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白馬と盗賊のニューヨーク【読書感想文】

盗賊と馬が出ればヒロイックファンタジー、たとえNYが舞台でも。と、いうのは言いすぎかもですがヘルプリンの『ウィンターズ・テイル』はヒロイックファンタジー(剣と魔法、Sword & Sorcery)好きとして大満足でした。

この作品を読みました

マーク・ヘルプリン 岩原明子訳『ウィンターズ・テイル』上下、早川書房、2014の電子版(ハヤカワ文庫epi)、原書は1983年、同訳者によるハヤカワ文庫FT版は1987年。

本作はニューヨーク(市)を舞台に、19世紀末から約100年にまたがって展開する小説だ。4部に分かれていて、邦訳では上巻と下巻で2部ずつわけて収録されている。

あらすじ

「わたしは別の世界に行って帰ってきたんだ。さあ、話を聞いてくれ」

題辞より

と、述べることで、語り手は読者を冬のお話に引き込む。時代は戦争と言ったら南北戦争だったころで、そんな別の時空の冬で何が起きていたのかというと…。

ブルックリンの厩舎からは知性ある白馬が逃げ出して西へ向かい、マンハッタンではモグリの盗賊ピーター・レイクが、ギャングのショート・テイルズ団を相手に逃げ回る。絶体絶命の窮地においてピーターは白馬と出会い、彼の助けを得てひとっ飛びに逃げおおせた。

この逃走劇を読んだ瞬間、私のなかで、ヒロイックファンタジーの舞台としてのニューヨークが出来上がった(ただし、ヘルプリンの読書歴は分からなかった)。

モグリの盗賊といったらファファードとグレイマウザー、知性ある馬(のようなもの)といったらディルヴィシュの相棒ブラック(*)。ギャングのボスたるパーリー・ソームズは、色彩について部下にも理解できない執着をもつ。まるでランクマー盗賊組合のプルグのように。アクの強い登場人物たちが集まるNYは、さながらPlanescape: Tormentの街シギルだ。

東京創元社編集部・編『創元SF文庫総解説』第4回がディルヴィシュを取り扱ってます。

読み進むにつれて、作中のニューヨークはますます不思議で、時間や因果すら私の常識を超えて変わっていった。

感想

本作を読んだきっかけは、フリッツ・ライバーの死亡記事が、ジャンル外におけるライバーの後継としてマーク・ヘルプリンを挙げていたからだ。同誌によればヘルプリンは、ライバーのhaunted compassionの徴を示しているらしい。

Inside the field of science-fiction fantasy, his heirs include James Blaylock and Tim Powers; outside the field, urban fantasists like Mark Helprin show signs of his haunted compassion.

1992年9月13日付 Independent誌より

haunted compassionというのが私にはピンとこない。日本語にすると、精神の苦しみに対する奥深い共感ないし同情といったことだろうか。「痛み止めの対価」に見られるような。あるいは「モーフィー時計の午前零時」における、なにかに取り憑かれた人を論難しない語り手の態度のことだろうか。

『ウィンターズ・テイル』でhaunted compassionといえそうなのは、賭けビリヤードの場面かもしれない。

不可能と分かっていることに挑戦しなくてはいられないほどの悲しみを抱え込んだ人物某が、1万ドルの賭けビリヤードに挑む場面だ。ルールも知らないのに無謀な額を賭けた人物某に、語り手は優しい目線を向けていた一方で、対戦相手や見物人にはからかうような目線を向けていた(第四部「6 エクス・マキナ」)。

本作とは別の短編「シュロイダーシュピッツェ」(柴田元幸・斉藤英治編『世界の肌ざわり』1993、白水社に収録)の語り手も、主人公の写真家にhaunted compassionを向けていたかもしれない。上述の人物某と同じように、写真家もまた悲しみを抱えていた。

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