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Psycho Coin【世にも奇妙な物語風】

人類は誕生してからずっと一人で生きてきた訳ではありません。人間は生まれてから必ずは誰かの力を借りながら進化を遂げて現代まで生きています。

そう。この物語を読んでるあなたも、人生から発生するさまざまな問題において自分だけでなく、親や友達の力を借りながら「判断」という複数の選択肢を選び、あなた独自の進化を遂げて今も生きています。

なぜいきなりこんな話をしたか?
なぜなら今回の物語には「友達」と「夢」が鍵になってきます。

全ての人間が一人は存在している友達や親友。

あなたは本当にその友達や親友の全てを「理解」していますか?

あなたは本当にその友達や親友を「信頼」していますか?

あなたは友達や親友の言葉の意味を「説明」できますか?

その人の全てを理解してこそ、ただの友達から親友へ位が上がるという自然の摂理が無意識にも人間の中に存在しているこの世界で、あなたはその親友から見て自分の身分はどこに位置していると思いますか?

友達? 親友? 恋人? 知り合い? それとも他人?

「友達」と「夢」が鍵となったこの物語の中で起こった奇妙な謎の事件と主人公が出会った謎の書物。そしてそれに巻き込まれる複数人の親友達。そしてそれに重なるように主人公が見てしまった謎に事件性のある夢。
それぞれの親友の行動と主人公が見た夢が交差する時、この物語はどのような結末を迎えるのか。それでは存分にお楽しみください。


「Psycho Coin」

「裏表ど~っちだ!」
そう言って酒井は空中に投げたコインを手の甲で受け止めた後に後ろに座っている飯塚に聞いてきた。
「なんだよ急に。小学生じゃないんだから。」

何も変わらないごく普通の平日。
そんな日の放課後に酒井と飯塚は自分たちしかいないこの教室で期限が近い複数の課題に取り組んでいた。
他の生徒は規則に縛られた高校という監獄から脱獄し、それぞれが自由な時間を過ごしている中、この教室に存在する2人の学生は自らの怠慢に釘を刺しながらペンを走らせていた。

携帯を触りながら飯塚は呆れた素振りを酒井に見せ、仕方なく飯塚は何も考えずに左手を指す。
「ざんね~ん 正解は右でした~」
高らかに笑う酒井を横目に見ながら、飯塚は机に置いていたペットボトルに口を付けた。

それから数時間が経ち、飯塚と酒井は現代社会の課題をするために図書室に訪れた。
「何が現代社会だよ。地理も公民も歴史も全部同じだろ。」と酒井の頭の悪さが見え隠れするか分からないぐらいの言葉に飯塚が「同じじゃねぇだろ。」というツッコミを入れながら図書室を歩き回っていると、飯塚は現代社会とはまるで関係ない心理学関係のとある本を見つけた。

その本の名前には「コインから学ぶ人間の精神」と書かれていた。「何だこの本。」飯塚は急に立ち止まり、おもむろに本を手に取って立ち読みしてしまった。課題の提出も近いため、全部読むのは困難だと思った飯塚は適当に開いたところを読むと決め、謎の本を開いた。

「人とは不思議な生物。そんなことは皆、成長してから知るもの。それぞれによって気づく速度は変わるが、全ての人類には表と裏があるということを知っているのはもはやこの世界当たり前だ。
誰かが言った。「人間はまるでコインのようだ」と。コインは投げられ方に応じて表と裏が変化する。「投げられ方」は「物事」と同じ。人間も気分が変わったり感情が変化したりすればすぐに表と裏が変化する。」

開かれたページには一度人間の感情について考えさせられるような文章が書かれていた。

飯塚はこの本を読んで思わず納得してしまった。そして思わず「そんな考え方があるのか…」と呟いてしまった。
もう少し読んでみたいと思ったが知らない間に図書室が閉館時間になってしまい、警備員に立ち去るように注意されてしまった。「もう少しだけでも読んでみたかったなぁ…」途中まで読んだせいか、自宅に帰るまでずっとあの本のことを思っていた。

自宅に帰ると、必要以上に母親に心配された。
「光輝、なんで今日帰るのが遅くなったの?お母さん心配したんだからね。帰りがあまりにも遅かったから夜ご飯いらないのかと思っちゃったのよ。帰りが遅くなるって分かったらその瞬間に連絡をする癖を付けなさい。」

「分かった。分かったから。」母親の心配を適当にあしらいながら、自宅の風呂場に直行した。
「帰りが遅くなるといつもこうなるからなぁ…」そう言いながら風呂に入ると、また図書室で読んだあの本が頭をよぎった。飯塚は浴槽に浸かりながらあの本について携帯で調べたが、どれだけ調べてもそのような本の情報は見つからなかった。
「あれ?おかしいな… 確かに読んだはずだし、実際に現物として残っていたはずなのに…」

飯塚は調べれば必ず出てくると思っていた。だが調べていくうちに余計に謎が深まり、見つかるまでひたすら検索し続けていた。
「おいおい天下のgeegle様でも出ないのかよ! これでもひっかからないとなるとあの本はどうやって見つけるんだよ…」
ふやけきった手足を見て飯塚は「そうだ…!仲のいいネッ友に頼んで調べてもらうか!」そう言って飯塚は風呂から上がった。

髪を乾かして食卓の席に着くとリビングから兄の声が聞こえた。
「次は7日間で食費0円生活か… こいつも馬鹿だなぁ… やっぱ出来ないことは口にするもんじゃねぇなー。」
炭酸飲料を片手に兄はテレビに向かって1人で呟いていた。
「兄貴、何見てんの?」
飯塚が兄に質問すると、「ん? ああこれは、グレードダウンオークションだよ。口がでかいだけの馬鹿な人たちが実際に生活して裁かれるっていうエンターテインメントショーなんだけど、お前も見てみれば?結構面白いぞ。」

人の不幸を見てにやけている兄の顔を見て飯塚は「なんだそれしょうもな。」と言って食べ終わった食器を片付け、2階にある自分の部屋に戻った。

自分の部屋に戻ると飯塚はオンラインゲームで知り合った長友にすぐさま連絡した。
「珍しく自分からかけてきてどうしたん?今から何かゲームでもするか?」と長友がいつもと同じ変なテンションで応答すると、飯塚は「ちょっと今探してほしいものがあるから一緒に探してほしくて連絡したんだけど大丈夫?」とゲームの誘いを無視して長友に尋ねた。

「しゃあねぇなー。今すぐ内容教えろ。今から配信開いてリスナーに募集かけるから。」と頼りがいのある言葉を言い、長友は電話越しでも分かるぐらいの物音を立て、これから始まるライブ配信の準備を開始した。
「おっけ。やっぱ頼れるのはお前だけだな。」そう言って飯塚も全ての情報を提供しながら、同じく作業に取り掛かった。

飯塚のネッ友の長友は「ジョイキャス」で「アンカーリッジ」という名前で配信活動をしているVTuberだった。長友が扱っているジャンルは都市伝説や怪奇現象などのオカルト系で、自身の配信設定として探偵事務所を営んでいるという妙に凝っていた配信者だった。そのおかげで彼の配信は視聴者数もそこそこ多く平均視聴数は200人を超えていた。

飯塚は自分1人で探すよりも長友の配信を使って色んな人に呼びかけ、協力してもらうことで、簡単に謎の本の居場所が分かるだろうと風呂に入ってる時に思い付いたのだった。

「よしもう配信準備出来たから始めちゃうね」そう言って長友は「アンカーリッジ」としての配信活動を始めた。そして数秒後に飯塚の携帯にピコンと通知が鳴った。自分達は当たり前のように通話を切り、飯塚もライブ配信へ向かった。

