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iPhoneの開発秘話を通し、デジタル機器に覆われた世界の「いま」を描いた書

何気なく読み始めたら、寝る間を惜しむほど引き込まれ一気に読んだ。
本書『ザ・ワン・デバイス』は、もはや説明不要あのiPhoneの開発秘話である。

それだけだと、単なるヒット商品を生み出した企業のサクセスストーリーに過ぎないが、本書の面白さは、今や人類の必需品になったiPhoneがどこから生まれ、何でどう作られているかを世界中を駆け回り調べていく構成だ。いわば、開発秘話を縦糸とし、iPhoneを生み出す世界を横糸にした、現代のテクノロジー化された世界の様相を描いていることである。

そもそも携帯電話を作るつもりではなかった?

開発秘話で驚いたのが、当初は「電話機」を開発をするつもりがなかったことである。発端は、新しい入力システムを作ろうというプロジェクト。それはキーボードはもちろん、マウスも使わない入力システムの開発であった。彼らは、使いやすいUIを求めて様々な試行錯誤の末、マルチタッチ技術に遭遇する。画面を指で操作する方法はiPhoneの登場で日の目をみるが、この技術自体はアップルが開発したものではなく、シリコンバレーのスタートアップであるフィンガーワークス社が開発したものであり、元々は腱鞘炎などに悩む人にキーボードの代替となる入力装置として誕生したものだ。「技術は常識はずれの使い方をした時こそ最も役立つ」。マルチタッチはまさにアップルが求めていた技術であり、同社はその後、アップルに買収される。

こうしてプロジェクトは本格的に始動するが、この段階でもiPodの新生機器を作るのか、あるいは携帯できるパソコン端末機を作るのか、あるいは携帯電話なのか方向性は定まっていなかった。最後にスティーブ・ジョブズの「携帯電話をつくろう」という鶴の一声で決まるのだが、製品コンセプトさえない中で開発がどんどん進んでいた様子が興味深い。構想ありきではなく解決したい課題はあった。そして、課題を解決する技術が見つかる。そこから使われ方として携帯電話という軸が生まれた。そして、UIを磨いていくことで、それが画期的な製品であることを確信していく。これがiPhone誕生のプロセスであったのだ。

本書は秘密主義で知られるアップルの協力をほとんど得られないことから、著者は自分のネットワークを駆使し、元アップルの社員や匿名を条件に現職の社員から証言を集める。秘密主義は徹底していてiPhoneの開発でも、その本体を見ることができたのは、厳選された社員のみであった。開発チームの部屋には四重にも鍵がかけられていた。開発中の製品について社外はおろか、チーム外の同僚にも話してはいけない。そして製品発表後も広報部門がマスコミへの情報を厳密にコントロールする。元社員にはそれぞれアップルに対する不満があるが、最も大き聞かれた不満は「自分がやった仕事を話せない苦痛」だったと著者は語る。誰もが自分の声を世界に届けるデバイスが生まれた現場として、なんとも皮肉な話だ。

ベールに包まれた工場への潜入

著者の関心は、アップル社内でいかにiPhoneが生まれたかにとどまらない。その材料の調達先や取引先、そして廃棄の現場へと足を運ぶ。
今やスマートフォンなどの電子機器は鉱物の集合体でもある。著者はその原料を求めてボリビアやチリの鉱山へも足を運ぶ。ボリビアの鉱山では、いわばフリーランスの鉱員が鉱山に入り、取ってきた鉱物を買い取る業者がいる。見つけた人がその対価を得る仕組みから、3000人もの未成年者が危険な鉱山で、粉塵による健康リスクにさらされながら作業していると言う。実際に訪れた著者は、その闇の暗さと静けさ、そして淀んだ空気にいてもいられる恐怖感を感じ、わずか30分もその場にいられなかったと告白している。

圧巻は、後半12章のiPhone組み立て工場への潜入である。それは中国の深圳にあるフォックスコンの工場で、敷地面積は3.8平方キロメートル。最盛期には45万人の労働者が働いていたと言う世界屈指の巨大工場である。その過酷な労働環境から自殺者が相次いだことでも話題になった。当然取材許可は下りない。著者は現地を中国人ガイドとともに歩き回り、幸運が重なり内部に潜入することができた。このあたりはさながら映画のような臨場感で、著者は1時間近くにわたって工場内部を散策する。目的としていたiPhoneの製造現場を見つけることはできなかったのだが、その生産規模のスケール感は肌身をもって感じたようで、興奮した筆致が続く。

