庭園を桜夜は歩いていた。やがて池にたどり着くと、彼は池の鯉を覗きこんだ。

「餌をもってきてやればよかったかな」

 彼の呟きにリオは笑顔で鯉の餌を取り出した。

「はい、どうぞ」

「相変わらず準備がいいね」

 彼女から餌を半分もらいながら思う。本当にリオは準備がいい。秘書をしてもらっているが、彼女は桜夜がほしいもの常に先回りして用意してくれる。それは桜夜以上に彼と彼の仕事を知り尽くしているということだ。ただ飲みたい飲み物まで飲みたいときに用意されていたときはさすがに狂気を感じたが……。
 桜が餌を撒いていると庭園で飼われているアヒルたちがご相伴に預かろうと飛んできて、池は鯉とアヒルの群れで一杯になった。それを見てリオは楽しくなったらしく、珍しいくらい少女らしく笑いながら池の上に立ち、踊るように餌をまいた。その姿が愛らしくて、桜夜は寂しげに微笑んだ。
 大人になるとは、駆け引きを覚えることだ。彼自身、師匠から戦場での駆け引きを、宗主からは政治的な駆け引きを学んだ。それは悪いことではない。だけれど人生のすべてが駆け引きになってしまうのが寂しい。三姉妹の中で一番早く駆け引きを覚えてしまいそうなリオが、少女らしく笑ってくれる日が一日でも長くなること桜夜は祈った。

「リオ」

「ふふふ、なんですか?」

「そうしている方がかわいいよ」

「ふえ?」

 桜夜の不意打ちの言葉に、リオの魔力は乱れ、池に落ちてしまった。彼は慌てて池に入り、彼女を池から拾い上げた。

「大丈夫か?」

「もう! びっくりさせないでくださいまし!」

「いや、悪かったよ」

 顔を真っ赤にし、涙目になるリオに桜夜は平謝りを続けた。

「許しません! 一緒にお風呂に入っていただきます!」

第1話 近づく終焉

 一緒に風呂に入れと言われても、私邸の風呂場でそんなことをしようものならサイカとホムラがキレ出し、私邸が崩壊しかねない。だから無理な命令のはずだった。
 しかし四方院本邸にはあるのだ。訓練や戦闘のあとにすぐ入れるように貸しきり可能な入浴施設がいくつも。この池の近くにもある。噂では何人も池に落ちたことで作られたらしい。

「あー……わかったよ」

 かわいらしく桜夜の服を掴み、涙目で睨む少女に彼は降参した。

◆◆◆

 幸か不幸か空いていた入浴施設を施錠すると、2人はお互いに背中を向けながら服を脱いだ。先に脱ぎ終えた桜夜が、かけ湯をして湯船に浸かっているとリオもひたひたと近づいてきた。マナーとして桜夜はリオの方を見なかったが、リオもかけ湯をすると湯船に入り、自身の背中を桜夜の背中に預けた。

「気持ちいいですね」

「そうだな」

 しばらく沈黙が流れる。少女がぽつりと呟く。

「……わたくし、不安なんです」

「うん」

「あなた様が、今すぐにでもいなくなってしまうのではないかって」

「……」

 その言葉に何も返すことはできなかった。彼は今やいのちを狙われる身、そうでなくとも荒事に対応するのが彼の仕事だ。いつどうなるかなんて、約束できなかった。なんと言えばいいか、桜夜が悩んでいるとリオは桜夜を振り返り、背中から抱きついた。

「だから、わたくしにください。あなた様が、確かにここにいたという証を……」

 そこで桜夜はようやく気づいた。彼女が必死に駆け引きと誘惑を繰り返していたわけを。彼女は不安だったのだろう。その不安に気づけなかったことを口の中で謝ると、彼もまたリオを振り返り、その身体を優しく抱き締めるとまた唇を重ねた。少女は瞳を閉じた。そして頬に、一筋の涙がこぼれた。

◆◆◆

 宇宙のような場所で、光に対して黒いローブをまとった男が片ひざをついていた。男の名はケイオス。神殺しの槍をもつ男だ。

《ケイオス、不死にならんとする者に死を。情けは無用。すべては秩序のために》

 光が消えると、男は立ち上がり、ローブのフードを取った。その顔は、どこかサイカたち三姉妹と似ていた。

第2話 的中する不安

四方院本邸 貸し切り浴場 脱衣場

「桜夜……さま……」

「なんだい」

 のぼせて倒れてしまったリオを床に寝かせ、備え付けの浴衣をかけた、浴衣姿の桜夜がリオを扇子で扇いでいた。

「あい、して……います」

「僕も愛しているよ」

「うれしい、です」

「ほら、水飲んで」

「飲ませて、くれないんですか?」

 すっかり甘えん坊になってしまったお姫様に苦笑しながら、冷蔵庫から500ミリペットボトルの水を取り出すと、リオに口移しで飲ませてあげた。幸せそうに微笑む彼女の笑顔を守りたいと思う気持ちと、いずれ悲しませてしまうんだろうかという不安が彼の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。

