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読後で決める「2022年の新書ベスト5」

なぜ今年、新書を読みまくったのか?

この一年、新書を読みまくった。おそらく学生時代より多く読んだはずなので、人生でダントツで新書を多く読んだ一年となったのは間違いない。

動機はピュアな知的好奇心というより、仕事がらみである。僕は現在VOOXという音声メディアのコンテンツづくりをしている。VOOXは各界の専門家の方に、10分1話を6本、合計60分、専門テーマについて話してもらう学びのコンテンツである。これを毎週お一人ずつ公開しているのだが、結構大変なのだ。毎週新しいコンテンツを出すには、毎週1本ペースで企画を成立させなければ行けない。そして一つの企画を成立させるにはいくつものネタを検討するのが、僕にとってネタ元は書籍である。そのため、毎週数冊の本を読むことになる。

本を読み、よかったら企画にして収録までこぎつける。これを延々と繰り返す生活を2年ほど前から続けている。そして気がついてみたら、日常的に実に多くの新書を読んでいた。そこで今年になって、毎週読んだ新書を紹介するPodcastも始めてみたのだが、幸か不幸か、これがまた新書を読みまくる生活に拍車をかけた。というわけで、まさに新書まみれの1年となったのだ。

ではどのくらい読んだのか?大雑把に言うと毎週3冊の新書を買い、そのうち2冊は読み切る。つまり年間100冊は読みきったことになる。このうち、今年発売されたものはおそらく80冊くらいだろう。面白かったものもそうでなかったものもある。読み切ったものは面白かった本なのだが、その中にも濃淡はあり、いま思い出しても「これは読んで良かったなー」と思う新書が何冊もある。そんな中から年末でもあり、今年読んで面白かった新書を5冊選んで紹介したい。

これぞ、新書の醍醐味!

新書の魅力は一言で語れないが、専門書のような内容のものを手軽に読めることにある。馴染みの薄いその分野のことを本格的かつ初心者向けに知ろうと思った際、新書と言う選択肢はかなりの確率で満足を得られる。

『モチベーションの心理学』(鹿毛雅治著、中公新書)はまさにそういう本だった。

モチベーションはとりわけビジネスでも大きな関心ごとであるから、数多くの書籍が出版されている。それらの中には、学術的な背景から書かれたものから個人の体験談から書かれた方法論まで様々ある。そんな群雄割拠の「モチベーション論」を一つの体系に示したのが本書だ。この本の中には、これまで聞いたことのあるあらゆるモチベーションの理論や考え方が登場する。それを網羅的に出すのではなく、どのような位置付けなのかを示していて、どこが異なり、どこが類似しているのかが明確になるのだ。心理学というフレームの中できちんとモチベーション理論を体系化したものとはこれまでなかったのではないか。

新書でありながら、このような学術的なフレームワークを頭にインストールできるのは、それだけで「お得」の何者でもない。

こういう説明をすると本書は無機質的なわかりやすい学術書と捉えられるかもしれないが、魅力はそれだけではない。何かを目指すためのモチベーションに対し、本書の最後で、著者は何かを成し遂げることがだけが成功かと読者に投げかける。達成すること、何か新しいものに挑戦することは、派手であり変化がわかりやすく人目を引く。しかし、人のありのままの存在それ自体に十分があるのではないか。自分のありようそのものに意味を見出しこと。モチベーションの文脈でこのような「being」の価値を投げかけて終わる本書は、著者の熱いメッセージも十二分に感じられるのだ。

あとがきを読むと、本書の執筆には二年以上費やされたことがわかる。時間をかければいいとは限らないが、拙速に出版するのではなく、熟考と丁寧さが備わって1冊の本が出来上がる。本の魅力を引き立てるにはこのプロセスは欠かせないだろう。

稀代のコメディアンに新たな価値づけをした本

メディアを通し馴染みのあった人の訃報は、他人事ながら感傷的になるものだ。とりわけ人を笑わせるコメディアンの死は独特の哀愁が漂う。今年で言えば、ドリフターズの仲本工事さんの訃報がそうだった。

そんなタイミングで出会ったのが『ドリフターズとその時代』(笹山敬輔著、文春
新書)
である。

ドリフターズについて言えば、コロナの流行まもない2020年3月、志村けんさんが逝去された。この本は志村さんの死をきっかけに企画がスタートし、2年後の今年になって発売されたものだが、そのタイミングは奇しくも仲本さんの逝去と重なった。