アップルがiPhoneを中国で生産しているのは労働力がは安いからではないと言う。コストだけで考えると、アメリカ国内で作っても大きな差はないそうだ。中国での生産の最大のメリットは迅速な仕様変更に対応できる柔軟性だと言う。フォックスコンは、アップルのみならず、サムソンやソニーなど世界の電子機器メーカーの製造を一気に請け負っている。10万人単位での工場では、複数の製品を作っているのだが、仕様変更で何千人もの作業員をすぐに移動させ、新しいラインでの作業を可能にする。急ぎの仕様変更があれば、敷地内の社員寮にとまる社員数千人を起こして夜中まで作業することもあったと言う。

グローバルで普及する製品の裏側で何が起こっているのか。そして、今さらながらフォックスコンという企業の圧倒的な優位性をまざまざと知ることになった。

だれがiPhoneを生み出しのか

iPhoneの生みの親というと故スティーブ・ジョブズの顔を名前が頭に浮かぶ。しかし本書を読むと、その見方が大きく変わる。もちろんそれはジョブズの功績をなんら過小評価するものではないことは著者も言及している。その上で、実際には多くのアップル社員の葛藤とアイデアと尽力の賜物であることがわかる。そればかりか、iPhoneを一つの「生態系」としてみると、それを構成しているそれぞれの要素は、これまでの科学者や研究者が積み重ねてきた知見であり、材料の収集や製品の組み立ては、世界各地の名もなき労働者であることが見えてくる。

iPhoneは、2016年時点で10億台を売り上げ、「史上最も売れた商品」という称号さえ手に入れた。多くの知恵と技術、そして労働力により多くの人が使う製品。もはやそれは一つの経済圏を構成している。

まさにiPhoneは今日の経済圏を映し出す鏡ではないか。それはマルチタッチ技術のみならず、セキュリティ技術、センサー技術、AI、手ブレ補正技術などの最先端のソフトウェアの集合である。そればかりか最先端の小型リチウム電池が実装され、スクリーンにはコーニング社が開発した強化ガラスが使われている。

それを生産する工場は、大量生産の効率性を極限まで高めたフォックスコン。さらにいうと、廃棄された電子デバイスはケニアのナイロビ近郊に集められ、そこから拾われた部品がスマホのブラックマーケットを形成しているが、このマーケットの存在こそ所得の低い途上国の人にもスマホの使用を現実化している一面でもある。

僕は昨年、ラオスに滞在していたが、市内ではスマホの部品が売られ、それらを組み立てる職人もいる。東南アジア最貧国と言われるラオスでさえ、人々は街では当たり前のようにスマホを持ち歩いているし、山奥の村でもスマホで動画を見ていた。

先端技術を駆使したスマホという電子デバイスが世界を魅了し、同時に環境問題や資源問題、労働問題も生まれている。これら負の問題だけをアップルの責任とするのも問題を矮小化し過ぎだ。世界中の人々を熱狂させたのもアップルだからであり、スマホのある世界は過去からの人類の知能の蓄積が作ったものであり、その恩恵を受ける人が一緒になって作り上げた世界だからである。iPhoneに代表される電子機器に溢れる世界は、人類の知恵と「いま」という時代を生きる我々一人ひとりが作り上げきたのだ。

本書の最後で、開発者の一人は、iPhoneについて「いずれは消え失せ、より優れたものに取って変わられるのです」と淡々と語っている。それは技術と人間の本質をよく表しているのではないか。どれほど優れた技術も誰かがアップグレードさせる。そして新しいものが生まれ、その都度人々は選択する。これからも人が生み出し、選択したもので世界は作られるのである。


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プロデューサー/編集者。ダイヤモンド社にてビジネス書編集者、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長などを歴任し2017年に独立。2018年3月からハノイに3か月在住し、6月よりラオスのビエンチャンに3か月滞在。現在は東京。書籍『シン・ニホン』などをプロデュース。

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