見出し画像

『レター・トゥ・ユー』 ブルース・スプリングスティーン


 ブルース・スプリングスティーン(74)は27日、消化性潰瘍の治療に専念するため、年内に予定していた公演を来年まで延期すると発表した---
ブルース・スプリングスティーンはEストリート・バンドを率いて2月にツアーを開始。9月はじめに月内に予定していた米国内での公演を延期すると発表していたものの、12月12日までにカナダとアメリカでさらに14公演を行なう予定だった。
このツアーで来日したら観に行こうと思っていた矢先のニュース。
久々に熱くさせるアルバムなだけに、辛い出来事。
3年前に書いたブログ。
2023年10月1日


 ブルースをみんなは敬愛を込めてボスという。
僕はブルースに対して70年代の痩せたギラギラとした狼のようなイメージが強いので、彼をボスと呼ぶことに違和感がある。
 ブルースの70年代は暗闇を走っていた。
マネージャーとの訴訟問題は『BORN TO RUN』(1975)発表後、一番ノリに乗っている彼にブレーキをかけた。訴訟期間中のレコーディング禁止という厳しい裁定。創作活動に制限がかかりながら、それでも歩みを止めずに熱い演奏で全米をサーキットしたブルースだったが、せっかくのチャンスは殺伐とした時間に摘み取られていく結果となる。
 『BORN TO RUN』が素晴らしい作品だっただけに、そんな彼の事情については、1か月以上も遅れた音楽雑誌でしか日本のリスナーは知ることが出来なかった。
どうしても日本でブルースが見たい!あんなヒットアルバムを出したのになぜ日本に来ない?
渋谷のシスコレコードでは「ブルース・スプリングスティーン日本公演招聘委員会」なる署名運動も起こる騒ぎとなっていた。訴訟問題も足かけ2年の歳月を費やし解決するとブルースは重要なアルバムを発表する。『闇に吠える街』(1978)は、セールスこそ伸び悩んだが、その後のライブに重要な楽曲を収録している。ライブ活動しかできなかった日々の結晶のようなアルバムだ。
『The River』(1980)を挟み、『Born in the USA』(1984)の世界的ヒットにより、翌年に来日が決定。会場となった代々木オリンピックプールは連日熱狂的なファンに迎えられ、ラジオ局が生中継を行うほどの盛況ぶりであった。
その後、『We are the World』(1985)の参加により、ブルースの情熱的なヴォーカルが全世界で視聴されると、全世界レベルでブルース・スプリングスティーンはブームとなっていく。
 僕はにわかに増えたファンのために日本公演のチケットが取れずに、雨の中を彼女と二人で代々木オリンピックプールから漏れる音だけで楽しんだ。その時、日本招聘の署名をしていた頃を思うと、「彼はとても遠いところに行ってしまった」と思ったものだ。
僕の知っているブルースは日本のお茶の間まで名前が轟いた彼ではなく、痩せた狼が土曜の夜に彼女とオープンカーに乗って街に繰り出す男。ロックンロールが大好きな男。ちょっと斜めに身体を傾け、シャイな笑顔を浮かべる男であり、ボディビルダーのような二の腕を振り上げて、「俺はアメリカで生まれた・・・」とベトナム戦争をアジる歌を叫ぶ男ではなかった。
とはいえ、『Born in the USA』を否定しているわけではなく、アメリカ賞賛のように間違って理解された名盤に罪は無い。ただ、僕のイメージするブルースではない、ということだけ。
 その後、ブルースはビッグネームの仲間入り。巨額の富を得、苦労を共にしてきたEストリートバンドも3年後には発展的解散とは名ばかりの別れ方をする。
 チケットも高騰し、その後日本公演は2度行われたが、行くことはなかった。
 ブルースはその後、映画音楽や9.11テロに対する活動など手広く活動を進めているようだったが、僕は彼の一連のニュースで紹介されているものを見聞きするだけになっていた。
そして、いつしかブルースがブロードウェイのステージに立ち、バカ高いチケット料金を取っているという知らせにどこか寂しい気持ちになったものだった。
 2020年9月。大統領選挙での政治的な発言も報道される中、ブルースの新譜のニュースが飛び込んできた。
こんな時期での発表に『Devils & Dust』(2005)のような社会派の内容なのか、と一瞬思ったが、SNSから1分にも満たないトレーラーの映像が流れてきた時、沸々とした感情が芽生えた。そして、1か月もの間その発売日を待つ自分がいた。こんな期待感は何十年ぶりだろうか。吉田拓郎でもクラプトンでもU2でもこんな感情になったことはここ最近では無い。

『Letter To You』(2020)。
 2019年の秋、ブルースのプライベートスタジオにかつてのEストリートバンド(戦友たち)が集まった。鬼籍に入ったクラレンス・クレモンズの代わりは甥のジェイク・クレモンズが吹く。
 そして一発録り。ダビングなし、という潔い演奏。9曲の書下ろしと70年代に創った3曲という構成。
ライブ感溢れる一発録りはともすると、聴く側に飽きが生じる可能性も秘めているが、曲順がその心配を見事に払しょくしている。
あの頃のあのサウンドに回帰したブルースの楽曲は、ボスという称号が似合わないくらい素直だ。
Eストリートバンドと栄光に向かって走っていた頃(悪さもしただろう(笑))の音、僕にとっては座りの良い音だった。
 静かな弾き語りから始まるこのアルバム。
期待感溢れるイントロダクションであるし、全ての作品を聴き終えた後にもう一度この曲を聴くと、一時は手の届かない存在になってしまったと感じたブルースがすぐそこにいるかのような錯覚に陥るはずだ。
そしてアルバムタイトルでもある2曲目。「Letter To You」。
ブルースの出す手紙を受取ろうではないか。

2020年10月30日
花形

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?