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岡田武史さんがサッカーを理論的に体系化したーー書籍『岡田メソッド』ができるまで

縁あって、サッカーの元日本代表監督である岡田武史さんの本の制作に携わった。
ご存知の人も多いと思うが、岡田さんは、日本代表やクラブ監督をいくつか歴任された後、2014年から愛媛県の今治市で「FC今治」というサッカークラブのオーナーになられている。

その岡田さんが、ご自身のサッカー指導者としてのキャリアで培われてきた指導法やサッカー観を集約した「岡田メソッド」をまとめて本にする。これが今回のプロジェクトのミッションである。

はじめて岡田さんにお会いしたのは3年前、雑誌の仕事をしてる時に、ある方との対談取材があり今治でお会いした。初対面の岡田さんは、こちらがマネジメント誌の編集者と知ると「読んだらいい経営書はありますか?」と聞いてこられる。対談相手はあるITベンチャー起業の経営者だったが、岡田さんの発言の端々から経営を学ぼうという姿勢がほとばしっていた。「監督と経営者って全然違うねー」と笑いながら話されていたが、これだけ実績を積み重ねてきた人が、新しい分野で一から学ぼうという姿勢に恐れ入った。

そんな小さな縁もあり、英治出版から今回の話をもらった時には、二つ返事で引き受けた。

最初の打ち合わせ

最初の打ち合わせは今年の4月に行われた。岡田さんは、サッカーの育成方法を体系化しようと思った背景から話してくれた。それは岡田さんがFC今治のオーナーになったことにも繋がっている。

岡田さんが今治でサッカークラブのオーナーになったのは、日本人が世界で勝てるサッカースタイルを確立させたいという思いからだ。代表監督などの経験から世界のサッカーを知る岡田さんだが、日本が本当に世界で勝つには、日本独自のサッカースタイルを確立する必要がある。そして、それはトップチームの練習で教え込むのではなく、クラブの育成体制に組み込んで、子供の頃からそのサッカーのモデルとなる原則を身につけさせる必要があると考えられた。こうして今治での挑戦が始まり、そのような独自のモデルは「岡田メソッド」と名づけられた。いわばサッカーにおける試合の進め方や選手の動き方の「原則」をまとめた指導体系である。

実は、本書の元になる原稿はこの打ち合わせの前から出来上がっており、事前に読ませてもらっていた。まずは、その体系化された構造に驚いた。サッカーにおける大きな概念と小さな概念がきちんと整理され、まだ概念同士の上下関係も明確である。言葉の定義もきちんとされている。

例えば、サッカーには「サポート」というプレーがあるが、本書ではまず「サポートとは、ボールの近くで直接ボールに関与できる選手が、パスを受けようとするプレーのこと」とその定義をはっきりさせる。その上で、サポートの原則には2つあり、さらにサポートはその意図によって3つに分けられると続く。そして3つのサポートの違いを図で示し、「状況に応じてサポートの意図を変える」と書かれている。つまり、サポートの意味と意図を学ばせることで、状況に応じて最善のサポートを選択できる選手を育てようというするのだ。

このように、サッカーで使われる用語やプレーが全てきちんと定義され、一つ一つについて、さらに細かく分類されている。普段何気なく耳にする「縦パス」「横パス」という言葉も、岡田さんにかかれば、それぞれに厳密な使い分けがあり、また言葉同士の関係もきちんと確立されている。名将と呼ばれる人は、ここまで自分のやってきたことを整理し、言語化できるものなのかと感心した。

打ち合わせでこの感想を率直に伝えると、「ここまで作り上げるのに3年半かかった」と岡田さんは言う。

作り上げたのは岡田さんを含む、これまでのFC今治のコーチや指導者たちであり、夜な夜な集まって激論を交わしたという。サッカーはボールが動くごとに状況が変化するので、それに応じて選手の動きも変わるし、その状況に応じた最善のプレーの選択はあるものの、これらを言語化し、いわば「原則」という形に落とし込もうというは膨大な時間がかかったのは容易に想像できる。

議論は発散するばかりで当初はなかなかまとまらなかったと言う。そこに、本書に執筆協力として名前も出ている橋川和晃さん(FC今治グローバルグループ長)が加わってから、メソッドの言語化は急速に進んだそうだ。なので今回の原稿も岡田さんと橋川さんが一緒になって書き上げたと言う。

