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岡村巨像合戦

 とととん(届くよ)
 ぽん(わかった)

 この手のことは何度も経験済みだけど、いつも手と腋が汗でぐちゃぐちゃになって臭くなるし、ふくらはぎに何かが這い回るたびに、うげッってなる。虫刺されはいうまでもない。

 北の稜線の見張りは二人。ウチらは笹薮から跳ね起きて、星明りをだけを頼りに、墨で黒くした九寸五分を投げる。アヤメちゃんが一人仕留めたけど、ウチはしくじったらしい。

「く、くせも…」
 見張りが巨像のほうによろめきながら、声を上げようとする。
 アヤメちゃんが飛び出して、すぐに息の根を止めてくれた。

「だいじょうぶ?お蝶ちゃん」

 うっかり足を滑らせた私に差し出されたアヤメちゃんの手は、臭くないどころか何にも濡れてなかった。この子の黒玉みたいな瞳に星が映っている。
「うん、ありがとう」

ウチらは丘の下のお兄ちゃんたちに松明で首尾を知らせた。

―――

「鹿太郎、この文書は我が紅葉家の宝だ」
「字がきたなくて読めないよ。なんて書いてあるの?」
「だいたいこんなところだ。『冬至の日、お天道様が出てから沈むまでの間、丘の上にある巨像様が影を投げかけている土地は、われわれ紅葉家のものだから誰も…』」

 お父さんの話より頭のほうが面白かった。去年、何も言わずに突然、髪の毛を全部剃ってしまって、灯りが映るくらいにピカピカだからだ。
「じゃあ、お月さまの出ない夜は、誰のものなの?」
「コラァッ、鹿太郎!人の話を遮るんじゃないっ!」

―――

 頭上から蹄の音が響いてきた。巨像めがけて南に掘り進めている坑道の天井が震えて、ホコリがおちてくる。俺はくしゃみを必死で堪えた。

「なあ幸兵衛、俺たちは生き埋めになっちまうのか?」

 乙次郎が手を休め、ふるえ声で問いかけてきた。暗闇で見えないが、きっと顔色も悪いに違いない。

 「いいか、今はな、あの巨像をひっくり返すことだけ考えてろ」

【続く】

20201219加筆
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いきなり買うのが心配な方は梗概もどうぞ。


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