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幸せな職場をデータが解明する

本の感想を書きたくなる時、それはどういう時か。僕は読んで感じたことを人に話したくなる時だ。生憎のコロナ禍で話す相手も限られる。それでも、この本については多くの人に何度も語りたくなった。矢野和男さんの新刊『予測不能の時代』である。

今やセンサー技術とデータ解析技術が進んだことで、これまで見えなかった現象が数字として認識できる時代に突入した。消費者の細かな購買行動、街に繰り出す人のリアルな状況などが簡単に把握できるようになった。
そんな中で、いわば理想形の一つともいえる、「こういうことが知りたかった」という現象の解明が現実化している。それは、本書で紹介されている、「人や組織の幸せ度合い」である。

マネジメントの基本として「測定できないものは管理できない」という有名な言葉がある。これは、状況を正確に把握することから施策の打ち方を検討することの重要性を謳っている。この言葉通り、経営ではあらゆることをデータで把握しようする。経理・財務はもちろんのこと、生産工程、販売効率、マーケティング効率、顧客の購買履歴など多くのデータ管理が進んでおり、いわば企業の強みは独自データの所有とその解析力と言っても過言ではない。

そんな中、最もデータ化しづらいのは、組織や人材に関するものではないだろうか。従来のアンケート調査による従業員満足度調査など「あなたは、今の仕事で満足していますか」などに点数を求められても、答える人から見ると、自分の仕事に対する意識を正確に伝えられていると思えない。そんな単純な思いではなく、満足も不満もある曖昧模糊とした気持ちを数値では答えにくい。こんな現実との食い違いがありながらも、これまでは近似値として、これらのアンケートデータを経年比較するなどで用いられてきた。

幸せはこれだけ可視化できる!

前置きが長くなったが、本書で紹介されているのは、ウェアラブル技術とデータ処理による、働く人と組織の幸せの測定である。

本書で紹介されるデータが明らかにした「幸せ」で面白かったのは3つある。

一つ目は、幸せな組織に普遍的に見られる4つの特徴である。それらは、

① 人と人とのつながりが特定の人に偏っていないこと。
② 5分から10分の短い会話が頻繁に行われていること。
③ 会話中に身体が同調してよく動くこと。
④ 発言権が平等であること。

である。人と人とのつながりが重要であることはよく知られているが、本書では、そのつながりがフラットで偏りがないことが幸せに直結することを明らかにしたことだ。つまり特定の人同士の仲良しが多くても組織の幸せに直結しない。

さらにいうと、③の「身体の動き」というのが目鱗である。言われてみると、zoomなどでも画面上の相手に動きがないと話していても不安が募り、逆にうなづきなどの動きがあると会話が活性化する。「人の話を直立不動で聞く」ことの大切さは、今から思えば、ヒエラルキーの強固な組織のお教えであったに過ぎない。そして、楽しいと体が動いてしまうのは、むしろ人間のネイチャーに直結した現象だと改めて気づくのだ。

2つ目は、幸せの総量が多い組織は、生産性やパフォーマンスが大きいという事実である。営業での生産性は30%高く、創造性は3倍も高いという研究成果が紹介されている。楽しい職場と成果を出す組織が矛盾なく、同期しているという事実は多くの人の希望になるのではないだろうか。さらに本書では、チームとしての知的能力に、個々のメンバーの知的能力は関係ないことが示されている。つまり、優秀な人をチームに加えることがチームの力が向上させるわけではない。むしろ、チームメンバーの気持ちを理解しあえる環境や発言の機会が平等になるような環境を作ることが、チームの力を向上させることにつながることが示されている。

3つ目は幸せには、「よい幸せ」と「悪い幸せ」があるということだ。組織単位で幸せの測定をしていると、幸福度の低い組織とは、メンバー全員の幸せがおしなべて低いのではなく、むしろ極端に低い人や高い人とのバラツキがあるという。ここから見えるのは、周囲の人を幸せにして自分も幸せな人と、周囲を犠牲にして自分が幸せな人がいるということだ。
著者は後者を「悪い幸せ」と呼ぶ。ウエアラブル技術を使い組織単位で幸福度を測定できるからこそ顕在化された事実ではないだろうか。僕はこの箇所を読んで、パーティで盛り上がっている人と居場所なくおとなしくしている人が同居している場面を思い出した。

データが示した現実に「面白い」と感じる2つのパターン

なぜこの本がこれほど面白いのだろうか。それはデータによる現実の可視化ではないか。

データが新たな現実を示したとき、「面白い」と思うパターンは2つある。一つは、なんとなく思っていたことが、データで明確に示された時である。こちらの無意識を言語化してもらったような快感がある。

もう一つは、思っても見なかったことがデータで明示された時である。無意識レベルでも気づかなかったことをデータが示してくれるので、俄然好奇心が湧いてくる。

本書『予測不能の時代』で紹介されている「人と組織の幸せ度合い」は、そんな興味深い2つのデータが満載である。

幸せな組織は実現できるか?

ここで幸せとは個々人で異なるのではないかという疑問が生まれる。楽器を演奏するのが幸せな人、体を動かして汗を書くのが幸せな人、落ち着いた場所でまったり過ごす時間、、、。著者はこの疑問にも明快に答えてくれる。それは人が幸せを感じる手段はそれぞれだが、「体が動く」などの生化学反応は、人類共通であるという。さらにいうと、マウスも同じ反応を示すと。

その上で、著者は本書での幸せを「前向きな精神的エネルギーが満たされた状態」と定義している。

それは居心地のいい世界にずっと浸っていたいという受身的な状態ではない。むしろ未知なるものにも果敢に挑もうとするマインドである。変化に対応し、自ら新しい世界を作ろうとするマインドは、そのような精神的エネルギーを必要とするのだ。

このような「幸せ」をデータから明らかにした本書は、読後に元気が出る。力がみなぎる。自分も新しいことを仕掛けてみよう。そして周囲を犠牲にしない幸せを実現したい、と。

本書で明らかにした「幸せ」が社会に広がれば、きっと世界は楽しくなるし、困難な状況に直面しても、それを皆で乗り越えようとする力が充満するに違いない。だからこそ幸せついて書かれた本書のタイトルが『予測不能の時代』なのである。

まだまだ本書には紹介したい話がいくつもある。幸せを得るスキルとは何か。変化に立ち向かう組織づくりはどうすればいいか。格差の本質は何か、など。とりわけ、半導体の技術者であった著者が、事業の閉鎖とともに40代でウェアアラブ技術とデータ分析を用いてハッピネス研究へと転換された経緯には心震える。まさに変化を乗り越える力そのものである。書き出すと本書の全てを書いてしまいたくなるほど面白い。データ分析、組織運営、あるいは幸せや生きがい、さらにコミュニティ作りなどに興味のある人には是非お勧めしたい。


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