1059:(GaWatch書評編015)九井諒子『ダンジョン飯』全14巻
丸二日風邪で伏せっている間に『ダンジョン飯』を第1巻から読み返し、つい先ほど最終14巻を読み終えた。12巻までは刊行時に読んでいたのだけれど、昨年末刊行のラスト2冊は本日初めて読んだ。これまで日本のファンタジーコミックとしては『ベルセルク』が孤高の高みと思っていたけれど、本作はベルセルクとは違った方向から、しかし同等の高みに到達し、完璧な物語として幕を引き終えた。以下、読了直後の高揚を駆って書評メモを書き留めておく。なお、一応ネタバレには配慮するつもりだ(当人のメモとしてはそれで十分)。
まず、私の本作の読書歴について語ろう。最初に本作を買ったのはkindle購入履歴によれば2015年10月、刊行されていた第2巻までを購入し一読した。実はその時点ではあまり内容に入り込めず、ダンジョンの中でモンスターを料理するレシピを配したコメディと捉えて、続きは買わなくていいやとそのままにしていた。続刊に手を出したのは2021年2月、当時高一だった三男が「面白いらしいから読みたい」というので、kindleポイントセールか何かの時に既刊第10巻までをまとめ買いしたものだ。ただ、以前の印象が残っていて、しばらくは読まなかったと思う。そしてある時期に、あらためて1巻から読み直し、そして10巻まで到達した。……な、なんだこれ、こんなに面白かったのか! 以降は刊行の都度に講読。つまり今回第1~12巻は2周目、そして満を持して物語のクライマックス(13巻)と大団円(14巻)を読んだわけだ。
素晴らしいと思う点はいくつも挙げられる。
まずキャラクター造型、群像劇として多数のキャラクター多数のパーティが入り乱れながら、一人一人が明確な欲望を持って動き、それが見事に連動して物語全体を駆動していること。例えばライオスの魔獣オタは前半ほとんどギャグのようであったのに、それが最終決戦がまさにあのような形でしかあり得ないと読者に納得をさせ、そしてその最後に残された不穏な呪いの爪痕すら昇華してしまう、本当に凄い流れだ。当初はさらっとしたエピソードに登場する人物が次第に物語の中で濃厚な位置を占め、パーティメンバーの抱えているものも物語の中盤以降でようやく明かされる(マルシルのそれのように全容が段階を経なければ明らかとならないのもうまい)。一人一人に言及をすると切りが無いのでやめておくが、最終刊での狂乱の魔術師の描写は本当に良かったと思わされた。
次にテーマ&モチーフ、当初タイトルと冒頭部分だけで「よくある食コミックをファンタジーでやってみただけの思いつきなんじゃないか」という失礼な印象をもったのだけれど、とんでもない。食ということがこれだけテーマに食い込み、ちょっとしたモチーフに幾度も幾度も重ね塗りをされて、ラスボス自身の欲望にも、それを退治する手段にも、大団円の大宴会にも、物語の当初からラストまで常に目的であったファリンの救出(イメージ世界で生きる意欲を獲得する流れ)にも、深く深く関連付けられているとは。『ダンジョン飯』というタイトルは、ライトな香りをまといながら作品の本質を言い当てるものであったのだ。
そしてコメディとシリアスの見事な融合。迷宮内は、RPGゲームのように、幾度死んでも蘇生が可能だ。作品の中でパーティメンバーは幾度も命を落とす。時にそれはギャグのような展開で。一見これは命を軽く扱った空想物語に思えて抵抗のある人もいるかも知れない。ドラゴンボールのように強さのインフレを招くだけの稚拙な設定に思える人も(途中まで読んだ時点では)いてもおかしくはない。だが、そうではないのだ。何故迷宮の中では蘇生できるのか。迷宮の魔術師によって蘇生され、食欲のない永遠の生を与えられた王の家族たち。他の生物に食べられ完全に消化されたら蘇生不可能になる設定。ラスボスの真の欲望はなんだったのか、それはどこからもたらされたものだったのか、それこそが迷宮世界を駆動させていたというこの物語設計の見事さよ。その他端々で、コメディがシリアスを救い、シリアスがコメディを支えている。魅入られたマルシルを取り戻す「寿命を延ばす3つの方法」(原作第12巻232-233頁の見開き)、まさにシリアスシーンの中に飛び込むコメディなのに、それがマルシルを救う決め手になるのだと、ここまで読んで来た読者は深く納得をして涙する。
