イザナギとイザナミは仲直りしたのか?
古事記 黄泉の国おさらい
前回の最後の方に伊邪那美神社について書きました。
多くの人がご存じのとおり、イザナギとイザナミは夫婦です。
イザナミは国生みの途中、火の神を生んだ時、火傷を負って死んでしまいます。比婆の山に葬られました。
とても仲が良かったのか、イザナギは亡くなったイザナミに会いたくなりました。そしてイザナミが葬られた黄泉の国(死者の国)を訪れます。
長くなるので途中省略。黄泉の国でイザナギが目にしたイザナミは、かつての美しいイザナミではなく、恐ろしい姿に変わり果てていました。
恐ろしくなったイザナギは一目散に黄泉の国から脱出します。死者となったイザナミ(今でいうゾンビ?)と黄泉の国の者が追いかけて来ます。イザナギは必死のパッチで逃げます。
黄泉の国とこの世の境である黄泉平坂まで逃げたイザナギは千人がかりでようやく動かせる大きな石で境界を塞ぎました。
その時、イザナミは、
「あなたがこんなヒドイことするなら、この世の人間を一日千人殺してやる!」そう言いました。怖いですね。
返してイザナギは、
「それなら私は一日に1500人生もう!」と言いました。プラス思考です。(笑)
まあ簡単にこんなストーリーでした。
はたして夫婦円満の神なのか
そこで私が今でもずっと疑問に思っていること。
イザナギとイザナミは最後、このようなやり取りをして別れている。大げんかの末の破局である。
なのに、いろいろな神社にイザナギとイザナミは同時に祀られている。夫婦円満の神様として。現生の仲睦まじい夫婦がそんな神社に参拝しているのである。いつ仲直りしたの?誰か教えて。
イザナギ、イザナミともに迷惑な話ではないのか?気になって仕方ない。
伊弉諾神宮と伊邪那美神社
イザナミを冠する古社、伊邪那美神社は全国唯一。ここにイザナギは祀られていない。
イザナギ最後の地であると思われる淡路島の伊弉諾神宮。こちらは夫婦円満の神社としてイザナギと共にイザナミが祀られている。
私も伊弉諾神宮こそリアルイザナギ最後の地だと思っている。しかし、そこにイザナミが居るとなると、後世の誰かによってそうされたとしか思えない。大げんかした末に分かれた夫婦が同じ墓に入れさせられている。あなたならどう思う?
そんなわけで、伊弉諾神宮のリアリティに疑問を感じるところであるが、徳島の伊邪那美神社は、日本古代史を知るにおいてとても重要な古社である。比婆の山とされるイザナミが葬られた場所は、美馬郡にある高越山にある高越神社奥の院だとされている。(阿波説)
体力的な問題で(けっこうハードそう)、まだその地には行ったことがないので、写真は挙げられないですが、ググると出て来ますので調べてみてくださいね。
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原まで
イザナミが祀られている最後の地。それだけではなく、イザナギが黄泉の国から逃げた。そして穢れを祓うために禊を行った、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原。そこに至るまでのルート。阿波には地名や史跡が残っています。
他、脇町にはイザナミが生んだ水の神ミツハノメ、土の神ハニヤヒメを祀る式内社が、全国これも唯一存在します。この辺りがイザナギとイザナミが暮らした場所なのではないか。そう推測できます。
他にもこの周辺には天孫降臨にまつわる古社や遺跡が山ほどあります。
前回ご紹介した倭大国魂神社もこのエリア。
アニミズムリゾートで計画中の宿、たつかみの宮(仮称)を拠点にすれば、スムーズに探索できますよ。
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