◆◆◆

 その日は突然やってきた。最初に異変に気づいたのは瞑想中の四方院玄武、次に眠っていた桜夜が突然目をさましたのだ。玄武は杖をもって自身の屋敷から出る、次いで桜夜も着物スーツに着替え、桜吹雪をもって私邸を出た。敷地の中心で、玄武と桜夜は落ち合った。

「宗主様!」

「桜夜よ、主も感じるか」

「はい」

 二人は一緒に空を見上げる。星も月もない新月の夜だった。やがて異変が起こった。急に空に月が現れたのだ。いや、それは月ではなかった。“光”だった。光が閃光を放つと結界を破り、桜夜と玄武の前に1人の男を降臨させた。

「お前は……」

 それはかつて桜夜を死の淵に追いやった神殺しの槍を持つ男、ケイオスだった。

「不死に近づきし者よ、貴様を排除する」

 ケイオスが槍を構えたのと同時に、桜夜と玄武も刀を抜く。

「二人がかりでいくぞ」

「いえ、宗主様、あなたは当主たちと結界の再構築を!」

 ケイオスの槍と桜夜の桜吹雪が激突する。激しい光が夜の闇に舞い散った。

「じゃが……」

「この戦いの余波を食い止めるためです! 急いで!」

 宗主として玄武は、沸き起こる感情を理性で押さえ、桜夜に背を向けて走った。

「ふ、刀があれば我に勝てるつもりか?」

「さあ、どうでしょうね!」

 槍を刀で下から弾くと、ケイオスの腹部に蹴りを入れる。桜夜は騎士だが、その戦い方は何でも有りだった。そんな彼の攻撃をものともせず、ケイオスは槍を構えて突撃し、何度も突きを連発した。しかし桜夜はそれを全て紙一重で交わしていく。彼に以前のような迷いはなかった。少女たちの暖かな魔力が、彼に生きる希望を与えてくれた。
 突いてくる槍の軌道を刀で右に反らし、そのまま槍に刀を這わせて急接近する。今度は下段回し蹴りでケイオスのバランスを崩させた桜夜は、そのままケイオスを袈裟斬りにした。しかし玄武のとき同様、ケイオスが咄嗟に身体を後ろに反らしたため、傷は浅かった。だがどんなに浅くとも神殺しの刀で切られた傷は重症だ。ケイオスもまた苦しみながら槍を地面に突き刺し、荒い息をする。

(さて……)

 桜夜は考える。このままこの男を殺すか、それとも……。桜夜の思考にノイズをもたらすように、後ろから駆け寄る足音が聞こえてきた。その莫大な魔力から、誰が来ているのか、桜夜にはすぐわかった。

「サイカたちか。危ないからこっちに来るな」

 その言葉にサイカたち三姉妹は足を止める。

「……サイカ?」

 息も絶え絶えなケイオスはローブのフードを脱ぎ、桜夜の後ろに立つ三人の少女を見た。

「……お父さん?」

 サイカたちが絶句する。最初に立ち直ったのはリオだった。

「どうしてお父様が、こんなことを……」

「……我はコスモスと契約した不死なる者を全て滅ぼすと。それはひとえに、彼女を苦しみから解放するためだ」

「彼女……? お母さんを不死から救うためにその力を得たの?」

「そうだ……。しかしそこのガキに先を越されたがな」

 ケイオスはちらりと桜夜を見る。

「サイカ、リオ、ホムラ、お前たちも死んだものと思っていたが、まさかこんなガキと行動を共にしていようとは……」

「ガキガキって、こいつはババアやオレたちをたすけてくれたんだ! それを何で父ちゃんが殺そうとしたんだよ!」

「こやつは、お前たちの母親と同じだ。不死鳥と契約している。不死に至る危険性が……」

「あのなあ……」

 ため息まじりに桜夜が話に割り込む。

「僕は不死になるつもりはない。ある程度人生を楽しんだら神殺しを封印して死ぬよ」

「……ふん、人間の欲望には、際限などあるものか!」

 会話で時間を稼いだケイオスは不意打ち気味に槍を構えて突進する。その早業に桜夜の回避は間に合わなかった。

(やべ……)

 だが、二人の間に別の力が割り込んだ。イカズチと焔と湖の魔力だった。混じりあい、白い光となった魔力は槍の一撃をなんとか相殺した。その隙に少女たちはイカズチとファイアボールと鉄砲水を威嚇射撃として放ち、ケイオスを後退させることに成功する。そしてサイカを中心に右にリオ、左にホムラという並びで桜夜とケイオスの間に割って入った。……桜夜を守るように。

「例えお父さんでも、桜夜さんは殺させない!」

「桜夜さんはわたくしたちが絶対に不死にはさせません!」

「そうだ、あのババアの二の舞にはさせねえ。だから……」

――もうやめて!