この日の打ち合わせでは、ドラフトの原稿を元に、こちらから全体の構成案を提案し、それに沿って加筆・修正してもらいながら年内の出版を目指すことが決まった。

百聞は一見に如かず――今治で見た練習風景とコーチの話

ここから書籍化のためのプロジェクトは本格化する。岡田さんたちは、こちらの提案に応えて最初から原稿をブラッシュアップしていってくれる。個々の表現を見直していくと、メソッドの中で定義されていなかった用語も見つかる。また全体像の不備も新しく出てくる。そレラの過程で、岡田さんからも個別に加えるべき項目の提案をもらったりしながら、その都合全体構成などを修正しながら数ヶ月が過ぎていった。

打ち合わせの多くは都内。時には海外も行き来する多忙な岡田さんも、この本の打ち合わせには快く必要な時間を空けてくれる。その場でこちらの疑問点をぶつけると、岡田さんはほぼそこで解消される。用語の概念などについても、その場で聞くと明確な答えがすぐに帰ってくる。こちらが疑問を感じた意図もすぐ理解してくれる。編集者としてはとても助かる著者である。トレーニングの実践例など橋川さんに確認する必要があると、その場で携帯電話で連絡を取られるスピード感はすごい。仕事人の橋川さんも、図表の作成など手のかかる作業を期日通り仕上げくれる。その橋川さんについて岡田さんは常々「すごいいだ。あいつがいなかったら絶対にここまで言語化できなかった」と言っていた。

6月には僕らも今治にも行った。原稿を読んでいるだけではどうしてもイメージしづらい。編集サイドとして、文字面だけで判断するとミスリードしてしまうのではないかと思い、一度、今治で実際にコーチとして指導している方々にインタビューさせてもらう機会を作ってもらい、練習も見学させてもらった。
この今治訪問は、以後、本のイメージを固める上でとても役になった。
面白かったのが、多くのコーチの方々が、自分が現役時代にこのメソッドを知っていたらよかったと語っていたことだ。ずっとサッカーに携わってきた方にとっても、このメソッドは頭を整理するのに相当パワフルなツールであろうことがわかった。
見学させてもらった練習風景は、一つ一つの練習メニューが、外から見ていてもそのトレーニング目的が明確で、しかも効率よく選手が移動し、休憩時間さえ緻密に計算されているように見えた。これだけ濃密だと頭も疲れるだろうなと思う練習だ。恥ずかしながら、僕も中学校からサッカーをやっていたが、自分のやっていた練習とは別物であった。

影の立役者登場

全体の構成と原稿が整い出したのは夏ごろ。細部を詰めることになり、初めて橋川さんとお会いすることになった。

サッカーは状況に応じて身体を動かす典型的な身体知である。自転車に乗るのは簡単でも、乗り方を言葉で表現するのは非常に難しい。岡田メソッドが言葉になっているすごさもこれに類する。岡田さんの百戦練磨の経験があっての体系化だと思うが、それを言語化する際に力を発揮したという橋川さんとはどんな方なのか、とても楽しみにしていた。
実際にお会いした橋川さんはサッカーマンらしい清々しさとともに、人の良さそうな笑顔が印象的だった。緻密な方なのだろうと想像していたが、マニアックな凝り性の一面はうかがい知れたが、やや予想が外れた。
そんな橋川さんに「よくここまで岡田メソッドを言語化されましたね」と、その原動力について聞いてみたら面白い答えが返ってきた。
「これは私の自由研究なんです」と。
自由研究とは、夏休みの宿題にある「好きにテーマを決めて取り組み」ものだ。橋川さんは、子供の頃、宿題などが嫌いだったが、唯一夏休みの自由研究は好きだったそうだ。自分でテーマを決めて好きなようにできるからだ。今回のこの岡田メソッドを体系化する作業は、まさに橋川さんにとって格好の自由研究だった。本来の仕事の傍で、この作業は大変だったと思われるが、橋川さんにとっては自由研究。以後、僕もこの「自由研究」という言葉が好きになった。

単身赴任の橋川さんは仕事が終わった後も一人でパソコンで図を作ったり、本を読んでりしたりするのが好きという。英治出版の編集者も交え、打ち合わせでの雑談では、本の話になることが多かった。こういう言語化に長けた人はビジネスの世界でも貴重だし、サッカー界でも特異な存在ではないだろうか。橋川さんの件に限らず、岡田さんは、その人の個性や能力にあった役割を与えるのがとても上手い人、と感じることが何度かあった。だからか、FC今治でお会いする人も皆明るく、楽しそうに働いている。

