見出し画像

『BIG WAVE』 渡辺美里

 1985年6月15日。東京国立競技場では全国の民放各社の協賛による“All Together Now”が開催された。
はっぴいえんどやサディスティック・ミカ・バンド(ヴォーカルはユーミン)の再結成やオフコース、チューリップ、こうせつ、さだまさし、イルカなどのベテラン組。吉田拓郎は司会も勤めた。
若手の中では、山下久美子と白井貴子が同じステージに立ち、佐野元春、サザンオールスターズがトリをつとめた。他にもチェッカーズやアルフィー、ラッツ&スター、アン・ルイスなどが出演。総勢約50組のアーティストが一同に会したイベントだった。
その伝説的なイベントの中に同年5月にシングルデビューしていたシンガーがいた。しかし、このイベントでは、彼女の名前はパンフレットにも載らず、誰も彼女のことを認識していない。
彼女とは、白井貴子のバックコーラスというポジションを与えられた渡辺美里である。

しかし、彼女のコーラスは目立つことなく、5万人の観衆の声に消されていた。

 美里に転機が訪れたのは、やはり小室哲哉作曲の「My Revolution」との出会いだろう。
デビュー時からライブハウスでは話題になっていたものの、今一歩のところだった彼女が、この作品でオリコン1位を記録した。「My Revolution」は、テレビドラマ「セーラー服通り」の主題歌としてタイアップされ、ターゲットが見事にはまった。1986年1月のことだ。
 美里は同時期に全国18ケ所19公演のコンサートツアーを開始する。“19歳の秘かな欲望”と題された。そしてこの年の夏、西武球場での伝説のスタジアムライブが開始された。
このスタジアムライブは2005年まで20年続く大イベントとなった(今年は球場を離れ、"山中湖シアターひびき"のこけら落とし公演としてイベントが行なわれた)。
 
 僕が渡辺美里の歌声を生で聴いたのは、今まで2回。しかし、“All Together Now”は、印象など全く無いし、1993年泉谷しげる提唱により開催された武道館公演“日本を救え”(奥尻島・雲仙普賢岳のチャリティーコンサート)の時も、彼女は大勢の中のひとりだった。
つまり、渡辺美里の単独ライヴを生で観たことが無いのだ。
 しかし、テレビやDVDで見る彼女の歌の上手さはフィルターを通していても十分わかるし、表現力のある声は彼女の魅力と思っている。昭和と平成をまたいだ実力派ヴォーカリストの一人だ。
 
 そんな美里のアルバムの中で僕は『BIG WAVE』(1993)を推す。美里のアルバムの中では埋もれがちになるこの作品は、ロック色が強く、バンドが生み出すグルーヴと美里のヴォーカルのせめぎ合いが実にスリリングな出来になっている。

1曲目の「ブランニューヘブン」からエンジン全開。2曲目の大げさなインストはロックコンサートの始まりを予感させる。その後はラストまでコンサートを体験しているような感覚に陥る。非常に曲順が気持ち良い。
美里の主要な曲を作る作曲家といえば奇才・岡村靖幸。アップビートからスロウまで、僕たちを楽しませてくれる。彼が歌う作品は何を言っているかわからない、という人も美里の歌になった瞬間ファンになることも多いという。靖幸ちゃんごめん。
岡村靖幸の作るメランコリックな8ビートロック「BIG WAVEやってきた」やアフロビートを強調した「ジャングル・チャイルド」などは、美里のヴォーカルがいくつも表情を変える。また、小林武史も曲を提供しており、当時は仰々しいアレンジと思った作品だったが、今聴いても古さを感じさせないところは見事である。

 アルバムを最近聴きなおして、1993年の西武球場公演を観ておけばよかったと13年経って思う今日この頃である。

2006年11月9日
花形

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?