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笛を吹くなといったニンゴブルの情報源

七つ目のニンゴブルは「正体不明の笛など絶対に吹いてはならん」(*1)と、被後見人にしてネーウォンを縦横無尽に冒険してきたファファードに命じた。平生のニンゴブルらしからぬ簡潔明瞭な物言いで。

(この記事は、フリッツ・ライバーという作家の小説に登場する笛に注目し、近いジャンルで笛が出てくる小説をあれこれ引用して、あたかも小説という形で発表された事実があるかのようなごっこ遊びをして楽しむと、いう趣旨のものです)

(笛つながりでみんなのフォトギャラリーから画像をお借りしました。この場を借りて御礼申し上げます。)

ファファードは師の命令を素直に受け入れたが、別の冒険者だったら違った反応を示したかもしれない。

運命の大迷宮に潜る冒険者たちにとっては、というのは拾ったそばから吹いてみるものだ。そうすることで笛の正体を看破――単なるブリキ(錫)の笛なのか、ありがたい魔法の笛なのかどうか識別するのだ。(*2)

ところが、ネーウォンでは錫の笛(*3)を拾っても軽はずみに吹いてはいけないらしい。前後の文脈からしても、警告の力強さは明らかだ。

「では、もう一つ。錫の笛はどうなる?」ファファードは歯がみしてたずねた。
「それがだな、残念ながら錫の笛についてはなに一つわからん。いま、その笛をもっているか? ちょっと見せてくれんか?」
 ぶつぶついいながら、ファファードは巾着から錫の笛をとりだし、焚き火の横をまわってそれをさしだした。
「それを吹いてみたことはあるか?」ニンゴブルはきいた。
「いや」ファファードは驚いたように答え、その笛を唇に近づけた。
「吹くな!」ニンゴブルが金切り声を上げた。「とんでもない! 正体不明の笛など絶対に吹いてはならん。それは残忍な番犬や警察よりも恐ろしいものを呼び出すかもしれん。さあ、ちょっと見せなさい」

フリッツ・ライバー著 浅倉久志訳『ランクマーの二剣士』
(原著1968)東京創元社、2005、p267

いったいぜんたい、ニンゴブルは何を根拠に笛を吹くなとファファードに命じたのだろうか?いくつかの情報源が想定できる。

1.ニオルド=ジェームズ・アリスン

笛を吹くと何らかの敵が現れるという線でいくと、病床にあったジェームズ・アリスンという男が輪廻の一環を垣間見て語った、ニオルドの妖蛆退治がある。この話では、以下のように何度か、笛について言及がある。

そのとき不吉な笛の音がかすかに響いたかと思うと、半人半鬼とでもいうべき一つの禍々しい影が穴から飛びだして、その不気味な調べに合わせて踊りだした。その笛はそいつの奇怪な手に握られていた。

ロバート・E・ハワード 著 夏木健次 訳「妖蛆の谷」
(『黒の碑』東京創元社、1991所収、p148)

穴から聞こえてきたのは、魔の笛を思わせるある奇怪な音色で、それが狂乱の調べを奏でていた。深淵の暗黒を覗きこむと、そこにかすかに見える不気味な蠢きは、何やらある白い巨大な塊のものであった。

上掲書p157

ニオルドの妖蛆退治では、笛によって奇怪なものが呼び出されるわけだが、読み進めるほど奇怪なのはむしろ笛なのではと思えてくる。

とはいえニンゴブルのことだから、ほかにも笛についての逸話を仕入れてそうである。

2.M・R・ジェイムズ

諧謔精神あるニンゴブルは、別の情報源もまた楽しんだかもしれない。20世紀初頭のイギリス人M・R・ジェイムズの著作「笛吹かば現れん」からも学んだのではないだろうか?

ジェイムズは、存在論の教授で幽霊を否定するパーキンズという男が、文字通り掘り出しものの笛を吹いてあわやという目にあう話を伝えている。ちなみに、この笛は青銅製であって、ブリキ(錫)ではない。(*4)

なにせニンゴブルだから、20世紀のイギリスと関わりをもつことくらいお茶の子さいさいだろう。

なお、21世紀に入ってからマイクル・チスレットという人物が、ロンドン郊外に出現した笛と、笛が呼び出すより恐ろしいものについて述べている(*5)。

笛が呼び出したものに対抗するには何者が適任か? という質問にチスレットは答えを与えてもいるのだが、その答えは、浮気症の英雄には手が届かないものといってよさそうな存在である。

作り話から学ぶものがあるのか?という質問については、ニンゴブル最愛の諺「芸術的な嘘をつく者は、おのれが決して知らぬほど真実に近づいている」(*6)が回答になるとして…。

謎はのこる。笛についての物語など無数の宇宙のなかで無数にあるだろうに、なぜニンゴブルは20世紀イギリスに狙いを定めたのだろうか?