彼の配信はいつもより賑わっていた。なぜなら長友が扱うライブ配信のタイトルには「都市伝説 ~消えた書物の謎~」という大袈裟なタイトルにしていたからだった。

彼の配信には常連からオカルト好きな初見さんまで幅広く視聴しに来てくれていた。やがて閲覧数も増え、同時視聴者数は250人を超えた。その瞬間を見て飯塚は思った。「これなら探せる。」と。

飯塚自身はその本についてあまり興味はなかった。だが、気になれば解決するまで探求してしまう癖があるため、どうしても諦めきれなかった。飯塚はアンカーリッジの配信を見ている間ずっと、「何かしらの情報が入るだろう」と思っていた。

「ようこそお前らいらっしゃい! アンカーリッジ探偵事務所へ!」
長友の気合が入り、お決まりのアンカーリッジとしての配信挨拶と共に内容を話し始めた。

「さーて!今日の依頼人は私の友人からの少し特殊な依頼だ! その依頼内容は【消えた本の行方を知りたい】だそうだ! そんな消えた本の名前は「コインから学ぶ人間の精神」というもの! なるほどねー。」

久々のオカルト配信にテンションが上がっているアンカーリッジは、依頼内容に関する説明文をそのまま続けてやや興奮気味で読み上げた。

「私が通っている高校の図書室でたまたま読んだ心理学関係の本なのですが、その本に書かれている内容にものすごく感銘を受けました。なので私は自宅に帰って購入しようと決め、スマホでブラウザを開いたのですが、検索してもその本に関する情報が一切見つからず、色んなインターネットを覗いても見つかりませんでした。なので、アンカーリッジさんやリスナーの皆さんの力を借りてその本がどこにあるか探してほしいです。 というのが今回の主な依頼内容ってことで、お前ら! 手分けしてこの本見つけてやろうぜ! いざ!消えた書物の大捜索だ!」

アンカーリッジの掛け声と共に一斉にコメントが流れていった。

「これがオカルトオタクの力なのか…」と飯塚は配信を見ながらそう呟き、飯塚はまるで運動会で子供を見守る母親かのような真剣な表情で見守った。

「本当だ。検索掛けても見つからない…」「こちらショッピングサイトに検索を掛けましたが、反応なしです!」「なんか俺も探してるうちに読んでみたくなったわw」「マジで探してもねーじゃん!」とアンカーリッジ含め、この配信を見ている全てのリスナーが疑いながら様々なインターネットブラウザに検索を掛けるが、本当にその本に関する情報は見つからなかった。

そのコメントを見た飯塚も固唾を飲んで見守っていたが、複数人が同時に捜索しても見つからないという事態を目の当たりにして飯塚は「もう見つからないのか…」と心の中で思ってしまい、諦めて配信を閉じようとしたその時だった。

「ビンゴォ!!」

その瞬間は突然やってきた。

突然叫んだアンカーリッジはコメントを読み上げた。
「アンカーリッジさん!その本は大分危険な本です!友達と一緒に下校していた時に河川敷で見つけたのですが、友達がその本を読んでから数秒後に急に発狂して、謎のコインと一緒に自宅とは真逆の方向に走り始めたんです!なのでやめたほうがいいと思います!」

そのコメントを見たアンカーリッジは、「ええっ!それって本当!? マジだとしたら相当やばいじゃん!」と笑いながらその場を濁した。

あまりにもクリティカルなコメントに配信自体さらにざわついた。コメントの中には「絶対に噓」「どうせ目立ちたいだけだろ」「作り話乙w」などのアンチコメントが寄せられた。配信が荒れているのを横目に飯塚はそんなコメントを見ながら、「だとしたら俺も…」と思わず呟いた。

飯塚は本当か分からない謎のコメントに怯えながら配信を見ていると、配信上では、「作り話だっていう証拠はあんのか!!」というコメントを筆頭に火をつけたオカルトファンがコメント内で醜い言い争いを始め、やがて消えた本を探す配信は終着駅の無いコメント論争にまで発展してしまい、アンカーリッジの努力も虚しく配信は終了してしまった。

「ごめんこんな感じで配信終わらせちゃって…」申し訳なさそうに長友が誤ると飯塚は、「いいよ別に情報一つ手に入れたし。」とこれ以上気分を落とさせないように優しく長友を励ました。

「でもあの情報、信憑性無いけど大丈夫なん? もし探しに行くなら俺も再び協力するけど。」と内なる興味を抑えながら心配する長友に対して飯塚は「大丈夫。またなんかあったら連絡するわ。今日は急遽配信取ってくれてありがとう。また必要になった時に配信してもらうかもしんないからその時までに準備しといて。」と答え、お互いに健闘を祈りながら通話を終了させ、謎の本を探す一日が終幕した。

翌日。飯塚はまたあの図書室に行けばあの本をもう一度読めるかもしれないと思い、いつもよりも早く起床して足早に登校した。

少し早歩きで高校に向かう途中、珍しく酒井に会った。いつもは遅刻ギリギリで登校し、何回かクラスで叱られるのが当たり前だった酒井がこんな時間に登校するのはさすがに変だと感じ、謎の本の存在を忘れて酒井に話しかけようとした時、「わりぃ!ちょっと急いでんだわ。ごめんな!」と走りながらそう言って酒井は高校へ行ってしまった。

「なんだアイツ。せっかく話しかけてみようと思ったのに。」珍しく自分から出た勇気を踏みにじられたことに少し憤りを感じた飯塚だったが、それでも飯塚はそのままスピードを変えることなく学校へ向かった。

学校に到着すると玄関が無駄に騒がしかった。自分も様子を見に近寄ってみるとそこには、大量に割れた玄関のガラスが飛び散っていた。それを見た生徒たちはあまりにも衝撃的な出来事と玄関前というのもあってか、学校中は騒ぎとなってしまっていた。

だが、飯塚には気になる点があった。
それは割れたガラスの破片の位置だった。

女子高生が「ヤバイヤバイ」と言いながら写真を撮る中、好奇心が止まらない飯塚は女子高生を掻き分け、「なんだこれ? なんかの文字を表してるのか?」と呟いた。

まるで探偵かのような飯塚の予想は見事に当たっていた。
玄関前に散らばっていたガラスの破片の中に一際目立ったガラスの破片が置いてあり、その光景を見た飯塚は犯人が何らかの理由で意図的に並べたとしか考えられなかった。

状況を把握するために飯塚は並べられたガラスを目視で確認するとそこには6文字のアルファベットが並べられているというのが確認できた。

飯塚が確認できたアルファベットは「c」「h」「o」「p」「s」「y」の6文字だった。

「アルファベット? 英単語…? それともイニシャル…?」
目視で確認できたとしてもそれがなにを表しているか飯塚1人では何も分からなかった。

噂はすぐに学校中全体に広まった。
「誰かが玄関のガラスを割ったらしい。」「凶器の大きさ的に複数人の可能性があるかも知れない。」「俺が行った後にはもう割れていたから別に話に入らなくてもいいか。」などと、学校中その話題で尽きなかった。その中で飯塚は謎のアルファベット6文字にしか考えることができず、会話の内容も一切耳に入らなかった。

クラス中その話題で絶えない中、ホームルームのチャイム音と同時に担任の出光先生が入ってきた。
「はーいホームルーム始めるよー。みんな起立してー。」
担任の呼びかけと同時に号令し、その後出席確認をした。

いつもとは違う薄暗い空気が漂っているこの教室で、これから担任が何を言うかクラスメイト全員はもうあらかた予想はついていた。もちろん飯塚もそれは分かっていた。

だが、担任の口から出た話題はそこではなかった。
「今日はお知らせが3つほどある。最初は酒井のことについてだ。」
担任の一言に合わせてクラスの全員が酒井の席を見た。もう少し遅れてくるはずのその席にはなぜか酒井の姿はなかった。

