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私たちフェミニストはトランスを排除しているのではない――「性別(sex)」という考えを捨て去ることができないだけだ

9月22日、思想家ジュディス・バトラーはNew Statesmanのインタビューに応えたが、その内容は、身体的性別(sex)に基づく権利と安全を主張する女性たちを、TERF(トランス排除的ラディカルフェミニスト)と断じて退けるものだった。これを受けてジェンダークリティカルフェミニストたちはバトラーへの批判の声を上げた。この記事はその一つである。

訳:TB

スーザン・ラスティン
『ガーディアン』2020年9月30日

 女性思想家の中で、その名を冠した潮流が存在する人を挙げてみてほしい。その種のものは男性思想家に由来するものがほとんどだ。アリストテレス派、儒教〔英語では「孔子主義」〕、トロツキスト、チャーチル派、等々。エリザベス1世とビクトリアという2人の女王は、ある一定時期のイギリスの歴史と文化の名前に付けられているが〔「ビクトリア朝時代」のように〕、これはまた別の話だ。

 実際、サッチャー主義を除いて、英国で一般的に使用されているような、女性の思想を記述する名詞を見つけるのは難しい。小説家のジェーン・オースティンやジョージ・エリオットでさえ、チャールズ・ディケンズ(ディケンズ風)やヘンリー・ジェイムズ(ジェイムズ風)のように、自分たちの名前を冠した文体を持っていない。

 これがなぜそうなのかは、明らかに大きな謎ではない。知的生活が主に男性によって管理されてきたからだ。これこそ、なぜヴァージニア・ウルフがあれほど画期的な人物であるのかの理由の一つであり、ウルフ派が上記のルール〔女性の名前を冠した潮流がない〕のもう一つの例外である理由でもある。彼女は常に思想とそれがどこから来るのかについて考えていた。「私たちが女性であるならば、私たちは母親を通して考え返す」と、彼女は女性の排除についての画期的な評論集『自分だけの部屋(A Room of One's Own)』の中で書いている。

 なぜ私は今こんなことを書いているのか? 最近の出来事が、他の多くの人と同じように、私にとっても、フェミニズムについて考えることがこれまでよりもずっと難しいものにしたからだ。直接の原因は、トランスジェンダーの運動をめぐる意見の対立と、イギリスで性別違和の治療のために紹介される少女の数が2009~10年の32人から2018~19年には1740人に急増している理由だ。しかし、これらの問題に関する議論は、より広い含意を持った亀裂を露呈している。

 これらの議論は今年の初め、労働党の党首候補の一部がフェミニストの運動グループWoman's Place UKを「ヘイトグループ」とする「トランス誓約」に署名した後に注目された。パンデミックの最初の数ヶ月間、敵対的対立は部分的に中断された。しかし、敵対的対立はその後再び爆発的に拡大し、英国政府が先週には、医療診断なしで合法的な性別を変更できるようにするための法律の変更に反対することを決定した(ただし変更プロセスはより簡単かつより安価になる)と発表するに至った。

 この話題は日常的に「有毒」と表現されており、多くの人がそれを避けようとするのは驚くべきことではない。しかし、このような回避は、フェミニストの政治哲学への関心の低さを示していると私は思う。そして、断層は二人の中心的思想家の支持者のあいだにある。

 シモーヌ・ド・ボーヴォワールの1949年の著作『第二の性』は、戦後のヨーロッパにおけるフェミニストのための舞台を設定した。彼女は、女性を従属的にしていた男性/女性のヒエラルキーを解きほぐそうと決意した。しかし彼女は、社会的な力だけでなく、生物学的な違いも重要であると信じていた。「身体は世界を把握するための道具であり、世界は、ある方法や別の方法で理解されたとき、非常に異なるものに見えるに違いない」と彼女は書いている。

 その後の論者たちはこの考えを発展させ、「ジェンダー」という言葉を導入し、フェミニズムのアプローチを歴史、法律、文学研究、さらには社会運動などの分野にまで広げていった。イギリスのアヴター・ブラ(Avtar Brah)やアメリカのキンバリー・クレンショーなどの学者たちは、白人フェミニズムがいかに黒人や少数民族の女性の経験を消去しているかについて、重要な洞察を提供した。しかし、女性は女性の身体から作られる(「生まれるのではない」)という考えは、1990年代初頭までほとんど受け入れられていたが、米国の哲学者ジュディス・バトラーがこれを覆そうとした。

 バトラーの主張は、彼女の著書『ジェンダー・トラブル』と『Bodies That Matter』の中で、性別(sex)は「もはや身体的に与えられたものではなく」、言説的な概念であって、「時間をかけて安定する物質化のプロセス」である。フェミニストは自分たちの政治を支えるものとして性別化された身体(sexed bodies)を扱うのではなく、ジェンダーの流動性を受け入れるべきだと彼女は主張した。家父長制からの解放は、異性愛主義に対するゲイ、レズビアン、トランスジェンダー、クイアといった反乱者たちと一緒に勝ち取ることができるだろうと。