本書はコメディアンとしての「ザ・ドリフターズ」とはなんだったのか?を探ったものだ。著者は「ザ・ドリフターズはその存在の大きさに比べて、正当に評価されていないのではないか」と問題提起をする。確かに、80年代を知る世代にとって、ドリフは歴史的な存在と言っても間違えない。あれだけ国民的に人気を博したグループや人はまずいないのではないか。その一方で、そのあまりの大衆性が災いしているのか、ドリフの独自性は語られることがなかった。いわばドリフ的なものが個性ではなく、お笑いの典型という位置付けになったのかもしれない。その上、いまの時代は言葉による笑いの時代である。体を張ったナンセンスギャクなどは分が悪い。そんな時代背景の中、ドリフの再評価を試みたのが本書である。

読み始めると、とにかく面白い。タイトルに「その時代」とあるが、まさに昭和の活気に溢れた時代がいきいきと描かれていて、その中で、ドリフの活動は一種の奇跡でもあり狂気でもある。大がかりなセットを使い生放送にこだわる番組づくり。それを毎週繰り返すストレスは想像を絶する。

そんな活動を支えたメンバーは、いかりや長介を初め、それぞれバックボーンも違えばやりたいことも違う。巡り合わせのように集まったメンバーなのだ。本書では、それぞれのメンバーについても章立てして書かれているが、リーダーはいかりやだったのだが、それぞれのメンバーの個性が糸を紡ぐようにして「ドリフ」という個性が生まれたことがよくわかる。

人を笑わす仕事の難しさは、仕事に必要とされるスペックが何もわからないことだろう。どうすればお客が笑うのか、誰もわからないし、人それぞれだ。そんな暗闇のような世界に飛び込む人に、僕はそれだけでリスペクトできる。なお本書の著者、笹山さんは「演劇研究者」としか名乗っていない。精緻なリサーチと精密な構成と言葉遣いがたまらない。この本があまりに面白く、笹山さんの過去の書籍『興行師列伝」(新潮社新書)も読んだが、こちらも秀逸の内容で、本書を通して好きな著者と巡り合えた。

人から教えてもらった本なのに、人に何度語ったかわからない

本との出会いは様々だが、人からのオススメはいまなお強烈な力を持ち得る。自分の知らない著者でも、馴染みのない分野でも、騙されたつもりで読んでみる気になる。

『映画を早送りで観る人たち』(稲田豊史著、光文社新書)もそんな出会いで、嗜好が似ている知人の紹介で知った。最初にこの本のことを聞いたとき「へー、そんな本を読んだんだ」という程度だったが頭の中に残り、読んでみたら想像以上に面白かった。

著者の稲田豊史さんは、ライターでありコラムニスト。つまりコンテンツの制作側にいる人だ。そんな著者が、自分の肌で感じるコンテンツ消費の現象を取材などを通して明らかにしていくのが本書だ。

書名の通り、この本ではネットの動画などを早送りで観る人の話がいくつも出てくる。そればかりか、観る前にあらかじめ結末を知っておくこと、そして評判を入念に調べてから観るコンテンツを決めるという。結末がわかっちゃうと面白くないんじゃないかと思ってしまうが、似たようなことは若い人だけでなく、多くの人がしているのだ。本でも、いまやレビューサイトや要約サイトが大人気である。「どんな内容か」を事前に知りたいという欲求は潜在的にあり、それに応えるサービスがどんどんあふれている。

結末や評判を知ってからコンテンツに接する。この動きが加速されてきた背景には、コンテンツの供給が膨れ上がっている現象があげられる。Netflixにハマると気になるコンテンツは山ほど出てきて、それでも観る時間は自ずと限界がある。つまらないものを見て時間を無駄にしたくないと思えば、ネタバレも恐れず事前の情報収集は欠かせなくなる。それでも時間がないと、早送りも辞さない。しかも、テクノロジーが、見たいスピードで見たいところだけ観る行為を可能としているのだ。

こういう背景まで考えると「若い人はコンテンツの楽しみを知らない」という一言で片づけられなくなる。そう、世の中には面白いコンテンツが溢れている。ただし、それが「消費」される動きはますます加速している。僕もコンテンツ製作側の人間である。自分の作ったものは多くの人にふれてもらいたい。それが今後どんな形で消費される時代になるのか?自分が届けたいものは届くのか?こんなことを考えることが山ほど増える読後体験でり、この本の話を何人にしたかわからない。

分厚いは魅力であり、分厚いだけでは意味がないのだが

分厚い本を見かけると妙に引かれる。本屋さんでそういう本を見つけると、「お前はこれを読み切れるか?」と挑戦状を叩きつけられているような気分になる。受けて立ち読み終えると「どうだ!制覇したぞ!」とそれだけで達成感を感じるのだ。

この本『編集とは何か。』(奥野武範、星海社新書)を見たときはど肝を抜かれた。新書って300ページでも分厚いと思うのに、この本は700ページを超えている。もはや形は立方体の箱に近い。それでもって、テーマは「編集」で、僕の領域だ。この外見から「お前、読まないはずないよな?」という挑発的なメッセージを投げかけているようだ。「もちろん、受けて立つよ!」と意気込んで買ったが正直、読む時間が取れる自身はなかった。

