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地方銀行指導部〜田舎エリートたちの選民意識〜第七話

- 終わらない階段


リストアップされていた行員たちを出身大学や現在の所属部店、係を考慮して班分けを行う。
同じ班に組み込まれる行員同士になるべく接点や共通点がないようにひとりひとりの経歴を確認していく。

互いにまったく面識がないなかで、どのような振る舞いを見せるのか。
すぐに打ち解ける者もいれば、なかなかなじめない者もいる。
研修とは言え、そのようなことからも評価されていく。

もちろん、ただのお調子者もなかには混じっているし、人付き合いが苦手に見えて優秀な者もいる。
そこは"指導部"でしっかり見極めなければならない。

うわべだけの言葉や一時的な歓心を買うための行動は、通用しない。
若くして優秀と呼ばれる行員たちは往々にして、上司や先輩から気に入られているだけのものもいる。
評価に下駄を履かせてもらっているのだ。

ひと昔なら、いざ知らず、今の銀行でそのようなものが評価されることはない。

ただ、ふと考える。
自分の置かれた立場と、この職場の人間たちについてだ。

エリート意識に凝り固まった"指導部"メンバーは、確かに優秀な行員なのだろう。
しかし、優秀な行員とはなんだろうか。

企画運営、社内交渉術に長けており、金融だけでなく豊富な知識を持っている。研修や勉強会では大勢の行員の前で、堂々と淀みなく、美辞麗句を吐く。

間違いなく優秀な人材なのだろう。

ただ。人間性はどうだろうか。

人事評価には職階に求められる能力が定められている。
しかし、どのような人間であるべきかなどの定めはない。行動規範なるものがあるだけだ。

私はなぜ、このようなみじめな立場に追い込まれ、ひとり執務室に取り残されているのだろうか。

時刻は午前二時。
すでに土曜日になっている。
特別だぞ
グループ長は恩着せがましく言って帰って行った。

「今日は朝から研修だったな・・」

本日九時からキャリア研修が予定されている。
三〇歳手前で支店長代理もしくは副調査役に昇進している行員向けに、次のステップである役席者に求められる管理能力や企画力、交渉力について講義を行うものだ。

"指導部"メンバーは全員で運営にあたる。
受付には開始二時間前には待機することになっている。

あと五時間か

あまり知られていないが、このビルには仮眠室とシャワールームがひとつ設置されている。

シャワールームといっても簡易シャワー室だ。
あまり見かけなくなったが、電話ボックスのような構造物にシャワーヘッドと蛇口ハンドルがついているだけのものだ。

まったく眠たくはないが、頭痛がひどい。
しかし、空調も止まったビル内は暑苦しく、私はじっとりと汗をかいていた。

シャワーくらいは浴びておかなければ。

結局、グループ長は私の企画に対して、多少の注文をつけたものの、ほぼそのまま承認した。
「うん。じゃあ、これでいこうか。月曜日に全員に役割分担と当日のスケジュールを配れるように準備しておけよ。そうそう、研修のグループ分けについてもだ。全員で検討するから」

この一週間は何だったのだろうか。
グループ長から承認の言葉が発せられたとき、心の底から安堵し、全身の力が抜け、どっと疲労感が押し寄せてきた。
不思議と怒りの感情は沸いてくることはなかった。

ここで頑張るしかないのだから。
異動願いなど出せるはずもない。落伍者の烙印を押されてしまう。
ましてや、転勤していったい何日目だというのだ。
甘ったれるな。

そう自分に言い聞かせる。

あと二年か、三年我慢すれば…

あと二年か三年、この状況に耐えなければいけないのか。
心がへし折られそうだった。
誰もいないビルで私は涙を止めることができなかった。

今振り返ると、私はすでに危険な心理状態だったように思う。
この"指導部"という、ひとつのエリートコースからはみ出したくなかったばかりに、いばらの道を、体と心を傷つけながら進もうとしていた。

道は、その道以外になく、少しでも外れてしまうと奈落の底だと、すべてが無駄になってしまうと思い込んでいたのだ。

シャワールームへ重い足取りで向かう。

今後、幾度となく往復する道程である。
シャワールームはビル九階と十階の間にある。
その階段は短い。

処刑台の階段って、こんな感じかな

はじめて、シャワールームを訪れた時に、ふと頭の中でつぶやいた。

あの日のことは、今でも夢にみる。
ただ、現実と違って、のぼってものぼっても、たどり着つくことはない。
焦りと不安が募るばかりの夢を見て、うなされ、目を覚ますともう眠ることはできない。

なぜ自分が…このような目にあわなければならなかったのか。

第一部 完

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