「どうせまた遅刻だろう。」という複数の憶測が飛び交う中、クラス1番の陽キャラの石井が言った。「なにあいつもしかして死んだw?」
その一言でクラス内はドッと笑いが起きた。

「不謹慎なことを言うんじゃないよ」と出光先生が注意し、一時的にクラス内が静かになり、それと同時にクラス内の空気が変わったが、そんなことが起きても飯塚の気持ちは何一つ変わらなかった。

「今酒井は自宅を出たっきり行方が分かっていないそうだ。現在色んな人に協力してもらいながら酒井を探している途中だから、もし警察の協力が必要だと判断した場合、学校に来るからその時はあまり騒がないようにしてほしい。」

担任の口から出たのは予想外の事件だった。
事件のことしか考えられなかった飯塚も思わず耳を傾けて驚いてしまった。なぜなら飯塚は、登校中に何かの用事があるとしか考えられないような速度で走り去る酒井の姿を目撃していたからだ。

その衝撃から飯塚はホームルーム中なのにもかかわらず口を挟もうとしたが、より騒ぎになるだろうと冷静に判断し、引き続き事件のことを考えた。

「そして2つ目はみんなも知ってると思うが、正面玄関のガラスが割れていることだ。もちろん割った犯人がこのクラスにいるなら後で申し出てほしいが、俺は自分のクラスを信頼している以上いないと思っている。なんだけど、今日中に申し出ないと放課後に緊急で学年集会を開くことになっちゃうから、このホームルームが終わった後にこっそりでいいから言いに来てほしい。」

2つ目の報告。
その報告は全学年にとってはとても都合の悪い話だった。もしそこでも犯人の申し出がなければ無駄に下校時間が引き延ばされ、最悪の事態によっては部活動から個人のプライベート空間、塾や習い事などの時間が全て潰れてしまうというリスクが飯塚を含めた全てのクラスメイトの脳内に再生された。

そしてそれと同時に担任の出光先生に向かって、クラス中の至る所から文句の嵐が飛び交った。もちろんその抗議に対して飯塚も同意見だったが、口を開こうとはせずにただひたすら吹き荒れる文句の嵐を観測しているだけだった。

様々な意見が飛び交う中、谷口が手を挙げて出光先生に質問をした。
「えっ、先生~ でもここは私立なんだから正面玄関前に監視カメラぐらい置いてあると思ったんだけど、それで犯人の特定とかできなかったの?」
谷口の意見にクラスメイトは静かになり、出光先生は答えた。

「それがあるにはあるんだけど、何者かが事前に壊してたみたいで犯人の特定ができるような状況じゃなかったんだ。だから目撃情報とかに頼るしかなくて、結果として緊急で全校集会を開くしかないと判断したんだ。」

その後も生徒たちは自身の自由時間の確保のために教師と論争を仕掛けるが、「上が決めたものだから仕方がない」の一点張りで健闘も虚しく散ってしまった。

「その代わりではないけど、最後の報告は数学担当の川崎先生が体調不良で休みになったから今日の四時限目は自習になるから!」

生徒を落ち着かせるために少し声を張りながら話すが、生徒は喜んでいいかわからない報告に感情が分からなくなり、結果としてクラス内は静まった。
その様子はまるで生徒たちの感情だけがジェットコースターに乗車しているかのような状態だった。

そしてそのままホームルームは終わり、担任は教室を退出し、生徒たちはそれぞれ一時限目の授業の準備を始めた。

今回の騒ぎを受けて話し始める生徒たちだが、飯塚は相変わらず6文字のアルファベットの謎について考えこんでいた。その時、監視カメラの提案をした谷口が考え込んでいる飯塚に話しかけてきた。

「なあ光輝、今日の放課後学年集会終わったら俺の家来ねぇ? 今日友達の誕生日パーティー開く予定なんだけどなかなか人が集まらなくてさ… 今片っ端から声かけてんだけどどうよ?」

谷口から誘われたその招待は飯塚にとっては嬉しい誘いではあるが、どうしてもそのイベントの陰に「緊急全校集会」という6文字が脳内にちらついてしまい、心の中で行きたいと思っても飯塚はすぐに「行く」とは言い出せなかった。

言葉に詰まった様子の飯塚を見て谷口は「そ、そうだよな!急に俺の家来ないかって言っても全校集会とか母親に許可してもらわないと行けないとかあるよな!全然強制とかじゃないし、行けたらでいいから! 逆に行けるときになったら俺に教えて! なんかご、ごめんな!考えてる途中に!」

そう言って気まずい空気を残したまま谷口は別の人のところに向かい、また同じような話をまるでプログラミングされたかのように話し続けていた。

「なんか悪いことしちゃったなぁ… 後で親に連絡して大丈夫だったら参加してやるか。」と一人でに呟き、授業準備を始めた。


午前授業が終わり、昼休憩中にそれぞれが携帯を触っていた頃、飯塚は家族のAINEで「今日友達の家に遊びに行くから、夜ご飯要らないわ。あと最悪泊まるかもしれないから帰らないかも。」と連絡し、谷口に「この後行けそうだから、放課後になったら案内してよ。」と告げた。

谷口は突然の嬉しい報告に驚きながら喜んだとともに、携帯の画面を見せながら飯塚に話しかけた。「おい見ろよこれ!うちのガラス割れたやつもうニュースになってるぞ!情報早すぎて面白いよなマジで! もしかしたら報道関係者がどこかにいるのかもな! もし玄関前にカメラがあるなら今からでもテレビ映れるんじゃねぇか?」

谷口の馬鹿みたいな質問に呆れる飯塚だが、「じゃあ今から行ってくれば?」と流れに乗ってその場を乗り切った。

それと同時に飯塚のAIMEには「分かった。気をつけていってらっしゃい。でも泊まるときはもう一度声かけてね。」という母からの返信が表示されていた。


午後の授業が終わり、帰りのホームルームの時間になった。
出光先生が来るまでの間、飯塚や谷口達の話題は「川崎先生の欠席理由」について話していた。

「それにしても本当に川崎先生来なかったな。なんかあったのかな?」と谷口が話しかけるが、誰一人として答えるものは現れなかった。飯塚や谷口を含めてそれぞれ雑な憶測が飛び交うが、どれも正解と言えるほどの根拠が出ずに出光先生が教室に入ってきた。

「はーい。早く席付けー。帰りのホームルームやるぞー。」
担任の出光先生が来た時、クラスメイト達は「緊急全校集会」が無くなることただそれだけを願っていた。だが担任の口から出た言葉はその期待を無かったものにした言葉だった。

「えー結論から言うと緊急全校集会はあります。なので、みんな荷物を持って体育館に集まってください。ホームルームは終わった後に行います。」

その瞬間、地獄のような空気が漂った。
その空気はもうお通夜と同じような空気と言っても過言ではないような状況だった。生徒たちはただひたすらに無言で支度準備を進めて教室を後にし、愚痴をこぼしながら1階の体育館に向かった。


緊急全校集会。
全校生徒それぞれが「何のために…」と思う中、定刻通りに行われた。
無駄な話と無駄な時間だけが続き、結局犯人も名乗り出なかった。その状況に対して生徒指導の教師やそれぞれの学年主任が事の重大さを話すが、飯塚を含めて「そんなのは分かっている」と思うだけで何も成果も得られなかった。

そうして1時間が過ぎ、全校生徒が「無駄な時間だった」と思うと同時に全校集会は幕を閉じた。その後は流れるように帰りのホームルームが行われ、今後の予定などを出光先生から話されるが、クラスメイトは無駄な1時間の疲労感からか、大事な話も全て何も頭に入ってこなかった。そんな話よりもまず、それぞれの脳内には「早く帰りたい」ということしか浮かばなかった。