8時間を超える打ち合わせ

夏を過ぎると編集作業は佳境になった。岡田さん、橋川さん、英治出版の編集者、それに僕を加えてメールをやり取りするが、ここぞという際の岡田さんのメールの反応は抜群に早い。一言「OKです」というものもあれば、「僕がやります」「はい、お任せします」「橋川さん、お願いします」などだが、その一言でチームの作業は進む。そして打ち合わせでは、いつまでに著者としで何をすべきかを常に確認され、それを聞くとその場でスケジュール表を開き、作業をする時間を確保される。そして、決めたスケジュールまでにほぼ必ず原稿を書いてきてくれる。

編集作業のクライマックスは、11月上旬の今治での打ち合わせだった。ゲラをすべて揃え、最後の顔を合わせた打ち合わせであり、残されたすべての課題をこの場で解決するか、解決する段取りを決めようという場だ。ゲラを1頁ずつ見ながら図表も細かに確認する。午後から始まった打ち合わせは夕方になっても終わらない。
一つの図を巡って岡田さんと橋川さんの解釈が違うこともあった。そんなとき、お二人は立ち上がって、自分の体を使って選手の動きと体の向きを確認する。そうやって動作で確認できた後、細かに図に示された選手の細かい位置を一つ一つ詰めていく。
当初は夕方に終えて、地元の美味しいお店でご飯を食べようということになっていたが、一向に終わる気配がない。結局、8時ごろ打ち合わせを一時中断して、お魚料理をいただいた後、その後も続け11時近くにどうにか終了した。ただし、数頁分、岡田さんに書き直してもらいたいゲラが残った。僕らは翌朝東京に戻る予定になっていたら、なんと岡田さんは、翌朝に僕らのホテルに宿題のゲラを届けに来てくれた。これで無事に予定通りに進行できる条件が整った。

この段階で僕の役割は大体終わった。以後はデザイナーや英治出版の編集者の膨大な作業が続いた。時間もなくハードなスケジュールの中、無事先日出版されるのが、そのままの書名『岡田メソッド』である。

岡田メソッドは人を育てる哲学でもある

こうして出来上がった『岡田メソッド』だが、まずはサッカーの現場で指導にあたっている人がどう読まれるのかとても興味がある。一方で、本書は16歳までのサッカー指導体系を表した本だが、岡田さんの人材育成の哲学がよくわかる本でもある。それはまずは、言われたことではなく、自分で考えて自分で行動する自立した人を育てようという前提がまずある。それは監督の指示通り動く選手をいくら育てても世界に通用しないということを肌身で知っているからであろう。

自分で考え自分で行動する人をつくるにはどうすればいいか。ここが本書の面白いところだが、答えは自由な環境を与えて、伸び伸びと好きなようにさせることではない。むしろ逆で、最初は「原則」を叩き込むことだというのが岡田さんの哲学だ。それは原則で人を縛ろうとする発想でもない。武道に「守破離」という言葉があるが、まずは型を守り、それを身につけることができたら型を破ってみる。そして型から離れることができると、その人独自の型ができるという考え方である。このプロセスで自分独自の型を作り上げると、自分で考える力が備わり、自らのクリエイティビティをますます発揮できる。

岡田メソッドは、型を身につけるための方法論だが、それは型通りの人間を増やすのではなく、独自のクリエイティビティを発揮する人を育てる方法の第一歩なのである。この守破離の考えは、どんな組織においても役立つ考えではないだろうか。多様性を重視する企業ならなおさら、一人ひとりの個性を尊重し、組織全体の力にしようとするなら、ミッションやバリューを型として深く理解してもらうことが大切だ。


この本がサッカー界に広がって、日本のサッカーが世界に通用するようになることが楽しみである。加えて、サッカー界の知をビジネスの世界でも取り入れ、多様な人たちの多様な能力を活かし合う、自立した人づくり組織づくりが進むことになれば素晴らしい。岡田さんが経営者となってビジネスの世界から学んだように、ビジネスやNPOの人たちもサッカーの世界で培われた知を学んで、自身の組織づくりに活かしてみてはどうだろうか。


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プロデューサー/編集者。ダイヤモンド社にてビジネス書編集者、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長などを歴任し2017年に独立。2018年3月からハノイに3か月在住し、6月よりラオスのビエンチャンに3か月滞在。現在は東京。書籍『シン・ニホン』などをプロデュース。

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