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【子育て】それは、誰が決めているんですか?園の方針か、単なる踏襲か、無意識の集団心理か。

息子が通う保育園は、大変良いところだ。
先生たちも熱心だし、個に応じた対応をしてくれている。
自宅からも近いという理由だけで決めたなんてことは、もはや口が裂けても言わない。
本当に良いところに市は決定してくれた、ありがとう子育て支援課。

実際は、入園申請をする際に、先輩ママたちから助言があった。
先輩ママとは、数年前を走る子育て世代ではなく、仕事関係の先輩たち。
つまり、子育てを終えて、子が巣立っていったり手が掛からなくなった世代の先輩たち。

「あそこだと、保育以上のことは望めないよ、大丈夫?」
「教育的なことを組み入れているなら、○○保育園の方が良いよ!」

そんな話。
教員の子なら、保育内容が充実しているところの方が良いよって意味だと捉えた。
個人的には教員だろうが他の職だろうが、結局は家庭の状況や親の考え方で選択するものだ。
職業は関係ないと思う。

とは言え、息子が通う親子共に大好きな我が保育園だが、1つだけ、気になっていることがある。

それは、
卒園式に園児たちが袴を着る
ということ。

うちの保育園は鼓笛が有名で、他の園に通う(通っていた)方と話すときなどは必ずこれが話題にのぼる。
それに次いで挙がる話題が、この「袴着用での卒業式」である。

私は入園させるまで、このことを知らなかった。
ふーん、なんで袴なの?と尋ねても、みんな、「さぁ?」って感じ。
別に理由なんていいんじゃない、袴は思い出になるよっていう反応。

この感覚に極めて違和感を抱く。
息子は年中なので、来年度になってしばらくしたら卒園式の話も出るのであろうが、その時に確認をしてみたい。
これは慣例なのか、園の方針なのか、それともみんながそうしているからという集団心理なのか。

私の率直な意見は、
「息子が望めば」という条件付きで選択したい、ということ。

園の方針であればしょうがないけれど、家庭で決められるのであれば、決めるのは息子にしてあげたい。
さらに言うと、園の方針であれば、なぜ?という私の素朴な疑問の回答が欲しい。
いや、保育園に詰め寄るとかそうことではないのだけど。

ただ、卒園させた先輩ママたちに聞いても袴の理由は知らないようだし、個人的には「なんとなく続いている園の文化」であるとみている。
お祝いの場だし、袴を着させてあげたい!と言う親の思いなのかエゴなのか…、それが単純に広まって、袴を着させる側がマジョリティになり、いつの間にか風習になった。
そういう流れがしてならない。

その仮説があながち間違ってないだろうと思う理由がある。
親たちの共通項である。

1.親たちの年齢が比較的若いこと。20代前半〜半ばの層が厚い。
2.髪色が明るい。または金髪。ハイトーン系が多い。
3.地元の祭りや行事に積極的。成人式なども割と派手。

偏見もあるかもしれないが、「袴」への憧れが起きやすい条件としては十分な気がしている。

そもそも袴は、歴史的に、女性が学ぶ姿の象徴として根付いた文化らしい。
かつては機能面や見た目の優美さなどから制服として最適であったという面もあるのだとか。
上流階級の娘さんたちしか昔は学ぶことができなかったから、外見ですぐに判別できるように、ある種の差別化を袴で図っていたのかなとも思う。
ステイタス、みたいな感じ?

ジェンダーの視点で見れば、卒園式に男女関係なく園児たちが「袴」を着るというのは「女児」に限定されていないという点は評価したい。
でも、それって論点が全然違うと思うのだ。

私自身、過去数回、袴を着用した経験がある。
初めて着たのは、大学の卒業式。
次に着たのは、初めて卒業学年の担任を受け持った際に、式に礼装として。
その後も、第3学年を担任した際の卒業式は「仕事として」何度か着ている。

大学の卒業式は、学士を取ったことという節目、学ばせていただいた感謝の意、将来に向けた決意表明など、袴を着た自分の姿を見ながらもっともらしい感情は当時持っていたはず。

教師としての袴は、卒業していく生徒たちに向けた餞の意、保護者への労いの意なども相まって、礼容としての容儀としては最適だと感じている。
そして派手さはなくても、華やかさや品格もある。

そういう視点で見ると、「袴を着る意義」として保育園の卒業式はどうなのだろう?という疑問が湧いてくる。
家庭で考えて服装を決めてください、という方針であれば、着たい人が着る分には問題ない。選択権は投げられている。
ただ、みんな着るもんだからっていう風潮に流されて、マイノリティにならないために袴を着ざるを得ないという雰囲気には、どうしても対抗したくなってしまう。
七五三とは違うのではないか、と。

ランドセル問題にも通ずるものがある気がする。

2年後、息子はランドセルを背負って小学校に通うことになる。
ランドセル。
実母が買ってあげたくてうずうずしているのだが、今のうちから「不要」と伝えている。
彼女の買ってあげたいランドセルは、俗にいう「あのランドセル」なのだ。
男児は黒って決まっているだの、合皮じゃない本革のやつだの、老舗の鞄屋じゃないとダメだの、そんな雰囲気がぷんぷん漂う。

私の意見は、小柄な息子の体にフィットし、軽量で疲れにくく、扱いやすいもの。
色や形は、いくつか提案した中から彼が決めるという形式にし、そんなに高価じゃないタイプを選択すれば、発達に応じて途中で買い替えても良いのではないか、という考え。

実母は、ランドセルは6年間使うものなのよ!と鼻息荒く私に言ってきたが、それは一体誰が決めたの?って話。
体に負担がないようにしてあげるのが一番良いでしょう。
ただの「入れ物」なのだから。

「ランドセルは小学生の象徴なのよ!」
と、彼女に反論されそうな気がする。
そしてそれに対しても、「それは誰が決めたの?」と言い返せば、「屁理屈ばかり言って!」とキレられる顛末が目に見える。
だから、昭和の人のそういう意見には、貝になるのだ私は。

話が脱線してしまうので、袴の話に戻す。
ランドセル然り、決めるのは、着る本人・使う本人であって欲しい。
卒園式は、特別な思いを持って臨む式。
「袴を着ること」が、その人なりの思いの表れと言われればそれまでだが、安易に格好いいからとか、みんなが着ているから、という理由で選ぶ容儀ではないという私の考えをここに残しておく。

私自身、高尚な子育ての方針を持っているかというとそんなことはないし、息子が健康で楽しく毎日を過ごしてくれることが最優先事項。
ただ、考えずに周りに流されたり、判断すべき地点を見逃したりしてしまうようにはなって欲しくない。
ちゃんと考えて、自分で選択して、間違ったらそれを受けとめて次に進める人に将来はなってほしいのだ。

卒園式の袴問題について、こんな風に考えている人が、あの園でどのくらいいるのだろうか。
気になったことはしっかり立ち止まって、コトの本質をきちんと見たいなって思う今日この頃。

とか言って、いざとなったら息子は「ハカマハクーー」って飛びつきそうな気がしてならない。
小さな思考力を働かせて、自分が考えて選択した道を進んで欲しいものだ。

一足早く、私は次の春に、卒業生を見送るために袴を着る。
今年は何色にしようかな。
なんて考えてしまう自分自身も、思慮が足りないだろうか。

では、また!

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