見出し画像

三菱自、主力車種のデビューもほろにが決算に

 さて2023年度乗用車各社決算大会のトリを務めるのは三菱自動車工業(以下三菱自)である。7社全部が上手く行った奇跡の決算期だった、とも言えるので、おそらく最後まで後味を悪くすることなくお読みいただけると思う。

きわどいところで増収増益

 まずは基本的な数字だ。際どいところではあるが、増収増益の決算となっている。冒頭に掲げた三菱自の2023年度決算報告資料の表紙は、タイで生産する新型トライトンが富士山をバックに颯爽と走る写真だ。(以下、写真・資料出所は三菱自)

 自動車メーカーの決算資料の表紙は、ほぼ例外なく、当該期のビジネスを象徴するクルマの写真で飾られる。あとで決算資料を紐解いていくと大変感慨深いが、三菱自にとって少々ほろ苦いトライトンのデビューイヤーとなった。

販売台数 81万5,000台(前年比 97.7%)
売上高 2兆7,896億円(前年比 113.5%)
営業利益 1,910億円(前年比 100.3%)
営業利益率 6.8%(前年比 マイナス0.9ポイント)
当期利益 1547億円(前年比 91.7%)

 すでにこのシリーズの原稿で再三再四書いてきた通り、2022年度は半導体を中心とする部品不足と輸送船不足で、世界中の自動車メーカーが製品の生産ができずに苦労をした。2023年上期までは、徐々に回復しつつもその状況を引きずったが、下期になるとサプライチェーンが回復し、徐々に正常化していった。

ASEANの不景気に足を取られる

 一方で三菱自の現状として、稼ぎの三本柱となるのがタイ生産のピックアップトラックの「トライトン」、北米、および中南米を中心とする先進国向けSUVの「アウトランダー」、そしてアウトランダーより小排気量でやや新興国向けのSUV「エクスパンダー」である。これに日本市場を加えるなら「デリカミニ」が入る。実質的にこれが持ちダマの全てであり、基本的に上から挙げた順に台数が多い。

24年3月期にフルモデルチェンジしたトライトン

 そういう意味では、23年は大本命のトライトンがフルモデルチェンジデビューという、大勝負の年だったのだ。が、その需要地の中心であるASEAN(東南アジア諸国連合、アセアン)経済がパッとしなかった。むしろ部品不足、物資不足の際、高値相場での資源輸出で潤ったアセアンの国々は、サプライチェーンの正常化とともに相場が戻って祭りが終わった。

 三菱自にとってアセアンの中でも市場として大きいのは、人口が多いインドネシアと、海外屈指の生産拠点を持つタイだ。インドネシアは大統領選を控えて投資筋が様子見にある。というのもジョコ大統領が島を跨いだ首都移転の大インフラ投資を主張しており、大統領選の結果いかんによって首都移転宣言が署名されるかされないかという大きな分岐点にある。北米ではともかく、アセアンでは自営業者が主に使うピックアップトラックの需要は国全体の投資動向に大きく左右される。

 もう一方のタイは、外需依存が高くて特に中国の景気に左右される。中国経済の不振に引っ張られ、クオーターによっては景気はマイナス成長という状況にある。通貨「バーツ」の不安定さもあって、せっかくインフレが鈍化しても利上げができないなど景気の先行きは明るくない。

新型トライトンの実力は今期から発揮か

 という中で三菱自の屋台骨を支えるべきトライトンはモデルチェンジを迎えた。本来はここで一発ドーンと売り上げを立てて、新型トライトンの門出を寿ぎたいところだが、アセアンの景気がそれを許さない。ということで、グローバル販売台数は83.4万台から81.5万台へと97.7%のマイナス成長に沈んだ。

 ただし、当該年に大きな結果を残せなかったとしても、経営面からの評価はこれからだ。トライトンは世界中で引き合いの強いクルマである。景気は必ず循環するものなので、デビューのタイミングで売れなかったとしても、数年遅れで付いてくるはず。競合であるいすゞの「D-MAX」やトヨタの「ハイラックス」とちゃんと戦えるポテンシャルはありそうで、さほど心配はいらないだろう。

2023年度販売台数実績【前年度比】

 「2023年度 販売台数実績【前年度比】」を見ると、アセアンだけでなくむしろ元気がない地域のほうが多い。良いのは北米と日本で、そこでヒットを飛ばして三菱自を救ったのがアウトランダーとデリカミニである。