追記1:恥ずかしい話ですが、ロバート・バーンズの同名の詩があると述べる『M・R・ジェイムズ怪談全集 1』の解説をすっかり見落としてました。きっとニンゴブルのことですから、バーンズのことも知っていたでしょう。バーンズのほうは、Google Booksにある、こちらの本で読めます。PDFのページ数でいうと359/397です。

追記2:年代順にすると、バーンズ、ジェイムズ、ハワード、ラヴクラフト、ライバーの順番です。バーンズまたはジェイムズを、ハワードとラヴクラフトが別々に読んだのか、いわゆるラヴクラフトサークルのなかで情報交換がされたのか…。調べるには、時間とお金と英語力がかかりそうです。

3.H・P・ラヴクラフト

答えは20世紀のアメリカ、すなわちニンゴブルと極めて親和性のある時点に存在するような気がする。たとえば、1939年に発表されたラヴクラフトによる「文学における超自然の恐怖」が、M・R・ジェイムズ氏の著作について触れている。そのなかには「笛吹かば現れん」も含まれる。(*7)

このように、ラヴクラフトの「文学における超自然の恐怖」がニンゴブルをして、M・R・ジェイムズを古遺物の権威として注目するよう促したのかもしれない。

もうすこし時間線をさかのぼり、かつニンゴブルの張り巡らせる情報網のことを思うと、1936年にラヴクラフトがフリッツ・ライバーという作家にあてた以下の書簡を、ニンゴブルが盗み見た可能性すらある。

ところで――私は、いつかヤルキサガと輩下の戦闘猫のことを読みたいと思っています。彼等は、銀の笛の音を聞くと集まってくるそうです。戦闘猫というと、(後略)

佐藤嗣二訳「フリッツ・ライバー宛1936年12月19日付書簡」
H・P・ラヴクラフト著 矢野浩三郎監訳『定本ラヴクラフト全集10 書簡編・II』
国書刊行会、1986、p256

往復書簡のうち伝存するのは片方だけという歯がゆさはあるものの、この書簡から想像するに、どうやらフリッツ・ライバーは猫を率いる戦士の話を、ラヴクラフトに伝えていたようである。

冒頭で述べた錫の笛の正体を思えば、ジェイムズの怪談と同じくらい、この書簡も重要そうだ――ニンゴブルをして笛を吹くと恐ろしいものが現れる可能性を思い出させ、すんでのところで「正体不明の笛など絶対に吹いてはならん」と、禁止命令を出さしめた決め手かもしれない。(*8)

注釈

*1 フリッツ・ライバー著 浅倉久志訳『ランクマーの二剣士』(原著1968)東京創元社、2005、p267

*2 Nethackというダンジョン探索コンピュータゲームでの話

*3 Google Booksで調べた限り、原文ではtin whistleである(錫ともブリキとも訳せる)。Nethackではmagic whistleに対して、非magicのものとしてtin whistleがある。おそらくNethackは、magicに対する普通、とるに足らないものとしてのtinを採用したのであって、ファファードアンドグレイマウザーの影響ではないだろう。

*4 M・R・ジェイムズ著 紀田順一郎訳「笛吹かば現れん」(原題はOh Whistle, and I’ll come to you, My Lad、材質についてはp139に記載あり)(『M・R・ジェイムズ怪談全集 1』東京創元社、2001に所収)

*5 マイクル・チスレット著 牧原勝志訳「笛吹くなかれ」(原著2017、原題はThe Whistle Thing)アトリエサード編『ナイトランド・クォータリー vol.11 憑霊の館』2017、書苑新社に所収

*6 フリッツ・ライバー 浅倉久志訳「魔道士の仕掛け」(『霧の中の二剣士』東京創元社所収、p219)

*7 H・P・ラヴクラフト著 大瀧啓裕訳『文学における超自然の恐怖』学習研究社、2009, p134 発表年はp282の作品解題による。同書では「ああ、若者よ、笛を吹けば、我行かん」と翻訳されている。 

*8 そもそも怪しい笛というアイデアは別にジェイムズ(というか欧米)の専売特許というわけじゃないよ、と教えてくれるハラハラドキドキの作品に出会えた。こちらの作品。
勝山小百合「その笛みだりに吹くべからず」(井上彼方 編『SF アンソロジー 新月/朧気木果樹園の軌跡』Kaguya Books、2022に所収)。



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