全校集会が終わった後の外は赤く空が光っていた。
まさに誰しもが夕暮れだと認識する時間帯に飯塚と谷口は、午前の約束通り谷口の家まで向かっていた。

友達の友達という自分視点からすると知らない人の誕生日パーティーに呼ばれた飯塚はどのようなテンションで向かったらいいか分からずひたすら悩み続けていたが、「そんなくだらない事で悩み続けるのは自分らしくない」と考え、飯塚はまたアルファベット6文字の謎を解明するという行動に逆戻りした。

「ほら、着いたぞ。準備し終わるまでくつろいだりしてていいから。なんなら泊まる気なら風呂とかも入っていいから。じゃあ俺はこの後パーティーの準備とかあるから後で合流するわ。」

そう言って谷口は先に自宅に戻り、キッチンで食品の用意を始めた。その様子を見て飯塚も手伝おうとしたが、自分が準備に参加したことによってパーティーが失敗する可能性があると考え、大人しく風呂に入りながら謎の解明作業に入った。

「結局、6文字の意味って何だよ…」そう言いながら飯塚は浴槽の中で考え始め、悩みに悩んだ結果飯塚はついに真実に辿り着く。

「待てよ… このアルファベットを並び替えると…? そうか!そういうことか!やっと1つ目の謎が分かった! そんな難しく考える必要は無かったのか!」

思ったよりも簡単な答えに対し、自分の悪い癖が出たと反省しながら風呂から上がり、誰にも伝わらない興奮を抑えきれないままバスタオルに手を掛け、急いでパーティー会場に駆け込んだ。

その様子を見守るかのように風呂場に忘れ去られた飯塚の携帯の画面には、「Psycho=狂気 今回の6文字の謎!解明!!」という文字列が表示されていた。

慌てて着替えを済ませるとそこには男らしい食卓が完成していた。主役の好きな料理を並べ、プレゼントやお菓子などがたくさん置いてあった。それを見て飯塚は思わずつまみ食いしそうになったが、風呂場に携帯を忘れたことに気づき、何とか自分を自制した。

「もうすぐで主役到着するから待っててよ!主役が目隠しで登場するからそれまでにクラッカーとか用意しといて!」

慣れた手つきで料理しながらパーティーの主催者はポテトチップスを盛りつけ、人数分の皿を配置しながら飯塚に指示した。

準備の間に谷口の呼び込みが花を開き、たくさんの友人が谷口の家に集まった。それぞれ盛大な準備が行われ、残すは主役の登場だけとなった。

何も知らない主役は谷口にエスコートされながらリビングのドアを開け、椅子に座らされる。そして合図とともに目隠しを外すと同時に紙テープの雨が一気に降り注いだ。

その瞬間、幸福の世界に包まれた。
親がいないことをいいことにそれぞれ騒ぎ始め、その時間は3時間続いた。

「飯塚!ちょっとさ!ポテチとかお菓子足りなくなってきたから、近くのドラッグストアで何でもいいから買ってきてもらえないかな? お釣りとか全部あげるからさ!」

楽しんでる最中に提案された谷口からのお願いだった。普段の飯塚なら断ろうと少し躊躇するが、何故か今は機嫌が良く、面倒なその頼みを二つ返事で受け入れ、飯塚は谷口からある程度の金銭を預かって近くのドラッグストアに出向いた。


玄関から出ると外の世界は真っ暗だった。
近くの街灯を見るとその明かりに様々な虫が集まっているのが分かり、地面を見ればうっかり何かを踏んでしまうかのような不安感が感じれた。
今飯塚が歩いているこの世界は、誰が見ても誰が歩いてもそのように感じてしまうような時間帯だった。

だが飯塚は歩こうとはせず、一刻も早くパーティー会場に間に合うために与えられたミッションをこなし、また先程できたばかりの知り合いと騒ぐために走り出した。

外に出て数分が経った頃、飯塚は近くのドラッグストアの到着していた。到着してからまもなく飯塚は急ぎ足で入店し、頼まれていたポテチやその他諸々のお菓子をレジに運び、会計を済ませた。

タスクをこなし、飯塚はやっと帰れると思いながらドラッグストアを出た時、楽園が待っている飯塚の視界には移ってほしくなかった出来事が駐車場で起こっていた。

飯塚がそこで見たのは三人の大人と一人の青年の騒動だった。その光景を見た飯塚は仕方なく自分の目的を忘れ、誰が見ても明らかに劣勢な青年の下に駆け寄り、注意しようと試みた。

実際に飯塚が駆け寄ると、一人の青年にとある違和感を感じた。
「お前… もしかして酒井か…?」

思わず騒動を止めるよりも先に思ったことを青年に質問してしまった。
だが青年はその質問に受け答えしようとはせず、制御していた飯塚の腕を過剰な力で振り払い、酒井とは思えないような狂気に満ちた速さで逃げられてしまった。

これまで争っていた三人の大人達も、一人の青年の狂ったような行動を見て唖然としてしまい、突然目の前で発生した騒動は何とか解決した。

無事解決した後、飯塚は酒井のような人間に出会ったことに対して多少不思議に思いながらも、目の前にある楽園の存在を思い出し、また急ぎ足で谷口の自宅へと向かった。


家に帰ると初めのリビングよりかは明らかに静まっていた。
谷口も騒いでいた友人と同様に前回よりかは落ち着いており、今ではソファーに座って一人でルービックキューブを触っていた。

「おう!おかえり!見ろよこれ笑 みんな騒ぎ疲れちゃって伸びちゃってさ…」

谷口の言う通り、床や椅子には満腹で動けない者や騒ぎ疲れて疲労感が出ている者、叫びすぎてのどが枯れている者など、このパーティーによって様々な症状を抱えた若者がごろごろ転がっていた。その様子はまるでクラブ会場から病院に早変わりしてしまったかのようだった。

そんな疲れ切った人達を横目に飯塚は、先程目にした不思議な事件について他の人からの意見が聞きたいと思い、飯塚は試しに谷口に相談をした。

「なあ、今日朝のホームルームで酒井が行方不明だって話あっただろ? さっき買い出し行った時にドラッグストアで酒井らしきやつを見かけたんだよ。嬉しくて思わず話しかけちゃったんだけど、なんか様子がおかしくて、なんも反応してくれなくてさ… しかもその後も酒井とは思えない程の腕力と走力でどっか行っちゃったんだよね…」

飯塚はこの話をして谷口が興味を示せば、親友の長友と一緒に酒井の捜索をしようと誘うつもりだった。だが、その話を聞いたの後に谷口が発した最初の一文字目からは期待していた反応は得られなかった。

「でもそれ、ありえないでしょ。夜だから視界が暗いってのもあるし、見間違いでしょ。」そう言って谷口は食卓に置いてある食器を片付け、テーブルの上にルービックキューブを置いた。

その言葉を聞いて飯塚は残念そうにしながら、卓上に置かれたルービックキューブに視線を向けると、全面が綺麗に揃っていた。


楽しい夜が明け、目が覚めたと同時に飯塚は支度準備をして谷口と別れを告げ、自宅に戻ってやることを済ませて自分の部屋に横たわっていた。飯塚はそんなたくさんの行動を疲労感に操られながら無意識にするまでに土曜日から日曜日へと約1日程の時間が経過していた。

日曜日の午後7時30分。
今でも飯塚は疲労感によってベッドで横たわっていた。
片手間でスマホゲームを周回しながら飯塚は昨日目撃した謎の酒井らしき人物について考えていた。

「にしてもあいつは誰だったんだ…? 谷口も信じてくれないし、俺自身もなんにもわかんねぇしなぁ…」

考えれば考えるほど謎が謎を呼んでいた。そして答えが見いだせないまま飯塚はついに酒井に対してよからぬことを考えてしまった。

「もしかしたらあいつ、俺には見せていない裏の顔があるのか…? ましてや別人格が存在していてそれがたまたま暴走してガラスを割ったり人を殴ったりして… まさかそんなことないよな… 親友なんだし、お互いに秘密はないはず…」

