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読書は何の役に立つのか?――『自分の頭で考える読書』を読む。

普段「読書本」はあまり読まないのだが、荒木博行さんの読書論『自分の頭で考える読書』はすぐに読んだ。荒木さんは、グロービス経営大学院で副研究科長をされた後、独立。現在は、音声メディア「Voicy」の人気番組「荒木博行のBook Café」を主宰し、また書籍要約サイト「フライヤー」でもアドバイザーを務められている。出版業界の人ではなく、これほど「本」に近い領域で仕事をしている人も珍しいのではないか。週に10冊ほど書籍を購入されるという。Voicyでは、3年以上毎日、本にまつわる話をされている。そんな「本の専門家」(この言い方はご本人は嫌がだろうが)である荒木さんの読書論を改めて知ることができる。これが読もうと思った動機である。

本書は、タイトルが全てを言い表しているかもしれない。

このタイトルは『他人の頭で考える読書』をしてしまうことに対する警句です。

(p.7)

続いて、「私たちは終身学習刑を宣告されているのです」という、作家のジョン=クロード・カリエールの言葉が紹介されている。これに対して荒木さんは、

「私たちの前には2つの扉があります。片方は「終身学習刑」という扉、もう一つは「終身エンタメチェレンジ」という扉、みなさんはどちらを選ぶでしょうか」

(p.43)

と。もちろん荒木さんの主張は後者だ。

ならば、自分の頭で考えることが、どうエンタメになるのか?これが本書の読みどころではないだろうか。

ネットとデジタルの力によって、今や動画をはじめとして圧倒的にパワフルなコンテンツが揃い出した。そんな中で「なぜ今、本なのか」と帯コピーでも問いかける。荒木さんは、これらデジタルコンテンツと比べて情報量の少なさを逆手にとって、

「自分の思考を投入する余白がある」と本の特徴を指摘する。だからこそ、

「本」は受け身ではなく、こちらからそっちの世界に出向いていく必要がある。そして、自分の経験や思考をフル動員して言葉や文と向き合い、その意味を解釈せざるを得ないのです。

(p.53)

と説かれる。

ここに本というメディアのパラドクス的な面白さがある。著者という他者の考えを吸収するプロセスでありながら、自分の経験や思考を動員しないと、それはインプットできない。黙っていてもインプットできるのではなく、能動的な自分の頭の運動を伴って、読書はインプットのツールに変わるのだ。こういうと、やっぱり「読書はめんどくさい」と思われるかもしれない。

しかし、本書では何度も、読書の「こうあるべき」という正解はないと力説する。正しい読み方がなければ、読むべき本もない。いつ、どこで何を読もうと、正解はないという。ただ、読むことが大事なのか? そこに荒木さんは具象と抽象の往復思考や、問いと答えの構造など、本を読む際の頭の動きについて書かれているのだが、このあたりはあたかも思考法の本のようだ。それは、読書という行為と思考という行為の限りない隣接さを実感できる。

さてそんな荒木さんは「読書はどう役立つ」と考えているのか。この問いに「役に立つかどうかという問いに意味がない」(p.177)と書かれていて、しかもこの箇所は太字になっている。自分の知りたいことと読みたいことが一致するほど世の中は単純じゃない。読書を効率の観点から考えてしまうことを、真面目すぎるのではないかとして次のように問題提起する。

「人間は真面目であることで、いつか限界にぶつかります。その壁を打ち破るために、不真面目であることを肯定的に考えることなのです」

(p.182)


と。つまり「読書家」の荒木さんは真面目な人だからたくさん読んでいるのではなく、不真面目な人だからだ(笑)。その上で荒木さんは


「この本をビジネスの役に立ててやろう」という気持ちで読むことはほぼありません。単に好きだから、もしくはなんとなく興味があるから読む。

(p.178)


とご自身のことを書かれている。そう、まさに荒木さんにとって読書はエンタメ、遊びなのだ。そこに「役立つ」を求めていないが、いやというほど本を読んだ経験が現在のご自身を形成されていると実感されている。

本書を読んで改めて「読書は役に立つのか」を考えてみた。ビジネス書の出版社で働いていたときに「読者は明日、役立つ本を求めている」という発言に物足りなさを感じていた。

この「明日、必要な読書」は、本書でいう読書ではないだろう。むしろ、仕事である。明日の明確になっている仕事の準備である。それは資料に入れる情報を入れるためであり、明日のスピーチをよりよくするためのものだ。Googleでの検索の延長として「読書」なのだが、本来の、そしてネットの時代の読書はまさにこのGoogleの検索の延長には存在しないであろう。事実、検索すればわかる情報をまとめた書籍は減りつつある。

結局、いつどこでどんな課題が現れ、どんな思考が必要になるかわからない。しかも、その課題とは自分で考えないと解けない課題だろう。本に答えはない。ただし考える材料は揃えられる。自分の思考を鍛えるためには、日頃から優れた材料を蓄えておく。その最良の方法が読書ではないか。(ここまで書いて、そうか「自分の頭で考える読書」という書名と一緒じゃんと自分で突っ込む)。

本書の最後には、本書で取り上げた64冊の本がリストとして紹介されている。これらを見るだけでも、荒木さんの頭の中にある思考の材料が垣間見れ、とても貴重である。ただし荒木さんは言うであろう。「自分で選んで、自分で読んでね」と。


追伸:
この本の「あとがき」で「本書は、VOOX編集長の岩佐文夫さんより『読書のことを語っていただけないか』というオファーをいただいた際に話したものが大もとのコンセプトになっています」と書いてくださいました。VOOXは(宣伝になってしまいますが)僕が運営に関わっている「学びに特化した音声メディア」です。ちょうど一年前に生まれたメディアで、多くの著者にご協力いただき現在60人以上の方のお話を掲載しています。当初から僕らのチームでは「いつか、ここから本が生まれたらいいな」と話していたのですが、そんな思いが(僭越ながら)少ーし形になったようで、本書の出版はVOOXチームにとっても感無量です!


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