 娘たちの必死の願いに、ケイオスはついに槍を下ろした。その時、空がまばゆく光った。

第3話 秩序

 空がまばゆく光ったかと思うと、桜夜と三姉妹は呆気なく吹き飛ばされてしまった。

《ケイオス。何をしている。早くそやつらを殺せ》

「そやつ……“ら”?」

《そうだ。不死鳥の契約者と不死身の魔女の娘、どちらも秩序を守る上で脅威だ》

「わ、我に、娘を殺せと……?」

《そうだ。早くしろ。お前は秩序に忠誠を誓ったはずだ》

 ケイオスはプルプルと震えると、キッとコスモスの光を睨み、槍先を向けた。

「それはできない」

《そうか。ならば貴様も消えよ》

 コスモスは光線をケイオスに放った。ケイオスは槍で受け止めるも、桜夜からもらった傷のせいで本来の力を出し切れず、押されていた。そんな彼を助けたのも桜夜だった。突然起き上がった桜夜は桜吹雪で光線を切り裂き、消滅させてみせた。そのままケイオスの隣に並んだ。

「老兵はもう限界ですか? お義父様?」

 からかうように言うとケイオスも笑った。

「バカを言うな。婿殿」

 コスモスは再び光線を放つが、神殺しの二重殺によって無効化されてしまった。

「しかしどうするんです? コスモスは秩序の化身。神殺しで殺せるかどうか……」

「……神封じだ。それならコスモスを一時的にでも封印できるかもしれん」

「了解」

 桜夜はフェニックスを呼び出した。それに飛び乗った桜夜とケイオスは一直線にコスモスの光の中に飛び込んでいった。光の中には1つ、黒い球体が浮かんでいた。それがコスモスの本体(コア)だった。球体は最終防衛ラインを守ろうと攻撃をしかけるが、歴戦のフェニックスはそれを巧みにかわしていく。そしてフェニックスに導かれた2人の神殺しは容赦なく刀と槍をコアに突き刺した。

《ぐ……が……》

「……コスモス、秩序はあなただけが勝手に決めるものではないとわかってください」

「しばらく眠って、もう一度考えてみろ」

 コスモスは何も言わず、その機能を一時的に停止した。

エピローグ またはあったかもしれない未来

 桜夜とケイオスがフェニックスに乗って地上に戻ると、意識を取り戻した三姉妹が不安そうに待っていた。

「桜夜さん! お父さん! 良かった……」

 三姉妹が桜夜とケイオスを囲み、涙目で喜ぶ。しかしそこでケイオスに異常が起こった。

「おい親父! それ……!」

 ケイオスの身体は足元からゆっくりと光の粒子になっていっていたのだ。

「我の身体はコスモスによって保たれていた。コスモスを封じた以上、消滅するが定め」

「いやだ! せっかくまた会えたのに!」

「すまないな。だが……我はずっとお前たちの幸せを願っている。……婿殿、娘たちを頼んだぞ」

 桜夜は静かに頭を下げた。泣き崩れる少女たちに笑みを浮かべ、ケイオスは消滅した。そして神殺しの槍は地に落ち、ガラスのように割れて飛び散った。泣き崩れる少女たちを見ながら、桜夜は呟いた。

「偉大なる戦士に大いなる安らぎを……」

◆◆◆

 ある日、桜夜は黒い着物に身をつつみ、縁側に腰かけていた。その視線の先には永久の桜の周りで遊ぶ幼い3人の少女がいた。それぞれ、桜夜と誰かの特徴を引き継いでいた。

「んー、次は男の子もほしいなあ」

「それって誰の子?」

 少しだけ大人になったサイカが背中から抱きついてきた。

「わたくしとの子ですよね?」

 桜夜の右手により柔らかく女性らしくなったリオがまとわりつく。

「いーや、オレとの子だな。つええ子になるぜ?」

 ニカっと笑いながら、子どもたちと遊んでいたホムラが桜夜を指差す。いつの間にか彼女の身長は桜夜より高くなっていた。

「まあそれは、神のみぞ知るってやつだ」

 桜夜は静かに桜を眺め、願う。この幸せが永久に続きますように、と。

第3章 不死を憎むもの 完
#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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