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初心者ランナーにおける漸進性過負荷の大切さと最大の効果を求めないという視点

今年に入って発表されたある論文をもとに、表題について解説したいと思います。

この研究では、トレーニング実験開始時に運動習慣のなかった30-60歳の男女(平均46歳)を対象として、28週間にわたる介入実験を実施しています。

参加者は最初の10週間、週に3回、各50分間、Heart Rate Reserved(HRR)の55%での運動(ウォーキングまたはランニング)を続けました。
HRRとは、最大心拍数から安静時心拍数を引いた値のことです。
例えば、最大心拍数が180bpm、安静時心拍数が70bpmの場合、130.5bpmで運動することになります。

10週間後、年齢、性別、トレーニング開始前の最大酸素摂取量、10週間経過時点での最大酸素摂取量の増加率などを考慮し、参加者を次の2つのグループに分けました。
・対照群
週3回、50分@55%HRR(同じトレーニングを継続)
・介入群
11-18週→週3回、平均42分@70%HRR
19-26週→週3回、4分@95%HRmax-3分@70%HRmax
(ウォームアップ・クールダウンあり)
すなわち、対照群は同じトレーニングを続けたのに対し、介入群はVigorous、High-intensityと少しずつ強度を高めました。

この研究のウリは、各トレーニングのエネルギー消費量を揃えたことです。
異なる種類のトレーニング効果を比べる時、結果に影響を与える他の要因を管理することが重要です。
その要因にはたくさんの種類があり、全てを完全に管理することは難しいですが、結果に大きく影響するであろう要因はコントロールしなければ、本当に調べたいことが調べられているのか疑問符がついてしまいます。

この研究では、呼気ガス測定を用いたトレッドミルテスト中の酸素摂取量と心拍数との関係をもとに、各トレーニング中のエネルギー消費量が同じになるように、Vigorous、High-intensityのトレーニングの時間などを調整していました。
これによって、「トレーニング効果は強度ではなく、エネルギー消費量の違いに影響されたのでは?」という疑問に返すことができます。

実験の結果、介入群は対照群よりも有意に最大酸素摂取量や最大有酸素性速度(Vmax)が向上しました。
さらに、安静時心拍数の低下も介入群で著しく、強度を上げることの有効性が示されました。
この結果に基づき、論文の著者らは次のように結論付けています。

したがって、トレーニング強度は、未経験だが健康な個人における持久力トレーニングとフィットネスの用量反応関係において、重要な役割を果たします。

Reuter, M., Rosenberger, F., Barz, A., Venhorst, A., Blanz, L., Roecker, K., & Meyer, T. (2024). Effects on cardiorespiratory fitness of moderate-intensity training vs. energy-matched training with increasing intensity. Frontiers in sports and active living, 5, 1298877. https://doi.org/10.3389/fspor.2023.1298877


ただ、論文をしっかり読んでみると、対照群のトレーニング効果も見逃せません。
例えば、Vmaxは確かに介入群よりは効果が劣るものの、それなりに増加しています(介入群:1.7km/h、対照群:1.0km/h、増加量)。
また、ランニングエコノミーの指標であるOxygen costに至っては、介入群の方が改善しています(介入群:157ml/kg/km→152ml/kg/km、対照群:161ml/kg/km→150ml/kg/km、※数値が低い方が優れている指標)。

また、この研究はエネルギー消費量を揃えたために、対照群は10週間経過以降、漸進性過負荷の原則に反するトレーニングになっていました。
漸進性過負荷(Progressive overload)とは、身体が負荷に徐々に適応することを踏まえ、時間が経つにつれて少しずつ負荷を高めることです。
この研究において、介入群はエネルギー消費量は維持し続けましたが、強度を高めることで、漸進性過負荷が掛けられていました。
一方、対照群は量も強度も同じままでした。
したがって、仮に強度を高めなくても、トレーニング時間を50分から60分、70分と少しずつでも増やすことで、より優れた結果が得られた可能性は否定できません。


この研究から得られる学びは、トレーニング未経験者は、週3回のランニングで持久力を向上させることが出来るということです。
その上で、最大限の効果を得たい人は、漸進性過負荷の原則を意識し、少しずつ強度を高めていくと良いでしょう。
ただ、必ずしも最大限の効果を必要とせず、Moderateな強度でのランニングが心地よいと感じる方は、ずっと同じトレーニングを続けても意外と効果が得られます。
また、その際には少しずつ走る時間を増やすことが出来れば、もしかしたら強度を高めた場合と同じぐらいトレーニング効果が得られる可能性もあるかもしれません。

本記事は、「Reuter, M., Rosenberger, F., Barz, A., Venhorst, A., Blanz, L., Roecker, K., & Meyer, T. (2024). Effects on cardiorespiratory fitness of moderate-intensity training vs. energy-matched training with increasing intensity. Frontiers in sports and active living, 5, 1298877. https://doi.org/10.3389/fspor.2023.1298877」を改変したもので、CC BY 4.0 で使用されています。



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