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母がくれたレコード

 中学2年生になったばかりの4月の出来事。お袋がレコードをもってきた。
「あなたも中学生になったんだから、歌謡曲ばかり聴いていないでこういう英語の歌を聴きなさい。」
母は2枚のレコードを差し出した。差し出されたレコードは見たことも聞いたことも無いグループだった。
フリーの『ファイアー&ウォーター』(1970)

スティーブ・ミラー・バンドの『ロック・ラブ』(1972)

 確かに僕は榊原郁恵のファンだったのでよく歌謡曲を聴いていたし、エレクトーンも習っていたので映画音楽を好んで聴いてもいた。しかし、手渡されたレコード。何なのだろうこのレコードは・・・。
母は昔、外務省に勤めていたので舶来土産が家にあることも珍しく無く、当時では輸入規制のあった海外の玩具やレコードを持ち帰ったり、洋画や洋楽について話をよくしていた。だから見たことも無いアーティストのレコードを差し出されても不思議とは感じなかった。しかしこのレコードはただものではない雰囲気が漂っていた。

 フリーのアルバムジャケットに映る4人は、無精ひげとロングヘアーの不健康そうな若者たちで、
見るからに暗~い、重~いブリティッシュロックという趣であった。反して、スティーブ・ミラー・バンドの方はモノクロだったが、笑顔の似合うカーボーイハットが似合うヤンキーだった。しかし、何故母親はこの2枚を出してきたのか。英語を聴かせたいのであれば、もっとポピュラーなビートルズやカーペンターズなんて方が、親が子に与える音楽としては成立するのではないかと思う。
針を落とすと頭が困惑した。親が子に聞かせる音楽ではない。やかましすぎる。
『ファイアー&ウォーター』はフリーの代表アルバムであり、全米、全英で大ヒットした作品だ。特に「オールライト・ナウ」はシングルチャートで1位となり、フリー人気を決定付けた曲である。詞を訳してみると完全に軽い男のナンパの歌である。街角でいい女に声をかけ、俺とよろしくやろうぜ!と歌う。
但し軽い歌はこの1曲のみで、あとは重いブルースロックで、平均年齢20歳のバンドとは思えない成熟した演奏であった。最初はとっつきにくかったフリーも何回か聴いていくうちに、コンパクトかつ重厚なサウンドが気に入ってしまった。そしてなんといってもポール・ロジャースのヴォーカルはブルースを基調とした伸びのある声量で、日本人の歌しかまともに聴いたことがない少年には良い意味で異質なくらい衝撃だった。

 逆にスティーブ・ミラー・バンドは1本筋の通ったところが無いというか、コンサバな分、その他大勢という感じがしてしまった(大人になって聴き返したらこれはこれで素晴らしいと思ったが、中2の頭では感じ取れなかったのだ)。

 僕が最初に聞いた洋楽はこの2バンドなのである。

 先日この話をお袋にした。
何故、フリーとスティーブ・ミラー・バンドだったのか、と。

「ああ、あれ?確かに英語の歌を聴かそうと思ってたけど、いきなりツェッペリンじゃないでしょ?たまたまパチンコ屋で取った景品で、一番前にあった棚に2枚あったからそれを持ってきただけよ・・・。」
僕のフェイバリット・ミュージシャンは未だにフリーのヴォーカリストであったポール・ロジャースである。(最近、クィーンとしてクレジットされているようだが・・・。)

母親の、この偶然に感謝しているが、あまりにも軽い結末に拍子抜けした僕の洋楽初体験である。

2005年6月4日
花形

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