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【超短編小説】 饅頭を齧る女


これは旅先で会った女の話だ。

その女は右手に饅頭を持ち、こちらを見ながら饅頭を一口齧った。

まるまるとした白い饅頭であったが、小さい口を器用に動かし、運んでいく。

それは頬張るというよりは齧るが適当であった。

まるで私に見せつけるかのように饅頭を美味そうに食べた。

女は饅頭を食べ終えると「ふー」と息を吐いた。

もう腹が一杯になったに違いない。

そう思った矢先、女は鞄から赤い饅頭を取り出した。

まだ食べるのか。余程、お腹が空いていたのだろう。

女は人目を憚ることなく、今度は赤い饅頭を食べ始めた。

そんなに喰うということはよほど饅頭が美味いに違いないと考え、女に尋ねた。

「お前さんや、その饅頭はどこに売っておる?」

女は饅頭を食べるの止めると、こう答えた。

「これはワシがこしらえた饅頭じゃ。どこにも売っとらん。お主も食べみるか?」

「嗚呼、喰ってみたい。どんなものか気になって仕方ねぇ」

女は饅頭をちぎると、私に向かって放り投げた。

「ほれ、食べてみんさい」

私は饅頭を口に入れると、すぐに地面に吐き出した。

不味い。

湿った砂利のような味がする。

「こんなもの、よく喰えるな」と顔を上げると、

辺りには女の姿は無かった。

ただ唯一、女が先程まで座っていた石には

「土神」の文字が刻まれていた。(おしまい)