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地域のボランティアに参加して気づいたこと

夏祭りのボランティア

ボランティアと言ってもいろいろありますが、ここで書くのは地域の子供のイベントをサポートする、のんびりした感じのお話です。

地域の小学校の夏祭りで、ウクレレのミニコンサートを数年ぶりに再開することになりました。
小学生の希望者数人がウクレレを弾きながら歌って、その後ろでボランティアの大人たちも一緒にウクレレを演奏するというものです。
コロナ前までは毎年実施していて、私もボランティアとして参加していました。
地域の方から、今年は再開するので一緒にやりませんかと声をかけていただき、もちろん参加することに。
残念ながら私の子供は塾の時間と重なってしまったので、参加できません(泣)。

子供にウクレレの弾き方を教える

数年ぶりの開催ですが、10人ぐらいの小学生が参加してくれるみたいです。
昨日は初めての練習日だったのですが、ボランティアとしての関わり方について感じたこと(反省点?)があったので、ここに書きたいと思います。
というのも、ボランティアをするのがあまりにも久しぶりで、自分自身ちょっとうまく動けなかったと思うからです。
(別に誰かに迷惑をかけたという話ではなく「せっかく来たのだからもっと貢献できたかも」って自分の中で思っただけの話です。)

ボランティア参加の大人たちの役割は明確に決まっているわけではありませんが、練習開始前にウクレレのチューニングを手伝ったり、練習中にうまく引けない子供のサポートをしたりするというのが何となくの役目です。

いらないこと考えすぎて、うまく声掛けできなかった

練習が始まって私はさてどうしようかなと思いました。
今回参加した子供たちは、半分以上が保護者である親と一緒に来ていて、練習中も親が横で演奏を見ていました。
親が同伴せずに来ている子供もいましたが、その子には他の子の親が横に座って練習を見ているようでした(もしかしたら子供同士が友達なのかなと思いました)。
親同士も仲良さそう。その親たちと私は知り合いではない。
若干のアウェー感を覚えたのは事実。

そんな感じなので練習が始まっても、しばらく私は手持ち無沙汰でした。
親が練習を見ているのを自分もウクレレを弾きながら横目で見ているばかり。
私以外の他のボランティアも特に何をするでもなく、一緒に弾きながら練習風景を眺めている状況でした。

親がしっかり教えられる場合は良いのですが、うまく教えられてるのか、それとも教えられなくて戸惑っているのかが分かりませんでした。

「わからないとこありますか」と聞きに回ろうかとも思いましたが、主催者ではなくボランティアという立場でどこまで関わっていいのか、迷いました。

「今の小学生は知らない大人に声をかけられたら無視しなさいと教えられているはず、そこに私が話しかけたら戸惑わせてしまうかも」「親が教えているのに横から割って入るのもちょっと失礼じゃないか」などと、後から考えるとこの場で考慮する必要のないことまで考えてしまいました。
(声掛けをしない言い訳のようでもありますね・・・)

気が付けば指示待ち人間

主催者が一声、「ちょっとこの子に教えてあげて」とか言ってくれないかな、そうすれば動きやすいのにな、とも思ってしまいました。
それって完全に指示待ち人間。

ボランティアとは。
「自発的」な社会や他人への貢献活動をいう。

そう考えると、今日はちょっと受け身過ぎました。。

ボランティアで来てるのに、指示がないと動かんというのは意味不明かもしれない。
親もひょっとしたら「ボランティアさんいるのになんで教えに来てくれないの」と思っていたかも。

主催者や親から何も言われなくても、子供に声掛けして教えてあげたら良かったのになと思います 。

決してやる気がなかったわけではないのですが、色々と気を回しすぎて結果として、指示待ちで自分から動けなかったことはちょっとした反省です。
次回の練習では積極的に声掛けしよう。

指示待ちなのは何も考えてないから?

そんなことを考えてたら、そういえばうちの職場にも指示待ち人間っているよなー、彼らの頭の中はどうなっていたんだろうと思いました。

ひょっとしたら職場での指示待ち人間の中にも、本気で何も考えていない人と、本当は何か動きたいけど、今日の私のように色々なことに気を回しすぎたり遠慮しすぎたりして、結果として指示待ちになっている人の二通りがいるのかもしれないと思いました。
後者は、誰かが何か声かけをしてくれたりきっかけがあれば、自分で動けるのかもしれない。

最近仕事で、このままでは問題が起こりそうなのに、誰も対応しようとしていない状況を見つけました。
そこで、その業務の担当職員にこういう状態になりそうなんだけど、どうかな?と声かけしました。
そうしたら、確かにそうですよね!実はそれ気になってたんですと言って、他の職員たちと相談しながらその問題について対処してくれました。

気になっていたのなら声掛けせずとも動いてほしいところですが、昨日の自分と照らし合わせると批判できないなぁと思いました。
その人はこの件に関して指示待ち状態だったのですが、別に何も考えてないわけではないんですよね。
動き出すきっかけがあれば、後は自分で考えて円滑に回り始めるということはあるのだと思いました。
(自分でそれに気づければ一番良いのですが) 

ちょっとした声掛けは大事ですね

このウクレレの会の主催者たちが、もっと指示してくれれば良かったのにと言いたいわけではありません(主催者さんとはけっこう仲良くさせていただいていますし、地域の他の活動でもお世話になっています)。

声掛けって別に主催者側だけがすることではなく、自分から子供や親に話しかければもっとうまくサポートできたかもしれないですしね。

ボランティアだから指示を待っていればいいということは全くなくて、むしろ自発的に参加するボランティアだからこそ、自分で考えて積極的に声かけしても良かったとも思います。
勝手に動くと逆に引っ掻き回して迷惑になることもあるので、その辺の塩梅は難しいのですが。

なんか、ぼんやりとした感想みたいな記事ですが、仕事でも地域の活動でもお互いの声掛けって大事だなと思った次第です。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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