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暑いと救急車が多くなる

わたしは介護士として15年、老人介護に携わってきた。
高齢者の特性についてはある程度理解しているつもりだ。

介護施設では冬より夏のほうが救急車を呼ぶ機会が多い(わたし調べ)
つまり暑いときに救急車が増える要因の半分くらいは高齢者ではないかと思っている。

北海道という土地柄では、エアコンが整備されていない施設も多い。
職員は茹だりそうな室内でタオルで汗を拭き拭き仕事をしていることも珍しくない。

しかし高齢者はちがう。
職員が汗だくで真っ赤な顔をしている横で、汗もかかず涼しそうな顔をして過ごしている。

「あんたずいぶん暑そうねぇ」

まるで86歳の彼女の周りだけ北極の風が吹いているかのような言い分だ。

もちろんそんなはずはない。
暑いのだ、涼し気な彼女だって。
本人が気づいていないだけで室温は33℃、湿度は73%を超える。

「あら、わたしは暑くないわよ」

うっかり信じてしまいそうだが、だまされてはいけない。
高齢者だって暑いのだ。
肉体が上げる悲鳴に気づかないだけ。

北海道という辺境の地だけではない。
東京の介護施設で働いていたときもそうだった。
エアコンは完備されていたが、やはり夏場は動くと汗ばむ。
日当たりのいい窓際にいると滝のような汗が流れることもあるほどだ。

しかし高齢者は、滝のような汗を流す職員の隣でこう言った。

「おひさまがぽかぽかして気持ちいいわねぇ」

いやいや、ばーちゃん。それは無理だわ。
職員全員が心のなかで突っ込んだ。

高齢者は暑さを感じにくいことがご理解いただけたのではないかと思う。
現場にいると嘘だろう!?と思うくらい暑さに対するリアクションがない。
そして寒さへのリアクションはものすごく速い。

猛暑日の扇風機の風でさえ、皮膚に感じた途端「寒いわ!」と騒いでカーディガンを探し出す。
なかにはセーターを引っ張り出してくる人もいる。
男性ではモモヒキを穿かせろと言い出す人もいる始末。

正気の沙汰とは思えないが、加齢とともに温度変化を感じにくくなるのは自然な現象だ。

だからせめて水分を多く摂ってほしくてお茶を出す。
ポカリも出す。
血糖値が安定している人にはジュースも出す。

なのに飲まない。
なぜだ。

高齢者の大半は活動時間のほとんどを施設のなかで過ごす。
動くときはトイレか風呂か部屋に戻るとき。
強い空腹を感じないし、喉の渇きも感じにくい。
つまり、胃にリソースがない。

水分が少し入るだけで満腹感を感じる特性は、夏場の水分摂取を拒む。
トイレの回数が増えるから嫌だとか、水分はビールだけにしろとか、糖尿病だけどファンタじゃないと飲まないとか……

介護士の大半は夏のあいだじゅう叫んでいる。

「水分摂ってくださいねー!」
「長袖は暑いからせめて七分丈にしましょうねー!」

頑張っているのだ。
マジで、めっちゃ、頑張っている。

水分摂りたくない人のためにお茶やポカリをゼリーにしたり。
長袖しか着ない人の服をひんやり素材に変えてみたり。
はたまたエアコンや扇風機の風が皮膚に当たらないように、風の流れを工夫して室温を下げてみたり。

だって熱中症は高齢者の場合、死に直結する。
ヤバいのだ。
慣れているけど救急車は呼びたくないし乗りたくない。
どんなに憎たらしい高齢者だって元気に生きていてくれるほうが絶対うれしい。

施設ではある程度の管理ができる。
それでも高齢者施設の前で停まる救急車を見かける機会は、外気温の上昇につれて増えていく。

では在宅。
自宅で過ごしている高齢者は?
室内は蒸し暑くて地獄のようだ。
扇風機が動いていればいいほう。
エアコンはだいたい稼働していない。だって寒いから。
窓も開いていない。
布団は冬掛けのまま。
モモヒキやチョッキやカーディガンを着込んでいる高齢者さえいる。
8月とは思えない季節感のなさだが、彼らにとって季節は大した問題ではない。
自分がどう感じるかが全てだ。
暑さを感じにくいから、自分の感覚よりカレンダーを疑っていた人もいるほど。

「こんなに涼しいのに8月なんてねぇ、変よねぇ」

変なのはばーちゃんのほうやで。
とは流石に言えないから、ホコリをかぶったエアコンを起動させる。
冷房28℃と設定して風を上向きにする。
あとはリモコンを隠すだけ。
ついでに冷蔵庫に好きな飲み物を多めに入れておけば完璧。

それだけで救われる命がある。
真夏の救急車の稼働率はヤバい。
そのうちの何割が高齢者なのかを考えるとゾッとする。

介護士の端くれとしては、高齢者の無自覚な熱中症がオバケより怖い。

今月も参加させていただきました。

Discord:綾瀬そら
#Webライターラボ2408コラム企画




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