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ポーランドのボクサー榴弾砲

ある本から別の本へ、つながりをたぐりよせて読んでいくのは楽しい。

『フルメタル・パニック! FAMILY』という長寿シリーズ(略称フルメタ)の最新作をきっかけに『ポーランドのボクサー』を手に取り、それぞれの登場人物について身勝手な憶測をめぐらせる、そんな読みをした。

ヘッダー画像は、移動や引っ越しといった、上記二冊の本に共通する点にちなんでお借りいたしました。この場を借りて御礼申し上げます。

読んだもの

これは、以下二冊の話をする記事です。

エドゥアルド・ハルフォン著・松本健二訳『ポーランドのボクサー』白水社, 2016

著者の祖父母は東欧、ないし地中海にルーツがある。著者自身はグァテマラに生まれ、1981年に内戦を逃れるためアメリカ合衆国にわたって英語で教育を受けたのち、学生ビザ期限が終わってグァテマラに戻り、数年後にスペイン語で小説を書きはじめた。インタビューでは「どこにも、決して属さない、何かの一部になることは絶対にないという感覚(中略)極めて僕個人に特有の感覚でもあります」と述べている。

本書は、著者がこれまでに発表した作品のうち、中編二冊の各章と短編集の作品を、著者の指示に従って並べ直して一冊に編集した本である。

以上は『ポーランドのボクサー』訳者あとがきと、エドゥアルド ハルフォン 飯島みどり, 「インタビュー 人間の真髄を嵌め込むモザイク」, 『世界』, 岩波書店, 2014-08,285-293による。インタビューは国立国会図書館から有償で取り寄せ可(要アカウント)。

賀東招二, 『フルメタル・パニック!FAMILY』, KADOKAWA, 2024, kindle版

フルメタル・パニック、というライトノベルシリーズ(略称フルメタ)の最新刊。約9mの人型二足歩行ロボットが実用化している、我々の知る地球とは別の地球が舞台となっていて、たとえば、このシリーズにはボクサー社という架空の兵器メーカーが登場する。

本書は2010年に発表された最終巻の約20年後を舞台としており、主人公の宗介とかなめの(いわゆる)その後を描く。往年のファンの期待にこたえる作品で、本記事の筆者にとっても嬉しい一冊。

あらすじ

ポーランドのボクサー

おそらくは20世紀末かそれより後、著者と同じハルフォンという語り手が、急に大学に来なくなった教え子を探したり、仲が良いとはいえない妹の結婚式に出たり、あるいはその他の理由で、テクパン、ダーラム、ベオグラード、テルアビブ、ワルシャワを訪れるさまが、カットバックで語られる。

フルメタル・パニック!FAMILY

おそらくは2020年代前半、日本に住む平凡な高校生田中一郎のクラスに、夏美ナミという転入生がやってきた。この転入生は、どこに住んでいたのかときかれて「リベルダーデ、フェアバンクス、カブール、ベーカーズフィールド」と答えるなどなど、どうにも平凡ではないところがあった。

感想

本を読むとき、読者はなんらかの期待をもって読むことがある。『フルメタル・パニック!FAMILY』の夏美も、そういう読みをすることがあるようだ(注1)。

「すごいね、聞いたことのない作家ばっか。えー、エドゥ……ハルフォン?」
「あ、それ、グァテマラの作家で、オートフィクションっていう私小説みたいなジャンルを書いてて。あ、特別好きって言うわけじゃなくて、ちょっと興味があったから読んでみただけで……。でもね、作者の出自が複雑なのはちょっと感情移入できるかな…って、すみません……」

『フルメタル・パニック! FAMILY』第一話。段ボールの底が抜けて夏美の蔵書がこぼれおちたあと、一郎と夏美が言葉を交わす場面。

さて、夏美の期待は満たされたのだろうか。上記の場面に出てくるハルフォンの本が『ポーランドのボクサー』だと仮定して、憶測してみるとする。

本文中の描写を拾うかぎり、夏美は父と二人で世界各地を転々とすることが多く、母や弟と同じ屋根の下で暮らす機会はほとんどなかった。オンラインと家庭教師による教育は受けていたとはいえ、学校に通うこともまれだったらしい。夏美は家族と日本語で話しているようだが、これまで訪れた土地の中には日本語が多数派ではない土地もあった。

もしかすると、作者ハルフォンがインタビューで述べた「どこにも、決して属さない、何かの一部になることは絶対にないという感覚」に近いものを、夏美は抱いてすらいるのかもしれない。

『ポーランドのボクサー』の登場人物はといえば、(オートフィクションの語り手をどれほど作者と同一視していいのかわからないのだが)語り手のハルフォンや、ピアニストのミランは、自分が多数派として存在できる特定の「故郷」を持っていないし、ミランはハルフォン以上に旅が生活の一部になっている。

想像をたくましくすると、兵役後、旅に出たのちにフライトアテンダントとなったタマラは、各地を飛び回りつつ火器の取り扱いを覚えた夏美の共感をひきつけたかもしれない。自分が親から受け継いだ属性の一つを強化することで自分の帰属先を設定し直したハルフォンの妹に、将来の可能性の一つを見出したかもしれない。

仮定と憶測ばかりになってしまったが、夏美がハルフォンにかけている期待は、ある程度は満たされると、言えなくもないようなきがする。


(注1)ここに引用した場面がきっかけで、本記事の筆者は『ポーランドのボクサー』を知った(Google検索 ハルフォン グァテマラ)。ちなみに、ハルフォンの名は出ても、書名は出てこないから、もしかしたらフルメタ世界では『ポーランドのボクサー』ではなく、別の単行本が(も)日本語訳されているのかもしれない。

 さらに、本文の描写と、描写されてないものから想像するに、段ボールの中身は、おそらく以下ではないものが多数を占めていたのだろう。

 一枚紙や勉強用のノートでもなく、スポーツに関するものでもなく、ヨーロッパに関するものでもなく、教科書にのったり賞をとったり話題になったりする日本語作家の本でもなく(宮沢賢治は例外)、改変歴史SFでもなく、スペイン文学ないしスペイン語作家のものでもなく、作家ではなく筆者や著者、学者といった単語のほうがなじむだろう本(たとえばノンフィクションや実用書、学術書、図鑑)でもないもの。

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