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地方銀行指導部〜田舎エリートたちの選民意識〜第六話


ー 異例の事態

「話はわかった。まぁ、あの感じだと先に進まないだろう。」
成功させたい一心で頭を下げた甲斐があったのかもしれない。

「資料の準備はできているのか?」
はい。と答える。

「わかった。ともかく、朝礼で全員に時間をくれるように頼んでみることだ。」
伝票をサッと取り、グループ長はレジへ向かった。
慌てて、後ろを追う。

朝七時前。
グループ長が降車する駅で待ち構え、なんとか時間をもらった。
私を見つけたとき、驚いたような、迷惑そうな、それでいて哀れむ目をしていた。
すべてを察したのだろう、駅内のカフェで話を聞いてくれることになったのだ。

朝礼の場で、全員に、か。
グループ長の後ろについていきながら考える。
つまり、月曜会と木曜会ではなく臨時会議を開かせてほしいと頼めということだ。
全員のスケジュールが空いている時間を利用するしかないだろう。

グループ長のわかった、という言葉は、私が臨時会議を申し出たときに後押ししてくれるということなのだろうか。

考えがまとまらないまま、執務室に入る。
「えらく遅い出勤じゃないか。余裕だな。」
ラガーマンが聞こえよがしに嫌味を言うが、反応する余裕はない。

急いで、PCを開き、全員の今日の予定を確認する。

一六時から一時間。
この時間を果たして私のために割いてくれるだろうか。いや、私のためだけではない。研修に参加する行員のためでもあるのだ。時間を割いてもらわなければ困る。

半ば祈るように自分に言い聞かせ、木曜会で全く相手にしてもらえなった資料の修正を行う。必ず、今日決めるのだ。

八時三〇分。朝礼が始まる。
例の彼が、朝礼の司会だ。
本日のメンバー全員のスケジュールとスタッフの作業内容を告げる。
そして最後に「他に連絡事項はありませんか?」の言葉がつづく。

心臓の音がうるさいくらいに聞こえてくる。
「・・少しよろしいでしょうか。」
声がうわずる。全員がこちらを見る。

緊張は最高潮だ。
「大変申し訳ありませんが、二年目研修の会議を本日、一六時からやらせていただけないでしょうか。このままでは準備が間に合いません。なにとぞよろしくお願いいたします。」

震える声で言い終わると、頭を下げた。
沈黙。

そっと顔を上げると、そっぽを向いたグループ長と、メンバーの冷ややかな表情が目に入った。
ダメか。

「えっと、全員ノーということで良いですか?」
何事もなかったように司会進行は続く。

「では朝礼を終わります。本日もよろしくお願いします。」

不動の姿勢のまましばらく立ちすくむ。
私の存在などなかったかのように日常は進んでいく。
頭がぼうっとして、視界がゆがむ。喉が熱い。

しばらくして、弾かれたように執務室を出て、食堂の小さな休憩スペースへ逃げ込む。

私は今、どんな顔をしているのだろうか。
眼は充血しているだろう。

悔しさや怒り、悲しみの感情が次々に薄き上がっては、無力感に押し流されていく。
これからどうすればいいのか皆目見当もつかなった。

三〇分くらいたっただろうか。
先輩が私を探しに来てくれた。
「グループ長が呼んでいるぞ。会議室にこいってさ。」
心配してくれたわけではなさそうだ。
自嘲気味な笑いがでてしまった。
先輩もそれに気づいて、ばつが悪そうに私に声をかける。

「おい。大丈夫か。まさかあんな大胆な行動にでるとは思わなかったから・・」

ありがとうございます、となんとか言葉を絞り出して、会議室へ急ぐ。

執務室の空気は張りつめていた。
あのあと、なにかあったのだろうか。

うしろで先輩がささやくように教えてくれた。
朝礼が終わってしばらくしてから、グループ長が例の彼とラガーマン、そして次長を会議室に呼び、なにごとか話し合ったらしい。

会議室ではグループ長がくたびれた顔をして待っていた。
「まったく。こんなことは初めてだよ。」

「申し訳ありません。」
勧められるままに、隣の席に座る。

「とりあえず、お前の会議の件はオレが預かるよ。というか、オレが直接決裁するから、資料を持ってこい。今日中に全部決めるぞ。」

口惜しさと恥ずかしさと、そして安堵感。
この職場にきて、最初の一週間が終わろうとしている。

第七話に続く

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