親友に対して抱いてはいけない憶測が飯塚の脳内に浮かんだとき、居ても立っても居られなくなり、気づいた時にはもう飯塚は長友に電話をかけて相談をしていた。

「相談されると頼られてるって感じて俺は好きだけど、今日は配信は取れないぜ。なんせちょっと俺の配信あの件で荒れちまったからさ。話すだけじゃ時間勿体ないし、普通にゲームしながらだったらランクマッチも出来て一石二鳥だろ? 気になるのも分かるけど楽しくやろうぜ! じゃあ俺部屋立てるわ!」

長友に悩んでいる全てのことを話し、ついでに配信してもらおうと思ったが、また荒れたくないから期間を開けたいと丁重に断られ、そのまま二人はオンラインゲームをしながら一夜を楽しく過ごした。そしてその後飯塚は、たくさんの人間が在籍する監獄に向かうため、遅れないように準備をしてからゆっくりと就寝した。

「お前起きろよ! おい光輝! おい!」
目障りな聞きなじみのある声で飯塚は目覚めた。
飯塚は寝ぼけながら時計を見ると、そこにはもうほぼ遅刻が確定してしまうかぐらいの時間を指していた。

「やっべ!なんでアラーム鳴ってねぇんだよ!」そう言って飯塚は急いで身支度をしながらリビングへと駆け下りた。駆け下りたリビングには、光輝が慌てる様子を見て爆笑する性格の悪い兄貴と、心配しながら普段通りに家事をする母親がいた。

「お前にしては珍しいな。 いつもは朝練があるかと思うぐらい早く起きて飯食ってんのに。やっぱ人の不幸はなんとやらだよなぁ。」

兄がそう言うと、飯塚はその話を無視しながら急いで朝ご飯を食べ、少し遅めに放送されている情報番組を耳で見ていた。その番組には昨日起きた暴行事件についてのニュースが放送されていた。

「次のニュースです。昨日午後2時頃、京都府内の洋菓子店にて行列の横入り騒動をきっかけとした暴行事件が発生し、修学旅行で来ていた2人の学生が軽傷を負いました。事件の犯人とみられる男は現在逃走中とのことです。」

「物騒な事件だよなぁー。修学旅行なのに。」と兄貴が言った。

ニュースを見て感想を言う兄貴の姿は飯塚家の中では珍しく、少し時間がずれただけでこんなにも見ている環境が変わるのかと思いながら飯塚は朝ご飯を全て食べ終わり、急いで外に出た。

だが外に出るとその世界は物凄く眩しく感じた。
「うおっ!眩しっ! なんだこれ!」そう飯塚が言った瞬間、飯塚はいつの間にかベッドの上に寝そべっていた。

今自分に起こった状況について飯塚は混乱していたが、すぐに起き上がって自分の部屋を見渡した瞬間、飯塚はすぐに理解した。それは、今自分が見ていた妙に現実味のあるあの光景は「現実」ではなく「夢」だったということだった。

「なんだ夢か… 現実味ありすぎて一瞬遅刻かと思った… じゃあ多分外出た後に物凄く眩しかったのはきっと…」と立ち尽くしたままぶつぶつ言いながら自分の夢の謎を解明しようとした時、母親が「光輝ー!朝ご飯できたよー!」と飯塚家ならではのチャイムが鳴った。

飯塚は返事をしながら今自分が見た夢を携帯にメモし、朝ご飯を食べ、したく準備が終わったと同時に学校へ向かった。

教室に着いて自分の席に座ろうとした瞬間、谷口は教卓から飯塚に向かって「飯塚!先週はありがとうな!マジで助かったわ!」と感謝の言葉を言いながら飯塚の席目掛けて清涼飲料水を投げた。

そう言われながら投げられた清涼飲料水は、教室内では存在してはいけない二次関数のような放物線を描きながら見事に飯塚の席近くに届き、飯塚は驚きながらもキャッチした。

「今の上手くね!ナイスシュートって感じで!」飯塚が返事をしようとするも、奇跡的に届いたという谷口の盛り上がりの声によって自分の声がかき消され、飯塚は急に上から降ってきた清涼飲料水を黙って見つめることしかできなかった。

そして担任の出光先生が日直への号令を促しながら教室に入り、通常通りの学校生活が始まった。何も変わらない日直の号令とともに準備を始めたクラスメイト達を見て飯塚は、まるで自分以外の全校生徒はある日突然正面玄関のガラスが割れたというあの事件の記憶だけを抹消されてしまったかのように感じた。

そして飯塚が謎に現実味のある夢を見たあの日から3日後、突然飯塚の前に既視感しかない景色が現れた。

「お前起きろよ! おい光輝! おい!」

その言葉を言われた瞬間、飯塚は何故か聞いたことがある気がした。

兄貴の声は毎日聞いていても、その言葉だけは聞いたことが無かった。

そして飯塚は無意識に寝ぼけながら「やっべ!なんでアラーム鳴ってねぇんだよ!」と声を発した。

この言葉もまた見たことのある光景だった。

飯塚は少し不思議に感じながら、学校に遅刻しないために急いでリビングへと駆け下りた。駆け下りたリビング先には、光輝が慌てる様子を見て爆笑する性格の悪い兄貴と、心配しながら普段通りに家事をする母親がいた。

「なんだこれ? 何かがおかしい…」

異変に感じた飯塚はそう呟くが、次の兄の会話を聞いた瞬間にその疑いは霧のように変化し、飯塚の脳内から消え去ってしまった。

「お前にしては珍しいな。 いつもは朝練があるかと思うぐらい早く起きて飯食ってんのに。やっぱ人の不幸はなんとやらだよなぁ。」

「これは… 予知夢だ。」

飯塚は何も考えずに現実ではあり得ないことを心の中で思ってしまった。

そして飯塚は急いで朝ご飯を食べながら、次に起こる出来事が何かを試しに予想し、皿の上に置かれた既視感のある複数の食材を口に入れた。

その瞬間、兄は人の不幸という蜜を味わいながらテレビのリモコンに手を掛け、少し遅めに放送されていた情報番組に切り替えた。

飯塚家では不自然に感じる兄の行動はまるで、3日前に見た夢は予知夢であるという証明をしているかのような滑らかな動きに見えた。

「全く同じだ。あの時見た夢の中と。」

食べながら飯塚は次に起こる出来事を的中させ、心の中でそう呟いた。

そして飯塚は突然の異変に惑わされないように耳で情報番組を見ながら集中して食事を続けた。

食卓で流れていたその番組には、飯塚にとっては既視感しかないあの暴行事件についてのニュースが放送されていた。

「次のニュースです。昨日午後2時頃、京都府内の洋菓子店にて行列の横入り騒動をきっかけとした暴行事件が発生し、修学旅行で来ていた2人の学生が軽傷を負いました。事件の犯人とみられる男は現在逃走中とのことです。」

夢の中で見た時と同じ容姿のアナウンサーがそう言ったとき、それに連動して兄は、「物騒な事件だよなぁー。修学旅行なのに。」と言った。

内容が薄すぎる兄の感想を聞いて飯塚は「やっぱりそうだ。」とまた心の中でそう呟く。

「お前今なんか言ったか?」と兄貴が聞くが、「いや、何でもない。」と答え、急いで食器を片付けた。

「そうなると次は眩しすぎる光だったはずだけど、その正体ってなんだ…?」と、飯塚は次に自分の目の前に現れる最後の出来事に不安を感じながら、急いで玄関を飛び出した。

飛び出した瞬間飯塚は、何らかの病気かと勘違いしてしまうほどのひどく激しいめまいに襲われた。

「うっ… なんだこれ… 目の前が…」

その時飯塚は眩しすぎる光の正体がめまいなのかと分かった瞬間、その場で倒れてしまい、全身の力が抜けてしまった。

飯塚が目が覚めると、3日前に見た予知夢の終着点と同じ状態でベッドに寝そべっていた。

寝そべったまま飯塚は「終わったのか…? 夢の内容は…」と呟き、そのまま近くに置いてあったスマホを取り出して、思い出したかのように京都府で起こった暴行事件について調べ始めた。

