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1999年から2003年までの阪神タイガース その⑫

小井の替え歌は好評だった。

外野席で歌うと大ウケ。
他のお客さんから歌詞を教えてくれと言われることもあった。

「か〜ねの〜においにつられてぶ〜たがやってきた〜」

あの時の嬉しそうな小井の笑顔を忘れる事は出来ない。


小井にはタイガースしかなかった。

私自身の西方面から甲子園に通っていた為、
二次会でクタクタになった後、
小井と一緒に帰ることが多かった。

当時のタイガースファンに共通して言える事だが、
「球場から離れると会話が全く続かない」
ということ。

ついさっきまで二次会で大騒ぎ。
阪神電車の駅員を胴上げし、
全力で楽しんでいた同士だ。

しかし帰路になり、
スイッチがオフになると別人のようになる。

そしてもう一つ。
「タイガースしかない」
という事だ。

シーズンオフに入ると本当に大人しい。
連絡を取る事も集まる事も殆ど無い。

大半が社会不適合者の為きっと生活するのに必死なんだろう。
(そんな所に何故高校生の僕がいるのか、という話だが)
ただただ開幕が待ち遠しかった。


小井には友達がいなかった。
シーズンオフはきっと寂しかっただろう。
小井はシーズンオフになると
アイパー軍団に毎日一斉送信でメールを送った。

送信元:小井
宛先:アイパー その他
件名:今日は何の日?

まだスマホがない時代だ。
小井はその日付のタイガースに纏わる歴史や新しい替え歌を送ってくる。
そして+αで以下のような事も付け加えられている。

選手名鑑を20年以上買い続けていること
ベースボールカード自慢
甲子園球場が出来た日について
後楽園球場の解体
長嶋監督がセコムに泥棒に入られたこと
ゴシップネタ
大阪タイガースについて
六甲おろしの秘話
FA制度反対に関して
ドラフト選手の経歴や打率、戦績
今日は何の日で、過去にどういった事があり、タイガースにとってどんな意味のある日か。

小井はタイガースの事に関してはWikipediaより詳しい。

正直、毎日毎日こういった内容のメールが1000文字前後で送られてくるとどうでも良くなってくる。
戦前の大阪タイガースの話をされても困る。

阪神愛が収まらない時は二通、三通に分けて送ってくる。
送信先が仕事中だろうが何だろうが何通も何通も相手の空気を読む事もなくひっきりなしに送ってくる。
泣けるようなポエムも添えられており、時折寒気がした。

こいつには阪神しか無いのだ。

この時代にここまでの知識。
ここまでの阪神愛。
相当な資料を買い込んでいたんだと思う。

みんなタイガースを愛していたが、
ここまでくると気持ちが悪かった。

統括すると、
溢れる阪神愛が心の中だけでは収まらないのだ。


とある2001年の消化試合。
この日も阪神は10点以上の差をつけられ大敗した。
何も特別ではない、いつも通りの試合だ。
最下位も確定している。

いつものガラガラのライトスタンド。
さぁ〜帰ろか。飯でも食いに行こう。
アイパーと共にみんなが帰ろうとする時、事件は起こった。

「は、阪神が!!!!!!!!!!!!!!!!!!
かわいそうやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」

小井がいきなり大号泣し始めた。
周りはドン引き。
ライトスタンドに来ている全員がこっちを見た。

軍団がなだめるも泣き止まない。
警備員が駆けつけ、
救護室に運ぼうとするも大暴れ。

「タイガースが可哀想や!!可哀想や!!!!!!可哀想や!!!!!!!」

この事件は大騒動となり、
僕らも警備員の方に事情を聞かれる事になった。
ブツブツ不満を言いながら球場を後にしたのを覚えている。




この事件から軍団は小井と距離を置くようになってしまった。



小井は2002年には一人で観戦する事が多くなり、フィーバーの2003年には全く姿を見せなくなってしまった。

何でだろう。
あれだけタイガースを愛していたのに。

2003年。
胴上げ後のインタビューで
小太りの中年が
「何度も何度もファンをやめようと思った。でもタイガースファンで良かった」
と涙をボロボロ流すシーンがあった。

この年、そういったファンは実際に多かったと思う。

しかし、暗黒時代に怒りをぶちまける事なく
ただただタイガースを愛し、
消化試合で阪神が可哀想やと涙する男はいただろうか。


プロ野球での涙を見ると、
いつも小井を思い出す。
小井さん、あなたも立派なタイガースファンでしたよ。

溢れんばかりの阪神愛。
暗黒時代オタク代表。
いつかまた、どこかで。


あなたがくれたカツノリのベースボールカード。
まだ大事にとってますよ。


続く

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