野呂亮くんの恋

喫茶店『南風』初めて来た時から居心地良くて結構気に入っている。
人間界の金なんて持ってないから支払いは野呂亮くんのバイト代から引かれている。
ゴツゴウシューギでそこら辺は誤魔化している。

今日はじめて知ったことがある。
野呂亮くんは一目惚れもするし、恋愛になると知能指数？みたいなものが大きく下がるらしい。
……元からちょいちょい変なやつだとは思っていたけどな。
バイトに行く前は鏡を見ながら「帰りたい」と独り言を言ってみたり。
ママさんに話をうかがうと、小学生の卒業文集に「将来の夢はエビフライ。海を泳いでカラッと揚げられて食べられる。潔い人生じゃないか」などと書こうとして担任に相談されたらしい。

で、その珍妙な青年の新発見に至ったのは，彼の今日のバイト先での出来事だった。
２人組の女性が入った時から掌を返すように色々と態度が変わったのだ。
おかっぱ頭の小柄なお姉ちゃん……連れの女性にサヤちゃんと呼ばれていた。
連れのメガネをかけたおばちゃんのことは野本さんと呼んでいた。
2人は店の奥のテーブル席にかけて小声で何かを話している。俺のカウンター席からでは聞こえない。

サヤちゃんを目にした瞬間、
一瞬息を飲み、呼吸が止まったように見えた。
ドキッ！バコンッ！と心臓の音が店内に響くような音がしそうな勢いで野呂亮の態度が変わった。

爽やかな笑顔を作り普通の接客をしていたり。
手が空いた時は店長に店内を掃除してきます。ゴミ捨てに行ってきます。他にお仕事ありませんか？とまめにハキハキと声をかけ、テキパキと動いている。
それが普通だろ？　と仰ってほしくない。

普段は「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」などの接客用語を、他の言葉で空耳チャレンジしているし。
「『シャウエッセン』っていらっしゃいませに聞こえるよね？」などと聞かれたこともあったな。
店長に「週0のバイト先とかご存知ありませんか？」などと聞いて「ないから。それよりピッチャーの水換えてきて」とあしらわれていたり……が日常の姿だった。

普段しない動き、笑顔で軽く息が上がっている。
口元が引き攣っている。表情筋も筋肉痛とかあるんだろうか？
呼吸を止めて1秒真剣な目をするどこかの野球少年のような爽やかさは野呂亮にはない訳で。

呼吸一つでわかりやすい男だなと呆れて……意中のサヤちゃんとやらが、どんな女性か探りを入れたくなり会話を盗み聞きすることにする。
ゴツギウシューギ。ラミパスラミパス。ドートデモナーレ⭐︎聴覚の拡張と。

「この後は何件まわる予定でしたか？」
「○△エリアを5件ほど。ここと、ここと……ここ、ここ……ここね」とスマホの地図を見ている様子。
「なるほどですね。トマト様の教えが正しく伝わるといいですね」

んー……最近この街では変わった名前の新興宗教が勧誘活動をしているんだったな。
確かリコピン教。
リコピン教はトマト様を信仰している。清く正しい国をつくる信条の新興宗教団体。
「入信するとやせる」という噂があるため、信者に女子高生や女子大生、OLなど若い女性が多く、下心で入信する男も増えてきている。
また「血液型がサラサラになる」、「健康寿命がのびる」とのことでお年寄りも増えてきている。
その方々のようだ。
野呂亮……やめておけ。とはこの場では言えなかったので、帰宅してからにする。

2024年　文披31題　day6　呼吸

後書き

魔法の呪文
ゴツゴウシューギ。ラミパスラミパス。ドートデモナーレ⭐︎は近所のインドカレー屋さんでテキトーに考えた呪文。どうとでもなれ。と平仮名に変えて読まないでいただきたい。
チャーミーとの約束だぞ♪

リコピン教
「街」ってゲームでキャベツ教なる宗教があったので、夏向けの野菜でトマト。

南風。テキトーに名付けた喫茶店名で、このお題にこんなに擦れるとは思わなかったです。
某野球少年らは一切来ないそうです。店主も小粋な会話はできないけれど常識人。街の人に愛され安定した収益をあげて感謝は絶えないが人材不足が悩み。