「もしあの日常が事前に夢の中で見ていた日常なら、朝に見たあのニュースは嘘じゃなくて本当なはず… 俺が実際に調べて本当に暴行事件が起きているかを自分の目で確かめないとまだ予知夢だと信じることが出来ない… 探さないと… 自分で…。」

様々な情報を集めて物事の証拠が全て出てから初めて自分が見たあの夢が予知夢であると証明しなければ気が済まなかった飯塚は、病室で一人呟きながら情報収集を始めた。

それから飯塚は病室であの事件についての真相を集め続け、ついに真実に辿り着く。

「あの時は夢の話だと思って信じてなかったけど、やっぱりあの事件… 本当だったんだ…」

自力で調べて衝撃を受け、事実を確認して初めて自分は予知夢を見たと認識した飯塚は、突然自分が不思議な能力に目覚めたという非現実な事象をより確実なものにするために、今後自分が予知夢を見た時にメモを取るということを習慣づけるようにした。

それから飯塚は退院し、その日の学校を休んで自宅に帰り、いつも通りの日常に戻った。

「お帰りー。なんかお前大変だったらしいじゃん。」
兄が他人事のように弟を心配し、またあの時と同じようにグレードダウンオークションを見ていた。

「まぁね。もしかしたら疲れてるかもしれないし。逆に休みが1日増えたと思えばラッキーかな。」

そう言って飯塚は帰ってきた現実を噛み締めながら、母親が作ったカレーライスを頬張り、1日を終えた。


あれから数ヵ月の時間が経った。

飯塚はその都度夢を見たらメモを取り、自分の見た夢が現実で起こったら予知夢であるとデータを取り続けた。

その結果、飯塚は激しい頭痛を伴うという代償を得た代わりに、自分が見た夢が必ず3日後に現実で起こるという奇妙な力に覚醒したということに気付き、飯塚はデータを取ったメモを見ながらただ浮かれていた。

「まじか… 予知能力なんて存在しないと思ってたけど、まさか俺が手に入れるとはな…」そう言って飯塚は次見る夢に期待を寄せながら1日を終えた。

それから飯塚は突然手に入れた予知能力を利用しながら、自分だけが非日常な生活を送れるという事実を楽しんでいた。

だが、そんな幸せな日常は長くは続かなかった。

また夢の中で現実味のある景色が展開された時、目の前に現れたのは警告音が鳴る踏切に向かって歩き出す川崎先生の姿があった。

「待ってくれ! 止まってくれー!!」

感情が無いまま歩き出す川崎先生を飯塚が止めようとした瞬間、また同じように眩い光に包まれ、飯塚が目を開けた時にはもうベッドの上に寝そべっていた。

「今のはもしかして… 3日後に川崎先生が事故に遭うってことか…?」

1日の始まりから見てはいけないものを見てしまった飯塚は、その事件が3日後に起こることを知っていたため、焦りと戸惑いを隠せなかった。

「もしこのことを言ったとしても信じてもらえないし、変な奴だと思われるかもしれない… なんとかして阻止したいけど、どうすればいいんだ…」

それから飯塚は3日後に身近な人が人身事故を起こしてしまうという事実を知った状態で生活をしなければならなかった。

相談してもこんな非現実な話など受け入れてくれない。

だが、時間は刻一刻と過ぎていく。

数学の授業を受ければ度々鬱になってしまい、教壇に立つ川崎先生の顔を見れば悲しみの感情しか浮き上がってこなかった。

家に帰れば飯塚は「こんな能力を持っていると気づかなければ良かった。」と後悔し、ひたすら自分を責め続けた。

それでも飯塚は諦めなかった。

何も動かなければ未来は変わらない。

何としても1人の命を救うために、飯塚は夢で見た情報を思い出しながら踏切の場所を割り出し、自転車で現場に向かった。

同時刻。
人身事故が起きてしまう踏切では平和的な日常が少しずつ時を刻んでいた。
そんな平和的な日常を壊しに来たかのように、スーツ姿に謎のコインを持った人物が踏切に姿を現した。その人物はすでに感情は無くしており、ただひたすらに踏切の警告音を待っていた。

「見つけた! 先生! 止まってくれ!」

目指す視線の先に直立不動で佇む川崎先生を発見し、急いで飯塚は自転車のペダルを漕ぐが、不運なタイミングで踏切の警告音が鳴ってしまう。

「まずい! このままじゃあの夢と同じようになってしまう!」

自分しか知らない真実を覆すために奮闘するが、もう川崎先生は線路の上に立っていた。

それを見て飯塚は急いで自転車を漕ぐが、自らの焦りによって段差に引っ掛かってしまい、転倒してしまう。

「待ってくれ! 止まってくれー!!」

そして転倒したまま飯塚は大きな声で叫ぶが、川崎先生には届かずにそのまま電車は警笛音とともに踏切を通過した。

「駄目だった… 救えなかった… 俺は知っていたのに…」

飯塚は後悔した。

「もう少し自分の行動が早ければ…」
「悩まずにすぐ行動していれば…」
「あの時あの夢さえ見ていなえれば…」

心の中でひたすらに後悔した後、予知夢の代償としてひどく激しい頭痛に襲われ、道端で蹲ってしまった。


翌日。
朝のホームルームでは数学担当の川崎先生が亡くなったという話題で持ちきりになっていた。

精神的に負荷がかかった状態で登校した飯塚は少し遅れて教室に入り、自分だけが知っていた真実を打ち明けられずにいた。

その状態を見た谷口は何も考えずにその話題について話そうとしたが、話しかけようとはせずにそのままの状態にして、そっと放置してあげようと考え、飯塚のもとに近寄らなかった。

それから数秒後に担任の出光先生が入室し、いつも通り日直に号令を促した。ホームルームの話も亡くなった川崎先生の話がされ、重い空気が漂っていた。

その話を聞きながら飯塚は学校が終わった後に踏切に行って手を合わせに行こうと決意し、今日あるはずだった数学のテキストをそっと鞄にしまった。


朝のホームルームは帰りのホームルームへと変わり、生徒を開放するチャイムが鳴った時、学校は1日の終わりを告げ、それに応じて全校生徒は帰宅し始めていた。

今でも修復中のガラスが割れた正面玄関には誰も違和感を抱くことなく、それぞれが青春を謳歌していた時、飯塚は1人で暗い顔をしながら事件が起きた踏切へと足を踏み出していた。

帰宅途中で供える物を購入し、未だに失踪中の酒井の居場所を考えながら踏切に向かっていた時、後ろから谷口が話しかけてきた。

「よう。お前も行くのか。事件現場。」

いきなり背後から現れた谷口に驚きながらも、飯塚は小さく頷いた。

「それにしても驚いたよな。まさかこんなにも身近な人が死ぬなんてさ。」重い空気を乗り越えるために谷口はそう呟いた。

だが飯塚はその言葉に反応することはなく、踏切が近づいてくるにつれて飯塚の精神は「救えなかった」という罪悪感によって気分が上がることは無く、ただ落ち込んでいた。

そして2人は事故現場に到着してからお供え物を置き、無言で手を合わせた。そして2人が現場から立ち去ろうとしたとき、飯塚は現場の近くで怪しく光る謎の金属を拾う。

「なんだこれ。 コインの欠片か…?」飯塚がそう呟くとその金属は紫色に輝き、金色に変色した。

「なんだか分からないけど、これを長友に見せれば自分が探していたあの本の情報に役立つ気がする…。」

そう思って飯塚は変色した金色のコインの欠片をポケットに入れ、谷口と一緒に自宅へと帰った。


自宅に帰るとリビングは香ばしいにおいが漂っていた。飯塚は制服姿でリビングに行き、そのまま自席に座って食事を取った。普段は疲労感という調味料を混ぜて美味しく食べていたが、何故かその日だけは何も感じなかった。

