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飯テロ小説としても読めるキューゲル

飯テロではないようにみえて熟読すると飯テロ。ジャック・ヴァンスの「魔術師ファレズム」を、そんな作品として紹介してみる。

未読の人はこれを機にキューゲルを知っていただければ、既読の人はへえ、と生ぬるい目で見ていただければ。

作中に出てくる料理にあわせて、イラストをみんなのフォトギャラリーからお借りしました。見切れてしまい申し訳ありません。この場を借りてお詫びと御礼申し上げます。

あらすじ

全体の五割くらいまでのあらすじは以下の通り。

身から出た錆で、小枝や胆嚢で食いつなぐ旅を強いられている切れ者(自称)キューゲルは、道中で断崖に彫刻をほどこす仕事があると知り、三度の食事や妖精の館といった福利厚生だけをせしめようともくろむ。

ところが、事業主たる魔術師ファレズムはキューゲルに爪占いをするなり不採用を告げた。

空きっ腹のキューゲルは、ナマコとウニとスーパーボールをかけあわせたような生き物を見つけて腹に詰めこんだが、その生き物こそ、魔術師ファレズムが500年かけ、断崖彫刻をもって追いもとめていた<森羅万象>だった(<森羅万象>は味も栄養分もない。つまりチョコではない)。

切れ者(自称)キューゲルはファレズムの怒りを逃れることあたわず、胃袋を飛びだし過去へひっこんだ<森羅万象>を連れもどすため、百万年前に飛ばされるのだった。魔術師の計算によれば、<森羅万象>は胃袋を飛び出してそこにいるのだとか。

本作はこちらに収録↓

印象に残った場面

ジャック・ヴァンスといったら、日常生活ではめったにお目にかかれない言葉遣いの数々。本作もその期待にこたえてくれる。

たとえば「銀の鎖に結ばれている冷たい白い炎」(p182)という表現だ。炎なのに冷たく、そのうえ鎖で結ばれているという、一種の撞着語法がなんとも魔法らしく、それでいてさりげない。

さて、今回飯テロとして紹介したいのは、もっとさりげなく、造語も修飾もない、およそヴァンスらしからぬ控えめな場面だ。

仕事にあぶれて、どうしようもなく腹ペコなキューゲルが作業員たちの食事を見つめる場面。ここだけは「ミートパイ、チーズ、塩漬けの魚」(p154-5)と、いうようにシンプルな表現が使われている。

ところで、キューゲルというのは、たとえ飢えていても、食べ残しを分けてやろうという申し出は断るほどにプライドが高く(p155)、公の場で口に出すことがはばかられるようなことばかりやらかしていて、遠巻きに眺めているくらいでちょうどいいかどうかといった感じの、できることなら関わりあいになりたくない輩だ。

しかし、飢えたキューゲルが食事を見つめる、というこの場面(p154-5)に出くわすと、私はついついキューゲルに共感してしまった。延々と徒歩の旅をつづけて腹ペコのところに、ミートパイにチーズ、塩漬けの魚。――そんな塩っ気のある食べ物を見せつけられたら、たまらんよ。

飯テロというには地味ながら十分に飯テロな場面だとおもう。

あと、ヴァンスで食事といえば『闇に待つ顔』のダー・サイ料理の解説は、意表をつくものだったなあ。


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