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そのドクターは信用できる?【読書感想文】

新しい作風を浴びるのは気持ちがいい。そう思える読書体験ができました。


この作品を読みました

エマ・トルジュ 田辺千幸訳「はじまりの歯」(『SFマガジン』2023年4月号、早川書房)

(ヘッダー画像は作品の主題ーー次の世代ーーに合わせてお借りいたしました。この場を借りて御礼申し上げます)

SFマガジン解説によると初出はLightspeed誌(2018年6月)。英語なら無料で読めるのだが、本記事の筆者は英語が駄目なので日本語訳で読んだ。翻訳というのは本当にありがたいのです。

作者さんのホームページはこちら。SFマガジン解説にあるように世界幻想文学大賞のショートフィクション部門のほか、2015年に”Word of Mouth”でオー・ヘンリー賞を受賞している。「No social media, so to be clear」と述べたあとで、思想信条を3行にわたって載せたりと、いまの問題への関心を強く表す作家さんのようだ。

あらすじ

再生母と呼ばれる女性たちがいて、18世紀のロンドンにも彼女たちの一人、すなわち16歳のわたしがいて、空腹だった。毎週木曜日に売りに出す自分の歯の世話になっている、ケーキ大好きな上流階級の女性たちとは違って。

ある時、わたしは、当時は歯科医として生計を立てていたドクターによって、再生母であると見抜かれてしまう。ドクターには再生母の解剖経験があったからだ。気づいてなお、ドクターは秘密を守ってくれた。

抜歯は痛いから、わたしは歯を売るのをやめて、産婆見習いをはじめた。ドクターからは距離を置くようになって、さらに10年近く経ったとき、ドクターがわたしに再生母の妊婦を紹介した。再生母は傷では死なないが、出産では確実に死ぬ。

感想

サスペンス(気になることの提示を先延ばしにする、くらいの意味)があってドキドキできた。一人称の語り手(わたし)と違って、読者には、ドクターがどこまで信用できるのかわからない。たとえば、冒頭にこんな文がある。

彼(引注:ドクター)の学位や名声が広く世に知られる以前、コレクションに加えるために彼が根気強く死体を収集するようになる以前、かれがまだとても若くて、歯科医として収入を得ていたころのことだ。

『SFマガジン』2023年4月号、p120

約一世紀ズレるのは承知の上で書くけれども、ドクター・フランケンシュタインを連想させる一文だ。

(解剖や献体という今日の営みに非難を加える意図は無いです。本作のなかにはサスペンスという技法が入っていますよ、と説明するための引用です。なにとぞご容赦ください)

おかげで筆者は、ドクターはわたしを将来のコレクションとしてだけ見てるんじゃないか、相手が誰であっても権利を尊重する善良なドクターだとしても、己の野心に負けてしまうんじゃないか、と悪い方向への想像が膨らみ始めて緊張してきた。

上記のようにサスペンスがあるおかげで、本作は理屈抜きでも面白くて、読めてよかったです。

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