食事を取った後飯塚は自室に移動し、謎のコインの欠片について長友に相談した。そしてついでに飯塚は過去のデータから自分には予知夢を見ることができるという信じ難い事実も伝え、オカルトオタクの長友を興奮の沼へと招待した。

「お前すごいじゃん! まさか本当に予知能力を持っている人が存在するとは思わなかったよ! もしかしたらその能力で飯食えるかもな!」

長友は突然舞い降りた親友からのビッグニュースにやや興奮気味に話すが、飯塚は自分のせいで身近な人を亡くしたという事実を引きずり、明るいトーンで話さなかった。

「ちょっとそんな状態じゃなかったか。ごめん。 じゃあ久々に俺配信するから、謎の書物と友人の捜索を一緒にしないか? ずっと落ち込んでばかりじゃ何も進まないし、まだ未解決だろ? それに亡くなったのはお前のせいじゃない。もしかしたら何かしらの事情があったかもしれないし。元気出せよ。 今回の配信はお前優先で放送してやるから。」そう言って長友は通話を切り、アンカーリッジとしての配信を始めた。

「確かにそうだ。 いつまでも落ち込んでるなんて俺らしくない。 今はやるべきことをやらなきゃ。 待ってろ酒井。すぐに見つけ出してやる。」

飯塚は親友からの励ましで覚悟を決め、長友と2人で「謎の書物と酒井捜索作戦」を計画し、事件解決に向けての旅路を歩み始めた。


「ようこそお前らいらっしゃい! アンカーリッジ探偵事務所へ!」

友人のお決まりの挨拶とともに飯塚は配信サイトを立ち上げ、アンカーリッジの配信を視聴した。

「さーて!今日の依頼人は過去に一度依頼をしたことがある私の友人からだ! 依頼内容も前回と同じ消えた書物の謎だが、今回はそれだけじゃ無い! なんと消えた友人を探して欲しいという依頼も追加だ! これは高くつくが、お前たちついて来れるか!」

アンカーリッジはまるでコンサートのレスポンスを促すような口調で視聴者に呼びかけた。すると配信上では賛同のコメントが流れ、200人以上のオカルトオタクたちは枠主から伝えられる情報を心待ちにしていた。

「じゃあ準備も良さそうなんで、早速今回の依頼内容について話していこう!」

「アンカーリッジさんお久しぶりです。今回の依頼は前回の書物捜索の続きなのですが、あの後友人が突然失踪してしまい、家族や警察が捜索してもいまだに見つかっていません。なので皆さんの力をお借りして友人を探し出して頂けると幸いです。 
最後に友人を見たのは書物を読んだ翌日の朝で、自分よりも先に学校に登校したっきりです。しかもそれだけではなく、登校すると学校の正面玄関の窓ガラスが割れていました。
現在もいまだに犯人は見つかっておらず、私は時間的に彼がやったのではないかと思ってしまい、未だに気になっています。
よろしければそちらの依頼も解決して頂けるとありがたいですよろしくお願いします。 だそうだ!じゃあお前ら情報収集タイムだ!」

その言葉を聞いた瞬間、一斉にコメントが流れる。そしてたくさんの有力な情報が枠主に流れ着き、それを仕分けるという工場のような配信へと変化した。

思ったよりもたくさんの情報を見て長友はすぐさま飯塚に「俺このまま配信続けるから、時間が間に合いそうになかったら先に寝てていいから!」と連絡をし、長友は配信で話しながらアンカーリッジとして、そして飯塚の親友としての責務を全うするために時間を費やした。

その連絡に対して飯塚も「本当にありがとう! 俺も自力で色んな情報を探してみるよ! マジで健闘を祈る!」と返信し、眠りについた。


翌日になり、飯塚は酒井を捜索するために谷口や酒井と親しくしていた友人、そして部活の顧問に酒井の家族など、様々な人達に情報提供をしてもらい、色んな人の協力を得ながら酒井について調べていた。

そして飯塚は手始めに、高校の図書室で見たはずの謎の書物について、関係者や周辺を自力で捜索したが見つからなかった。

少し不思議に感じながらも、飯塚は一旦諦めて失踪した友人の捜索に切り替えた。

「あいつがもし心に闇があるなら… 俺が支えにならなければ…!」

飯塚が必要以上に酒井のことを心配していた理由。
それは「一番初めに出合ったたった1人の親友を失いたくない」という願いからだった。

たった1人の親友を救うため、たくさんの情報を探す飯塚だが、途中で酒井との思い出が蘇り、涙を堪えながら余計に助けたいという一心で酒井の居場所や失踪したきっかけを捜索していた。

飯塚が捜索をしている時、急に谷口から電話が掛かってきた。急いで電話に応答すると、「おい飯塚!酒井の家族から聞き込み調査したら、中学生時代に複数人からいじめを受けてたって言ってたぞ! もしかしたらこれと何か関係があるかもしれない! 俺は再び顧問の先生に聞いてくるから、捜索頑張れよ!」という有力な情報が流れてきた。

谷口に感謝の言葉を伝え、メモに残すと次は長友から電話が掛かる。飯塚は片手間で電話を取り、応答すると長友は今までの状態を飯塚に報告した。

「光輝遅れてごめん! 配信で色々仮説が出たから共有しとくわ! まず、書物を探す前に、日本中で度々奇怪な事件があったの覚えてるか? 例えばドラッグストアで見た騒動とかお前が予知夢で見たって言ってたあの暴行事件とか。」

「どれも犯人は今もまだ逃走中で、逃げ足が速いって色んなとこでも都市伝説になってたのよ。だから俺も怪しいと思って、独自で調べてたんだけどやっぱり共通点としてどの人も様子がおかしく、とても普通の人には見えなかったっていう情報があったみたいなんだ。」

「そしてやっと謎の書物について話すんだけど、それが過去にどこかで落札されたいわくつきの書物らしくて、結構な価格で落札されたらしい。だから流通量が少なく、割と古いから調べても検索に出なかったんじゃないかっていうのが結論として分かった。そして問題なのはその本じゃなくて、その書物に付属してついてるコインがいわくつきのコインで、触れると人格が変わる狂気のコインっていう物らしい。」

「しかもそのコインは精神的に弱くなった人ほど影響されるらしく、過去に問題を起こして手放したのが最古の情報として調べて分かったんだ。 ここまでが俺が配信で分かったことだ。 逆にお前が分かったことは何か教えてくれ。」

長友が謎の書物に対して有力な情報を共有し、飯塚もそれに続いて長友にこれまで分かったことを共有した。

酒井は中学生時代に複数人からいじめを受けていたこと、自力で書物を見つけようとしたが、すでに図書室には存在していなかったこと、ドラッグストアの騒動で見た青年の姿が若干酒井に似ていたこと、その時の様子が普通の人と違って少しおかしかったことなど、事件に関係すると思った飯塚は全て長友に共有した。

そして2人はこれまで分かったことを整理していく中で、ある1つの真実にたどり着いた。

それは「2人で図書室に行ったあの日、酒井は飯塚の知らないところで狂気のコインに触れ、精神を乗っ取られてしまい、翌日に発症してとんでもない速さで学校に行き、正面玄関の窓ガラスを割ってしまう。 そして自我を取り戻した時に罪悪感から逃走し、失踪する。 そして自宅にも戻れなくなってしまった酒井は深夜にドラッグストアで騒動を起こして飯塚に見つかりまた逃走を繰り返した。」という結論に至った。