この本は、編集者でもある奥野さんが、様々なジャンルの編集者14人にインタビューしたものをまとめたものだ。登場する編集者は、絵本、美術雑誌、医学書、写真集などジャンルは様々だ。これがどの人の話も面白いのだ。その面白さは登場人物の個性が生み出している部分も大きいが、インタビューアーの力量も大きい。自身の問題意識をそのままぶつけていて、誌面に晒されるからと言ってまるで格好をつけていない。そして、冗長な部分を編集するのではなく、お二人のやりとりがリアルに感じるような編集なのだ。面白くないはずはない。ちなみに新書の編集者として中公新書の編集長も登場するのだが、これを読んで新書の中で中公新書が頭ひとつ抜けている理由がよくわかった。

読み進めるうちに、「時間がないかも」という不安はすぐに消えた。面白いコンテンツに出会うと、時間はどこからか生み出されるのだ。不思議なものである。もちろん犠牲にした時間があるはずなのだが、今となってはそれがなんだかわからない。

悩ましいほど考えるネタを増やしてくれた本

本を読む。それは知らないことを知るためであるが、その逆もある。知ることによって、新たな問いが生まれるのも本の魅力である。

そんな魅力の代表になったのが『「人それぞれ」がさみしい』(石田光規著、ちくまプリマー新書)である。多様性が大切と言われる時代、人それぞれの違いを尊重することが求められる。しかし、この「尊重」はなかなか厄介である。「人それぞれだよね」という言い方は、自分と異なる相手を尊重しているようにも聞こえるが、異なる相手への無干渉を決め込む態度と隣り合わせである。

以前コロナ以前に海外に長くいて東京に戻ってくると、電車やカフェで違和感を感じることが多かった。それは大勢の人が同じ場所にいるのに、それぞれの人が周囲の人と関わらないように、まるで見えないかのように振る舞っているように見えたからだ。ヘッドフォンをして音を遮断し、スマホの画面から目を離さない。そこには「人それぞれ」の社会が実現している一方で、「干渉しないことがマナー」という空気も漂う。

人との違いを認め合うということは、異なる他者との交流を閉ざすこととは別物である。これが助長されると、SNSのように自分と似たような人との小世界があふれ、それが社会の分断を進める。その要因の一つが、この「人それぞれ」の放置のような気がしてならない。

社会学者である著者の石田氏は、そんな多様性と言われる社会に潜む「冷たい関係」を浮き彫りにすると同時に、異質な相手との付き合い方に再考を促す。しかし本書の趣旨は、「こうすべし」という行動指針を示すことではない。むしろ、読者に、「多様性を尊重する」という社会のあるべき姿を考えさせようとするかのようだ。答えをもらう本もあれば、問いを授かる本もある。この本の問いは、自分の中でもいまだに大きな存在であり、多くの人と議論したくなるものであった。

2022年の新書大賞は?

ここまで5冊紹介したが、1冊選ぶとしたらどの本か?自分に無茶な問いを投げかけてみた。ランク付けをしようとしすると、どんな基準で選ぶかが頭をよぎる。しかし、そもそも読んでいる本のジャンルもまちまちだし、面白そうかと思って読んだに過ぎない。それでも自分に、「もし一冊選ぶとすれば」と投げかけてみて選んだ本は、

『映画を早送りで観る人たち』となった。

なぜこの本を選んだのか?自問すると、この一年、一番自分の中で考えるネタが残り続けていたからだろう。そして気がついてみたら、実に多くの人にこの本のことを語っていた。そもそも、この本を読まなかったら生まれなかった問いが頭の中に出来上がったのだ。自分の問題意識に答えてくれた本というより、自分の問題意識に気づかせてくれた本。身近な現象から深く背景をえぐる手法にもとても感銘を受けた。

最後に、多くの新書を読んだ感想を。まずは時代の流行に囚われず、いいものを丁寧に作ろうとしている編集者が多いことに気づき、とても勇気づけられた。ここで紹介した5冊は、そういう編集者の人の仕事の一端である。紹介しなかった本の中にも読み応えあるものはいくつもあった。時にはマニアックなテーマもあり、それを追い続けている著者にも感銘を受けたし、そのマイナーなテーマに着目した編集者にも頭が下がる。

その一方で、「まとめて出しただけ」と思われる新書もあった。刊行点数を満たすためなのか?いまさら古いコンテンツをあたかも今風なタイトルをつけて出している本に巡り合った際には、「ふざけんな!」と言いたくなった。

悪貨は良貨を駆逐する。新しい知識と出会える「新書の文化」をこれからも育むためには、それぞれの本がその役割の一端を担う必要がある。2023年も素晴らしい新書に出会いたいし、新書が生み出す素晴らしい知的世界を堪能したいのだ。


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