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『ブラック・トムのバラード』の読書感想文―どのようにして21世紀にクトゥルーものを書くか

ヴィクター・ラヴァル 著 藤井光 訳『ブラック・トムのバラード』東宣出版、2019(原著2016)

 本記事は、上記図書の感想文です。この本を「読んで何を考えたか」タイプの話と、この本は「どのように書かれているか」タイプの話が混ざっています。ご容赦ください。
 ネタバレもあります。差し出がましいようですが、もしよければ小説を読んだあとでご覧ください(以下ネタバレ回避のため画像を挿入)。

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 ラヴクラフトには人種差別という点で批判があります。その批判は、もっともなものです。なお、筆者がラヴクラフトの人種差別の面を知ったのは、ミシェル・ウエルベックによる伝記を読んだためです。

 以来、筆者は、ラヴクラフトあるいはクトゥルー好きとは、言い出しにくくなりました。
 そんななか、本書をSFマガジン2020年4月号の書評欄(p157、笹川吉晴さんの記事)で見つけました。読もう読もうと思いつつ、一年くらい経ってようやく読みました。
 よかったです。

 結局のところ、著者ラヴァルの献辞が全てを物語っていると思いますが、あえて書くならば…。
 20世紀の作品を読み返すと、ラヴクラフトに限らず手放しでは褒め称えられない部分があります。100%肯定することは難しい昔の作品に、愛情と批判の両方を注いだのが本書だと思います。読んだあとしばらく、胸を打たれてぽーっとなってました。

 ちなみに、著者はラヴクラフト「レッドフックの恐怖」を語り直すことに加えて、新しい要素も入れています。
 新しい要素にくわえて、ラヴクラフトが取り入れなかった要素も、著者は足しています。たとえば、西インド諸島由来の料理や、第一次世界大戦に参加したアフリカ系アメリカ人部隊の第369連隊への言及です。

 また、本作からはラヴクラフトはもちろん、彼の周囲への愛情も感じ取れます。
 たとえば、登場する私立探偵の名前と出身地、事件について質問したがる人物の居住地です。
 一方で、批判を込めた描写も、深読みできます。
 たとえば、先述の私立探偵の振る舞いを読み、元ネタに気付いたときのことです。筆者が連想したのは、私立探偵の元ネタであろう某作家の書いた某ヒーローが肌の色について述べる場面です。
 また、登場人物がゴーグルをかけた結果、目が拡大して見えるという描写は、インスマス人を意識してのことかなと思います。言い換えれば、著者は外見についての差別も視野に入れたのかもしれません。
 ゴーグルの件は、する側からされる側に変わることは、誰にでもありえると、いうようにも読めます。

 とにかく読んでよかったです。
 著者はもちろん、翻訳や編集、出版、流通、宣伝などなど、本書に関わった皆様に感謝いたします。

Photo at header by Sebastian Staines on Unsplash


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