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【登山道学勉強会】山とリスクとコミュニケーション #16

前回のおさらい

前回は山岳遭難を防止するために登山者と登山道をどうマネジメントしていくべきか?という内容の論文を紹介しました。登山道のマネジメントとしては、まずその山のリスクを評価して、工務・情報・規制という3つの方法を取ることが有効であることがわかりました。この中の「リスク評価」と「情報」に具体的にどのように対応していけば良いのでしょうか?今回は前回の続きとしてこれらを補足するような論文を紹介したいと思います。

今回紹介する論文

今回紹介する論文は「大雪山国立公園におけるインタープリテーションとリスクコミュニケーションに関する事例研究」(2021、方翀博)です。けっこう長いので要点だけを見ていきたいと思います。


要旨

・大雪山国立公園旭岳は、2000m級の山岳でありながら、ロープウェイを利用して、本州ならアクセスし難い高山環境に訪問することができる。そのため、高山植物の脆弱性や高山環境のリスクを知らずに訪れる人が多い
インタープリテ ーションリスクコミュニケーションは、人間と自然との調和を図るために、人間活動が自然環境に与える負の影響、および、自然環境による人間活動への潜在的危険などを軽減するコミュニケーション
・SNS上のコメントには誤解を招きやすい情報が存在し、管理者は公式サイト で信頼性の高い情報を発信するだけでなく、そのような情報にも対応することが必要となる

今回の研究の舞台となるのは前回も出てきた大雪山の旭岳です。旭岳の五合目に当たる姿見の池まではロープウェーがあるので、誰でも気軽に、登山をしない人でも高山帯の景色た植物を楽しむことができます。それゆえに軽装登山も多く、過去に装備や知識不足と思われる遭難事故がたびたび発生しています。そんな姿見の池ではロープウェーを降りたところで3分間のレクチャーが行われています。このレクチャーのことをこの論文では「到着説明」と呼んでいますが、この到着説明にどのような効果があるのかをアンケートなどを通じて調べてたのが論文の内容となります。

人間活動(つまり登山)には、植生を踏み荒らすなどの不適切な行動過剰な利用により自然環境を破壊する可能性があります(→自然環境に与える負の影響)。逆に、悪天候・不安定な地形や落石・危険な動物によって人が怪我をしたり、命を落とす可能性もあります(→人間活動への潜在的危険)。登山など人が自然の中に入っていく事は、人も自然にもリスクがあるわけですね。これらのリスクを軽減するために有効なのが、自然環境に与える負の影響に対しては「インタープリテーション」人間への潜在的危険には「リスクコミュニケーション」ということになります。山岳管理者はこの2点に注目して情報発信を行なっていく必要があります。

また、昨今は登山に関する情報もインターネットやSNSで調べる人も多いため管理者はこれらの動向にも注意していく必要があります。晴れた日に山に登った人が「初心者でも簡単に登れました」というコメントをSNSにあげたとしても、それがいつでも誰にでも当てはまるとは言えません。前回もあったように山のリスクは個人や時空間的に変わるからです。管理者は積極的に信頼性の高い情報を訪問者に届けなければいけません。


到着説明

次に「到着説明」についてもうちょっと詳しく見ていきましょう。姿見の池での到着説明は2003年から東川町大雪山国立公園保護協会によって開始されたそうです。現在はNPO法人大雪山自然学校が委託事業として行なっています。類似するものとしては吉野熊野国立公園の大台ヶ原や知床国立公園の知床五湖のレクチャーなどがあります。

インタープリテーションには一般的に対人的なものと非対人的なものに、さらに先験的(訪問前に利用)、現場的(訪問中に利用)、後験的に分類することができます。それぞれ長所と短所がありますが、到着説明はどちらかというと対人的(理由は本文を読んで下さい)で先験的なものになります。非対人的(看板や情報掲示板)は読まない人も多いため、到着説明は手間こそかかりますがインタープリテーションとしては多くの人に必要な情報を伝えられますし、情報を記憶している率も高いことがわかっています。

到着説明の内容は人や時期や状況によって異なりますが、おおよそ①利用マナーや安全に関する内容が42.1 %、②登山コースの選択が16.7 %、③登山道の状況が12.7 %、④高山動植物の観察状況が15.9 %となっているそうです。

すべての訪問者がこの到着説明を聞いているかというと、もちろんそういうわけではありません。アンケートによると到着説明に参加しているのは約8割だったそうです。では残りの2割の人には意味が無いかというと、必ずしもそのようのことはなく、多数派の行動を管理することで少数派のネガティブな行動を抑えることがっできます。

到着説明という手法は短時間・頻繁に集まれる時空間のある場所において有効で、他の地域でも有効な可能性があります。とはいえ到着説明にも限界があります。場所や時間的な制限もありますし、人数が多くなれば一方的な情報発信になってしまいます。それを補足するためにも他のインタープリテーション、例えば掲示板など連携させていくことも必要です。


SNSとリスク評価と情報発信

北海道警察の統計によると、旭岳では5年間(2016〜2020年)に44件発生しているそうです。多いのは道迷い15件(34%)、転倒8件(11%)、悪天候4件(9%)・病気4件(9%)です。これらの事故を防ぐためにはどのような情報発信をしていくべきなのでしょうか?

この研究ではTripAdvisorから旭岳について書かれたコメント300件以上を分析。さらに現地で75組のインタビューも併せて、訪問者が旭岳で感じたリスクの原因を抽出しています。それら内容を先行研究をもとに①登山道の標識問題②低温による危険性③天候急変による危険性④登山道路面の危険性の4つに分類しています。また、これらを踏まえて山岳遭難対策として、道迷いへの対処、滑落と転倒への対処、病気(低体温症)への対処と3つの視点から対応方法が提案されています。これは旭岳に限った話ではありませんので、興味のある方は本文を読んでみて下さい。

情報発信には時空間的に到着前到着直後登山中毎に異なる情報を発信する必要があります。到着前(ネットやガイドブックなど)には装備の準備や計画に関わる情報を、到着直後(到着説明や情報掲示板など)には当日の登山道の状況や天気の情報が重要となります。登山中には(標識や道標など)登山者が状況判断に役立つ難易度や地点までの距離などの情報を分かりやすくすることが事故防止につながります。

このようにどのような情報を発信すべきかは訪問者や登山者が感じたことや実際に起きた事故などをもとにリスクの評価をする必要があります。そのためにはSNSなどインターネット上の情報も大いに参考になるでしょう。


大雪山国立公園に対する提言

最後にこの論文では大雪山国立公園の管理に関して大きく4つの提言がされています。これらは大雪山に限った話ではなく他の山岳地域でも共通する部分があると思いますので紹介しましょう。

1.情報を適切なタイミングで提供すること
2.大雪山グレードを利用した情報提供をすること
3.到着説明を継続すること
4.SNSなど新しいコミュニケーションへの適応すること

3の到着説明が実施できるかどうかは短時間・頻繁に集まれる時空間のある場所があるかどうかによります。他の地域で行われている到着説明なども参考にしていきたいところなので今後の比較研究が期待されます。

2の登山道のグレーディングに関しては最近いろいろな山域で導入され始めています。すでに導入されているところではいかに効果的に情報提供や繋げていくか検討が必要です。まだ導入していない山域では他のグレーディング内容を参考に導入の検討をしてみても良いでしょう。

1と4はどこの山域でも検討可能です。まずはSNSなどでどんな投稿がされているのかをチェックしてみましょう。また、都道府県警で発信している遭難情報なども併せてリスクを洗い出して、時空間的に合った情報発信ができているかを検証してみてはいかがでしょうか。


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