「これだ! これしかありえないよ…!」と長友は勝ち誇っていた。さらに飯塚はその事実に追い打ちをかけるように、正面玄関に残された6文字のアルファベットの形をしたガラスの破片の写真を見せ、「これ、よく見てくれ。もしかしたら伝わらないかもだけど、不自然に置かれたガラスの破片を並び替えるとpsychoになるんだよ。 最初は何が何だか分からなかったけど、やっと点と点が繋がったよ。」と伝えた。

「本当だ!お前それ早く言ってくれよ!」と長友がツッコミを入れ、2人は安堵した。

そしてお互いはまだ酒井が見つかっていないのにもかかわらず、自分の苦労を自慢しあった。

2人が話し合っていく中で、飯塚が突然思い出したかのようにコインの模様や色について長友に聞いた。

「そういえば、コインってどんなやつなん? もしかしたら同じようなやつ持ってるかもしれないから。」

飯塚がそう尋ねると、長友は「もしかして数学の先生が人身事故に遭った時に拾ったっていうあの金属のやつ?」と聞き返す。

「そう。この金属の破片なんだけど。」と写真を送る。

送った瞬間、長友は配信の癖からか「ビンゴォ!」と大きく声を出した。

「お前、まさにこんなやつだよ! やっぱお前には頭が上がらないよ!何でもっと相談してくれないのさ!」と問いかけ、2人はそのままこれまでの活動についての話で盛り上がり、2人にしか伝わらない会話をしながら夜を明かした。


そして翌日。
飯塚はまた、ある予知夢を見た。

その内容はとある廃墟にある謎の玉座に佇む酒井らしき人物の姿だった。

飯塚は起床した後、急いでメモを残し、朝にもかかわらず長友に「酒井に関する予知夢を見た」と連絡した。

長友も友人からの突然の報告に驚きながら少し冷静になり、飯塚から夢で見た背景や景色などの詳細を教えてもらい、長友はAINEに「分かった。ありがとう。3日後までに似ている廃墟を探しておく。3日後が最終決戦だ。 そろそろ終わらせるぞ。」という文章を残し、2人とも準備に備えた。


そして時間が経ち、3日後。

飯塚と長友は目的地の薄暗い廃墟にたどり着いた。

そして中に入っていくとそこには夢で見た景色と全く同じ景色が飯塚の前に姿を現し、目の前には玉座のような椅子が置かれており、そこに酒井らしき人物が座っていた。

「おい! 酒井! お前いい加減戻ってこい! 家族とか色んな人が心配してるぞ!」飯塚はそう呼びかけるが、一切反応が無かった。

それどころか酒井は狂気のコインによって人格まで乗っ取られてしまい、魔物のような形相で武器を振り回しながら飯塚に襲い掛かろうと飯塚と長友めがけて走ってきた。

「光輝! お前危ない!」

2人は襲い掛かってくる酒井を跳ね除け自衛のために気絶させ、何とか難を逃れるが、すぐに酒井の容態を確認した。

「おい酒井! お前大丈夫かよ! 聞こえてるなら返事ぐらいしろよ!」

飯塚は涙を堪えながら酒井に訴えかけた。

その瞬間、倒れていた酒井は正気を取り戻し、2人はやっと感動の再会を果たした。

「お前、何であの時俺に何も言わずに立ち去ったんだよ! 俺、ものすごく心配したのに! たった1人の親友なら包み隠さず本音で向き合おうって言ったのはそっちじゃんか!」

飯塚はやっと再開できたという嬉しさから、これまでのことを全て酒井に話した。隣にいる長友もその光景を見て感動し、涙を流してしまっていた。

「ごめん… あの時あのコインに精神を乗っ取られちゃって… 自分でも足掻いてたつもりだったんだ… しかもこんな話信じてもらえるかわかんないし、迷惑もかけたくなかったから… 本当にごめん…」

酒井は相談ができなかった本当の理由を話し、今まで自分が犯した事件も全て自分だと打ち明けた。

「謝るんじゃねぇよ… 今やっとこうして会えたんだから… もう泣かないでくれよ酒井…」

薄暗い廃墟の中で3人はやっと合流し、疲れ果てた状態で一緒に自宅に帰ろうとしたその時、突然酒井の右ポケットが黒く光り輝いた。

そしてその瞬間酒井は2人を突き飛ばし、最後だと思わせるような感謝の言葉を述べた。

「ごめん…俺、どうしても言えなかった… このコインは触れたら最後、魔力を使い果たした瞬間、このコインに吸収されるかその場で死を遂げるんだ… ごめん…本当にごめん…」

「でも!楽しかったよ!最期まで飯塚は! いや、光輝は!たった1人の自慢できる最初で最後の親友だ! だから俺は、そんな親友を俺は失いたくない! だから!今すぐ走って逃げてくれ! 俺が吸収されてしまう前に!」


酒井が伝えた感謝の言葉は、まるで遺言のように感じた。

苦労しながらも自分のために時間を費やしてくれたこと、それが何よりも酒井は嬉しかった。

自分第一に物事を考え、どんな時でもどんな状態でもこんなダメな自分を最期まで関わってくれた。

短い人生の中で酒井は友達が、親友がどれだけ大切な存在であったかを学ぶことができた。

それだけで酒井は満足だった。

だから今度は自分が人生最後の親友を守る番だと土壇場で理解した瞬間だった。

「馬鹿野郎!お前は最期まで大馬鹿野郎だ! 最後まで課題もやらずに移してもらってばっかで! 先に行くんじゃねぇよ! また2人で馬鹿やって一緒に課題やるんだろ! なんでだよ!」

泣きながらも消えていく酒井の姿を見て飯塚は思わず感情的になり、酒井のところへ走って近づこうとしたが、長友が「光輝!お前まで行ったら酒井が喜ばないだろ!」と言いながら一生懸命飯塚を引き止め、そのまま2人は走ってその場から立ち去った。

そして飯塚は廃墟に置かれたコインの無慈悲な金属音と共に、一番最初にできた親友を失った。


それから約2年が経った。

アンカーリッジはいつも通りジョイキャスで配信をしていた。だが今回はオカルトや都市伝説関連の配信ではなく、チャンネルサポーター100万人達成記念と題して質問コーナーをしていた。

質問の内容としては好きな女性のタイプや、恋愛に関する様々な相談や質問、そして好きな怪奇現象や都市伝説に関した質問に答えていた。

配信時間も2時間が経つ頃、アンカーリッジは最後に1つ質問を答えて今回の記念配信を終わらせると告げ、質問内容を読み上げた。

「アンカーリッジさん。100万人おめでとうございます。そこで1つ質問があります。 アンカーリッジさんにとって、親友や友達は必要ですか? そもそも友達や親友ってなんですか?」という質問だった。

それにアンカーリッジは少し悩みながらもこう答えた。

「まぁ、結論先に言うと必要かな。だってお互いが包み隠さず、そして気を使わなくてもいい存在になるし、どんな相談もできるからさ。何ですかって言われたら… 例えばお互いの間に秘密が1つもないとか、親友が死んでしまいそうな時に命を張ってまで助けに行こうとしたり出来る人同士のことかな。 今で言うと俺と隣にいるこいつと、空にいるあいつとかかな。」

そう言ってアンカーリッジは隣に座っている親友と空に向かって笑い合った。

そしてそのアンカーリッジのチャンネルの概要欄には、「新メンバー加入しました!」という文字が書かれており、メンバーの名前には見慣れた漢字と、空には1つ綺麗な流れ星が輝いていた。



新メンバー加入しました!
探偵事務所管理責任者:アンカーリッジ
依頼請負人兼相棒:酒々井ジン
いつでも依頼待ってます!


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