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わかっているつもりの「人の話を聞く」ことの大切さを、優しく丁寧に、かつ徹底的にガツンと叩き込んでくれる本

本や雑誌を作っていた頃、世の中、読みたい人より書きたい人の方が多いんじゃないいかと思うほど、頻繁に「書きたい人」からの連絡があった。ある文芸誌が小説賞の作品を募集したところ、その雑誌の発行部数よりも多い応募作品数が集まったという笑えない話を聞いたこともある。情報の発信は情報の受信より上位の行動だと思われている節がある。

おそらく、聞くことよりも、話すことの方が苦手だと意識している人の方が多いのではないだろうか。だからこそ、書店には「話し方」の本が溢れ、ビジネスの現場でも逆に「話すこと」が大きな武器として取り上げられるのであろう。これが根深い誤解の元になっている。

意識としての「苦手」とは別に、実は「聞く」のが上手い人こそが希少な存在ではないだろうか。そもそも僕らは「聞く」ためのスキルを教えてもらったことがない。日本人が得意としなかった「話す」はまだ書籍のテーマになったり、学校の授業で取り上げる機会はあったりするが、「聞く」に関しては「しつけ」の範疇にとどまり、「教わる・学ぶ」対象となりえない状況のままである。

この「聞く」の軽視から起こる、社会全体のコミュニケーションの非効率は計り知れない。なんせコミュニケーション全体の半分が無視されたまま、その向上や重要性をしきりに論じられるからである。

本書『LISTEN』は、そんな社会の歪な構造に見事なクサビを打った。500頁を超えるこの分厚さがいい。と言っても「聞く」スキルの詳細について書いているのではなく、むしろ逆。技術論ではなく、聞くことの重要性とその意識が欠如されている状況を延々と綴られる。それがどれも、「ズドン」とこちらの痛いところを突かれるように迫ってくる。2、3頁に一つは線を引きたくなる言葉が出てくる。

例えば以下である。

私たちは会話についていくより、話題を提供して場を仕切るよう仕付けられてきました。(p.26)
適切な質問さえすれば、誰もがおもしろくなるということです。もし退屈でおもしろくない人がいるなら、それはあなたに原因があります。(p.103)
「聴く」とは関心を持つことであり、その結果、興味深い会話が生まれます。(p.104)
「幸せな結婚とは、いつでも短すぎると感じられる長い会話のようなものである」(p.122)
いちばん会話を邪魔するのは、「自分は次に何を話そうか」という不安。(p.167)

どの章にも格言がある。エッセイのような軽妙な書き方が読んでいて飽きさせない。恥ずかしながら聞き上手だなんて自負していた僕にとっては、打ちのめされながら読んだ。読みながら気づいたが、本書の「聞く」は、他者への思いやりの重要性のみを謳っているのではない。「情けは人のためならず」ではないが、あなた自身がよりよく生きるために「相手の立場になって聞く」ことに意味がある、と力説するかのようだ。

聞くことは、他者との信頼関係を築くスキルである。自分の知らない世界を知ることである。知的活動である。自分ではない他者の思考や感覚の道筋に触れることはクリエイティブを鍛えることである。そして、他人の声に耳を傾けることは、自分の内なる声との対話が上手くなる。つまり「聞く力」はコミュニケーションの領域のみならず、人間関係、思考力、創造性、内省する力につながるヒューマンスキルなのである。

その上で社会全体で「聞く力」の総量が増えたら、世の中のコミュニケーションはより実りあるものになり、足の引っ張り合いのような会話がすくなくなるのだろう。社会全体で会話が楽しくなる。それだけで世の中はもっと楽しくなるに違いない。その意味で僕ももっと聞く力を磨きたいし、聞く力の総量が増えた社会を夢見ずにおれない。

最後に本書『LISTEN』のおすすめの読み方を紹介したい。それは、あえて毎日1章ずつ読むこと。全18章からなる本書は、数日で読むのはもったいない。なぜなら、読んで理解することと行動レベルで理解することは別物だからだ。「聞く」のありがたいところは、ほとんど意識しないでも日常で実践の場があることだ。1章読むのに大体30分。毎日1章ずつ読んで、その日に読んだことを一つでも実践してみる。それを18日続けてみると、きっとあなたの世界は変わるのではないだろうか。

「1章ずつ読む」を読書会にしても面白い。毎晩30分でも読書会のメンバーで集まり、その日の課題の章について学んだことと実践したことをフィードバックし合う。これを18日間連続して繰り返すとマラソンのような読後の達成感を高めてくれるだろう。何しろ、読書会という集まり自体が「聞く」の最適な実践の場だろう。

いずれにしろ、読むだけで終わらさず、実践しないともったいない本である。


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