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映画「がんばれ!ベアーズ」(1976)

 なぜか家には映画『がんばれ!ベアーズ』のDVDボックスがある。年間100本近く映画を観る私が、わざわざDVDを購入するなんてよっぽどのことなのだろうと思うのだが、何故購入したのかが思い出せないでいた。
そのボックスにはベアーズの1作目から3作目が揃っているが、私がその3本のうち映画館で鑑賞したのは、1作目と2作目だ。
3作目は、ベアーズが日本遠征にやってきて、いつものようなドタバタの騒動をくりひろげるのだが、ポスターを見ただけでも妙に松竹映画のような味付けになってしまっていて、映画館に観に行かなかった記憶がある。欽ちゃんとかアントニオ猪木とか出ているし・・・。
 シリーズ化していくとだんだんつまらなくなっていく典型で、やはり1作目が一番輝いている。
そんなことを考えながら、3作品を見返して何故購入したのか気がついた。
娘に見せるためと娘とキャッチボールをするためという2つの目的があったのだ。

 私には娘が2人いるが、長女は小さい頃から身体も他の子より大きく、男勝りで運動神経も良かった。「可愛い」と声をかけられても少しも喜びもせず、ブスっとした表情をしていたが、これが「格好いい」といわれるとたいそう喜ぶ男の子みたいな女の子だった。だから、私は彼女と野球がしたいと思い、いろいろな特訓を始めた。
 小学校低学年ということもあり、いきなり硬いボールでキャッチボールは出来ない。まずはボールをキャッチする勘を養うところから始めた。
ぜんまい仕掛けで紐を思い切り引くとプロペラが空高く飛んでいくおもちゃをご存知だろうか。

 お互い20メートルくらい離れ、私がプロペラを高く飛ばし、そのプロペラを地面に落ちる前にキャッチするという遊びを頻繁に行なった。このおもちゃのプロペラ、侮る無かれ、かなりの距離を飛行する。
 最初は中々プロペラに追いつかず、落下地点に振り回されている様子であったが、慣れてくるとしっかりと落下位置に一目散に走っていきキャッチするようになって行った。飛んだ高さの距離感を掴むことが重要だ。
また、プロペラは風に舞い、ふらふらと落下してくるのでしっかり最後まで見ていないと手元で落としてしまう。そんなこともキャッチ能力の向上につながっていった。
 そして、柔らかいボールからキャッチボールを始め、半年もしないうちにグローブを揃え、軟式ボールでキャッチボールを始めた。
最初から普通にキャッチできたので、ボールへの恐怖心は無かったようだ。
投げる事については、DVDで観せた「がんばれ!ベアーズ」のテータム・オニールが投げる剛速球を頭に焼きつかせたことが良かったのではと思っている。
 女の子が男の子をバッタバッタと三振にしていく様は、今見ても爽快である。
 私は小学生の頃、親父とよくキャッチボールをした。その思い出は一生忘れない。
親父の速いボールを必死で取る。ボールを取り損ね、顔や身体にぶつけ泣いたこともある。そのうち、自分も速いボールが投げられるようになると親父から褒められる。その言葉はとても嬉しかった。
娘とキャッチボールをしていた時、あの時の親父の気持ちになった。子供の成長を肌で感じた瞬間だ。     
 娘の投げるボールが速く、グローブで取っても手が痺れる。悲鳴を上げるが、嬉しい悲鳴なのだ。
そんな思い出が『がんばれ!ベアーズ』から蘇った。
 映画作品としてはアメリカンホームドラマの王道のような作り。
 監督を演じたアカデミー男優のウォルター・マッソーの枯れ具合、子供たちの成長、そしてそれぞれ心の機微を歌劇「カルメン」の有名な「闘牛士」で表現する演出はシンプルでわかりやすい。
 テータム・オニールの可愛い演技は当時天才子役と言われ、父親ライアン・オニールと競演した『ペイパー・ムーン』も当り役だった。

 テータム・オニールはその後、マイケル・ジャクソンと恋愛関係にあったり、テニス・プレイヤー、ジョン・マッケンローと結婚し子宝3人に恵まれたりと、いろいろなニュースを提供してくれたが、ここ10年くらいは薬物中毒(ヘロイン)になり、離婚、自殺未遂、父親との確執の暴露本など・・・あまり良いニュースがない。こんなことを書くと大切な思い出が壊されていく感じで嫌なのだが、少なくともベアーズの中のアマンダ(テータム・オニールの役名)は誰よりも輝いていたね。

2018/10/1
花形

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