アウトランダーPHEVは、家庭で充電できるハイブリッド車(PHEV)の人気車種
2023年5月に発売、2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤーで「デザイン・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞したデリカミニ

 今後の可能性として期待が高まるのは、現在各地域で注目を集めているHEVの普及帯をマーケットとするエクスパンダーの輸出がどうなるかである。今期(25年3月期)の決算はこのエクスパンダーHEVの動向が影響を与えそうに思う。

24年2月に発表されたエクスパンダーHEV。アセアン諸国で人気のクロスオーバーMPV(多人数乗車)だ

北米でがっつり稼ぎ、研究開発にも投資

 さて、三菱自の状況が大体つかめたところで、「2023年度 業績サマリー【前年度比】」を見てみよう。

023年度 業績サマリー【前年度比】

 「売上高」は2兆7,896億円(前年比 113.5%)で、売り上げがよく伸びている。台数がさほど伸びなかったことはすでに述べた通りなので、当然「構成」の伸びが予測される。

 一方で「営業利益」は1,910億円(前年比 100.3%)でほぼ横ばいだ。これはおそらく出費にあたる販促費や原材料費が高騰して、売り上げ増の利益を吐き出してしまったものと思われる。と予想ばかりしていてもしかたないので、そのあたりがはっきり記載されている「2023年度 営業利益変動要因分析【前年度比】」をチェックしていこう。

2023年度 営業利益変動要因分析【前年度比】

 左端のグレーの柱が前年度の営業利益、右端の赤い柱が当該年の営業利益となる。ちなみに途中の階段グラフの色は赤が上へ伸びる「営業利益にとってプラスの要素」を表し、グレーは下へ伸びる「マイナスの要素」を表す。

 ご覧の通り「台数」によるプラスは90億円と大きくはない。一方で「MIX/売価」が671億円でこのグラフで最も大きなプラスとなっている。とくにインフレが進行中で価格改定余地(平たく言えば値上げできる可能性)がある北米が大きいことがわかる。一方でマイナスでは「販売費」と「資材費/輸送費」が大きい。部品不足の間は売り手市場で、広告費を含む販促費が必要なかったが、市況が常態に戻ればその分必要な経費が増える。構成を改善して生み出した利益はこれらで吸収されてしまった。そういう厳しい中で、研究開発費をきちんと計上している(マイナス74億円)ことは好感が持てる。

今期はアセアンと北米での新車効果を期待

2024年度 販売台数見通し【前年度比】

 「2024年度 販売台数見通し【前年度比】」を見る。販売台数の予測はグローバルでプラス10%と好調を見込んでいる。特に最重要マーケットのアセアンは38万台の積み増しでプラス16%。北米も22万台増やして13%のプラス。新車効果がフルに発揮されると見込んでいる。一方の日本は1000台の上積み、1%増と横ばいだ。

2024年度 業績見通し【前年度比】

 「2024年度 業績見通し【前年度比】」を見ると、売上高は2兆8800億円で103%のプラス。営業利益は1900億円で1のマイナスとなっている。

2024年度 営業利益見通し変動要因分析【前年度比】

 「2024年度 営業利益見通し変動要因分析【前年度比】」でチェックすると、「台数」見通しは前年に比べれば改善しているが、アセアンの市況回復にはまだ時間を要する見込み。台数の本格的回復までは時間がかかると見ている。一方で、「MIX/売価」は引き続き順調。そこはニューモデルを投入したメリットがはっきり生まれている。先行したタイとインドネシア以外のエリアでも徐々に新型車が発売されて、構成を改善していくことが期待されている。

完全復活への足掛かりとなる決算

 三菱自の場合、まずは着実に既存ビジネスが成功している地域で、新型車への置き換えを行った。これは手堅い戦略だ。次なる手としては、車種を追加して商品層を厚くしていくことが求められる。数字をみる限りやはり一番手堅いのは北米であり、それはつまりHEVとPHEVの投入が期待される流れでもある。

 一方でアセアンでは経済回復を待ちつつ、売れるモデルの追加も重要になってくるだろう。実はこれを書きながら日産の決算を思い出した。どちらも土俵際まで追い込まれながらここまでの復活を果たしている。その意味で今期決算は十二分な成果と言えよう。そして、長期的にはもっと成長して規模を拡大しなければならない。それもこの2社に共通する課題だと思える。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?