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読者が読者を広げる本

自分が関わった本より、自分が読んだ本の記事の方が伝わる?

月刊誌の編集長をしていた頃、毎週ブログを書いていた。内容は、その一週間での印象的な出来事や、読んだ本の感想などである。「この雑誌の編集長はこんなことを考えているんだ」と知ってもらうのが目的だった。月刊誌だったので、そのブログで月に一度は、最新号の内容や裏話を書く。もちろんそれは、最新号に興味を持って買ってもらいたいからである。

毎週のブログはそれぞれアクセス数など効果を測定していたのだが、この「最新号の案内」は毎月、見事にアクセス数が悪い。記事のアクセス数はばらつきがあるが、この「案内」は総じて低い。毎月そうなのだ。僕としては、自分で作った雑誌の告知なので最も思い入れが強く、手抜きをして書いているのではないのだが、それでも毎回反応は弱い。

一方で、僕が読んだ本の書評を書くと結構読まれた。それなのに自分で頑張って作った雑誌の記事は一向に読まれないのだ。なんと言う皮肉なのだろう。

この「自分の雑誌の告知が読まれない」問題から、PRが抱えるパラドックスを痛感していた。

「自分はスゴい」は誰も聞いてくれない

要は「自分はすごい!」という話を楽しんで聞いてくれる人はいない、と言うことである。

企業と生活者、あるいは雑誌と読者のような関係は人間関係の延長である。誰しも、自分の凄さばかり語る人といても楽しくない。自慢話は世代を問わず、好かれることはない。自己PRとは就職の面接試験で求められるが、日常生活での実践は疎まれることの方が多い。つまり、日常の人間関係は自分のことを語れば語るほど聞いてもらえないのである。

この原理は、企業などの組織のコミュニケーションにも該当するのではないか。
自社PRとばかりに、自社の魅力を自ら語ったところで聞く人は白ける。そこを頑張って、「本当に弊社は素晴らしいのです」と繰り返せば繰り返すほど空虚になる。こんな現象は意外と多いのではないか。

もちろん組織の「中の人」は本当に自社が素晴らしいと思っていて、その魅力を一人でも多くの人に伝えたいと思うだろう。自分が一生懸命取り組んで世に出した商品を自信を持って伝えたい。そこに邪な思いがない。というより、あるべき姿である。としても、なかなか伝わらない。伝わらないのは、伝える技術が欠けていることもあるだろうが、根本的に、「自分の魅力を自分で伝えても伝わりにくい」と言うコミュニケーションの鉄則のようなものがある気がする。

一方で、ユーザーの推奨は時に破壊的な効果を発揮する。いわゆる口コミというやつだ。企業もその効果に注目して、製品やサービスの評価をする基準に、例えばN P S(ネット・プロモーター・スコア)などを活用している。ちなみにNPSとは、その製品を使った人が「知人や同僚に勧める可能性はどのくらいあるか」を測定する手法である。

また、この口コミの効果の大きさから、昨今では「ステマ」など、第三者を装って自社のP Rをする手法も使われることから、さらにPRの信憑性も危うくなっている。

「自分の評価」より「他人の評価」こそ、社会で受け入れる。これは社会の常識かもしれない。そんな中で、どう自社のPRをするか。これが悩ましい課題なのである。

オンライン読書会が広がる

こんなことを書いておきながら、ここからステマのような話で恐縮である。僕もプロデューサーとして関わり、昨年2月に出版された『シン・ニホン』(安宅和人著)についてである。2400円という価格にもかかわらず、現在14万部を超えている。それだけで素直に嬉しいが、その売れ方が(身内が言うのもなんだが)すごいなと思う。

本書の発売直後から日本もコロナ禍となりプロモーションなどがやりづらくなった。そこで同書の編集者であるNewsPicksパブリッシングの井上慎平さんと始めたのが同書の「アンバサダー講座」である。アンバサダーとは「広める人」。僕ら関係者だけが広めるだけではなく、一緒になって広めてくれる人を読者の中から募ろうとしたのだ。その人たちにはオンライン読書会を実施するためのファシリテーションの技術を身につけてもらい、『シン・ニホン』のオンライン読書会を全国で開いてもらおうという試みである。

幸いにも講座には大勢の方が応募してくれた。初回は昨年4月から12人の方を対象に7週間の講座を実施した。続いて7月には2回目の講座を開き、15人の方々が参加してくれた。ここまで講座での講師は僕が担っていたが、3回目からは過去のアンバサダー講座の受講生の方に運営を担ってもらうことにした。それが大成功し、現在では総勢51人のアンバサダーが誕生し、独自の読書会を実施してくれている。

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読者が主導して読者を広げる活動に

アンバサダー活動はさらに進化した。当初は出版社である、NewsPicksパブリッシングが運営母体となっていたが、昨年末からは、アンバサダー自らが任意団体「シンニホン・アンバサダーズ・コミュニティ」として、今後のアンバサダー養成講座も実施することとなった。今回4回目のアンバサダー講座を開催することになったが、このホームページも募集文言もアンバサダーが作り、実際の講座も運営もアンバサダーのみで実施する。

つまり出版社主導で始まった活動が、読者主導の活動へと完全に変わったのだ。書籍を広めようという活動に、出版社のみならず読者が大きな役割を果たしすようになった。

これはもちろん『シン・ニホン』という本の持つ力の強さが大きい。著者の安宅さんが渾身の力と想いが満ち溢れた内容であり、それが多くの読者を動かす原動力となったのは間違いない。

どれだけいい本でも人に知られないと埋もれてしまうが、やはり生命力の宿った本は、本自体が人を動かす力があり、その力がより多くの読者へと広げる力となる。

今回のこの『シン・ニホン』のアンバサダーによる販促は、一般的とは言えない。しかし、人の自然な気持ちの動きに最も適しているのではないか。人は誰しも自分がいいと思ったものは人に勧めたくなる。経済的対価があるわけでもなく、社会的な名声が得られるのでもなく、ただ読んで良かったものを勧める活動こそ、最強のPRではないか。僕自身この活動を間近に見たことから、「社会は人の気持ちで動く」ことをさらに信じられるようになった。


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