最後に、完璧ともいえる物語設計だ(なんかさっきも言った気がするけどまあいい)。序盤中盤のちょっとした描写が、後に少しずつ作品世界を切り開き、重要な場面で参照される。一気通読した今の時点ではほぼ漏れの無いと思えるパーツ間の相互連環は驚嘆するばかりだ。作品執筆をスタートした時点で、物語やキャラクターはどこまで緻密に構想されていたのだろう。私もアマチュアとして小説(『やくみん! お役所民族誌』 https://note.com/f_san/n/n91676c052e83 )を書いているが、思いつきで書いているうちに目の前の難局を以前書いたふとした場面と関連させることで切り抜けられたことが幾度もあった。しかし本作の相互連環の見事さはそのような思いつきレベルとは考えにくい。最初にかなり練り込んでおかないと、ここまでの世界強度は生み出せないのではないか。迷宮の王を誰が継ぐのかを巡る展開も二転三転、これがまた胸熱で、本当に心を惹き付ける力に満ちていた。ラスト二巻、最終決戦は13巻で描ききり、14巻は丸々大団円となる幕引きに向けた描写だ。ひとつ特筆するならイヅツミ、どのパーティどの人物とも馴れ合わぬ独立独歩の彼女が、95話において自由を獲得し、その上でパーティ各自の「これから」を訪ね歩く。彼女の異質性は間違いなく物語の各所で鍵を握っていたし、異質のままで良いとの彼女の得心を読者が共有する回だった。その他最終巻では、狂乱の魔術師、隊長、ヤアドら不安定なものを抱えていた人々にもきちんと結末を与えた。先王が別人の体を借りたこと、それが最後のここに結びつくとは。群像劇を統御し切り、読者の心に物語に沿って起伏をもたらした最後に、本当に見事な物語の着地を観ることができる。
というわけで、素晴らしい作品を読んだ充実感に今はひたっている。これだけの物語を丁寧に丁寧に紡ぎ上げて完成させた作者に心から拍手を送りたい。
アニメは現時点で第二話まで。第一話の「ヤダーッ」(原作第1巻20頁)、第二話の「もうこりッごり!!」(同112頁)など、原作再現度がお見事の演出。Triggerが地味だが手堅い作りをしているところにかえって本気度を感じている。これも続きを愉しみにしよう。
--------以下noteの平常日記要素
■前回以降の小説進捗
【やくみん第2話現在4,315字】
進捗なし。
■前回以降の法律学習ラーニングログ
【学習時間0h00m/リセット後累積88h26m/リセット前累積330h42m】
ダンジョン飯の興奮でノー勉強デー、悔いは無い。まあ布団の中でテキスト読みして、時間は明日につけようか。
■前回以降摂取したオタク成分
『ダンジョン飯』は上記のとおり。この欄ではあまり記録していないけれどコミックスはそれなりに読んでいる。『葬送のフリーレン』第17話、ううう、ダンジョン飯を読んだ後でフリーレンを観ると、エルフの長命を巡る話が共通するだけに、つい比較をしてしまって……本作は原作も展開が割とラフなので物語構築度の弱さが気になってしまう。こういう比較は良くないと分かってる。『休日のわるものさん』第1話、あー、半分過ぎまで観て、需要なしと判断。『NHKスペシャル 世界に響く歌 ~日韓POPS新時代』音楽関係の仕事をしている長男と一緒に視聴。今のミュージックシーンの最先端ってこうなんだなあ。私はK-POPはとんと聴かないので知らない世界だった。
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