 フェミニストはバトラーやボーヴォワールの影響を受けるのに必ずしも彼女らのものを直接読んでいる必要はない。多くのマルクス主義者もマルクスを読んではいない。そしてもちろん、トランスの経験はバトラーから始まったわけではない。トランスのアイデンティティと政治についての議論は、トランスの著作家から始めなければならない。しかし、一方におけるボーヴォワール的なジェンダー・クリティカル・フェミニストと、他方におけるバトラー的なクィア・フェミニストの間の行き詰まりを克服しようとするならば、哲学的な基礎と、彼らの意見の相違の実際的な意味合いを認識することが不可欠である。特に、「トランス」や「トランスジェンダー」という用語の範囲が拡大し、もはや医学的・外科的な性別移行を受けた人々だけを指すのではなく、さまざまなアイデンティティを含むようになったことで、トランス活動家とフェミニズムとの関係も変化してきたことを認識すべきである。

 それは、私を含め、ジェンダー・クリティカルなフェミニストが身体を重要視しているからだ。もちろん、LGBTQの活動家の場合と同じように、私たちもすべての点で同意しあっているわけではない。しかし、大まかに言えば、女性の生活は男性との身体的な違いや、そこから派生する文化的な意味によって形作られているというのが私たちの分析だ。例えば、女性の家事労働や介護労働の搾取は、生殖における私たちの役割と関連している(正当化されないが)。女性の解剖学的構造は、レイプによる妊娠などの性的暴力に対して、特定の方法で私たちを脆弱にしている。私たちの乳房は、女性の間で最も一般的ながんの発生部位である。

 私たちは、性的差異が人間の経験の重要な側面であることを理解し、そのことを認める平等の形を求めている。私たちは、ジェンダー・アイデンティティ(男性であるか女性であるかの感覚)というはるかに新しい概念を代用品としては受け入れない。そして、私たちは、バトラー派のフェミニストが提唱するような、よりインクルーシブな用語を支持して「性別(sex)」を捨てることができるという考えは、認識が甘いと考えている。なぜなら、「性別(sex)」が語られ、考えられなくなったら、欧米諸国だけでなく、世界中で、性別に基づく抑圧をどのように認識し、取り組むことができるのか?

 こう言う人もいるだろう。私は性別に基づく権利のために闘うと同時に、ジェンダー・アイデンティティの概念を受け入れることもできる、と。バトラー理論に帰依しているからといって、中絶の権利を擁護できないわけではないと。短期的にはもちろんそうだ。問題は、この種の政治的実践が理論に基づいており、理論から自由になることはできないということだ(そう望む人もいるかもしれないが)。時間が経つにつれて、主観的で不安定な定義によって作られた内的諸矛盾が、ジェンダー・ベースのフェミニズムを〔女性の権利運動から〕引き離していくだろう。

 私がボーヴォワール的フェミニズムと呼んでいるものに固執することで、私は他の誰かを間違っていると示すことを目的としているわけではない。トランスの人々にとってジェンダー・アイデンティティという概念が重要であることは認識している。しかし、私のようにジェンダー役割に疑問を持ち、私たちの性別のために権利主張することがフェミニズムの核心であると考えている女性に対して、その概念(そしてそれに伴うシスジェンダーという用語)を押しつけることはできない。また、先週バトラーがしたように、私たちを「トランス排除的なラディカル・フェミニスト(trans-exclusionary radical feminists)」と表現するのは正しくない。ジェンダー・クリティカル(GC)フェミニズムはそれよりももっと多様だ(私自身に影響を与えたものには、たとえば、クライン派の精神分析〔フロイトの弟子の一人であるメラニー・クラインの精神分析理論〕や進化生物学が含まれる)。

 このことは、「GC」フェミニストが偏見を支持したり、トランスジェンダーの人々が直面する障害や偏見を気にしなかったり、性の発達に違いがある人々の存在を否定したりすることを意味するものではまったくない。それが意味するのは、私たちの考えでは、自分自身について考えるためのひとつの方法としての性別(sex)を拒絶することは、とんでもない間違いだ、ということなのだ。そして、私たちは、意見の異なる人たちと敬意を持って議論できるようになりたいと切に願っている。

 世界中で、LGBTQの人々の権利だけでなく、女性の権利も脅かされている(イギリスでは、最近の調査によると、18歳から24歳の男性の半数以上が、フェミニズムは「行き過ぎた」と考えている)。フェミニストがこうした攻撃に反撃するためには、私たちが直面している問題を明確に分析することがその第一歩なのだ。


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