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【登山道学勉強会】登山道の勾配と持続可能性の関係を調べよう② #12

前回は北海道大雪山で登山道侵食を調査した論文を紹介しました。今回ももう一つ日本で行われた研究事例を紹介します。登山道の断面図を計測した調査の一つです。今回の舞台となるのは丹沢山地です。前回の大雪山は高山帯で凍土があったりと特殊な環境だったでした。丹沢山地は標高も低くブナやモミの原生林など樹林帯が主となるので、こちらの方が汎用性があるかもしれません。

今回紹介するのはこちら、『丹沢大山総合調査学術報告書 (2007)』の中から
「登山道施設荒廃への影響分析」 (塩野貴之 )です。

なお、今回の以前の「トレイルの勾配と持続可能性の関係 #10」の内容が含まれるので、合わせてご覧ください。

簡単に復習すると、土壌の侵食が少ない、つまり持続可能性が高いトレイルの条件は、トレイルグレード(勾配)が3~10 %で、かつTSAが23 °以上であるということでした。アメリカの研究ではこのような結果が出てますが、果たして日本ではどうなのでしょうか。それを探っていきましょう。

登山道学研究会スライド2.015


丹沢山地で登山道の研究を

丹沢山地では2000年ごろから登山道の研究が行われていたようです。以前、別のnoteでも取り上げたことがあるので興味のある方はもちらもどうぞ。

今回紹介する論文が発表されたのは2007年で、おそらく一番新しい論文になると思いますので、丹沢における登山道研究の集大成と言っても良いのではないでしょうか。いつものように詳しくは原文を読んで頂きたいのですが、ざっくりと要約すると次のような感じです。

①丹沢山地登山道の1,673地点の荒廃状況(幅員と侵食深)を調査
②荒廃の要因は
人為要因(登山者数、管理整備)
環境要因(気象、傾斜角度、形態、周辺植生、地質など)
に分けられる
③荒廃の程度は、
・幅員→登山者数> 植生> 登山道形態> 傾斜角度
・侵食深→登山者数>登山道形態>傾斜角度>植生
の順に相関が高い

驚くべきことに、調査地点はなんと1,673地点。しかも調べた項目がかなり詳しく、すべてではありませんが登山道の傾斜方位、登山道の形態(斜面直登、 尾根直登、 尾根上ジグザグ、山腹を横切るトラバース、谷底の5種類)、周辺植生(ブナ林、モミ林、ササ草原、低木林、二次林、人工林、草地、渓畔林の計8タイプ)、さらに登山者数まで調査するという念の入れようです。

結果、登山道の荒廃の程度はいろいろな要因が複合的に合わさっているようですが、登山者数が一番相関が高いということが分かりました。あくまでも相関があるという話なので登山者数=侵食程度ではありませんが、今までさんざん水による侵食の話をしてきたのに、なんだか拍子抜けしてしまいます。

登山道荒廃の要因は一概にはいえませんが、登山者が多いところほど整備・管理ををしっかりする必要があるとまとめられています。


勾配に注目してみる

今回はこの論文の中でも特に勾配に注目してみましょう。登山道の勾配(論文内では傾斜角度と表現)も調査されています。論文内のグラフを見てみます。

グラフが幅員と侵食深の二つに分けて、さらにグラフ内では侵食は登山者数との相関が最も強かったので、登山者の多い所と少ない所で分けた棒グラフになっています。

登山道学研究会スライド2.023

不思議なのは登山者数が少ないとこでは勾配の影響は小さいということです。ここで注目したいのは侵食深の方の0〜5°(0〜8.7%)のところです。ここは極端に侵食が少ないのがわかります。これはアメリカの研究と通じるところがあります。しかし、傾斜が0〜3%についてはデータがないのでなんとも言えませんね。

登山道学研究会スライド2.024


形態(TSA?)に注目してみる

次は登山道の形態に注目してみましょう。この研究のすごいところは登山道形態(斜面直登、 尾根直登、 尾根上ジグザグ、山腹を横切るトラバース、谷底の5種類)にも調べている点です。

細かい数値こそ出てきませんが、これはTSAと発想は同じと言えます。つまり「斜面直登、 尾根直登」は直登ルート、「尾根上ジグザグ、山腹を横切るトラバース」は水平ルートと考えることができそうです。実は日本でもTSA的な研究はされていたのです!

登山道学研究会スライド2.025

こちらも侵食深の方をみると、トラバースが顕著に侵食量が少ないことがわかります。具体的な角度はわかりませんが、TSAについてもアメリカと同じ理論が通りそうな気がします。

登山道学研究会スライド2.026


登山道の勾配と持続可能性の関係

ここまでをまとめると、日本においても

①登山道の勾配が11%以上は持続可能性が低い
②直登ラインは持続可能性が低い

ということが言えそうです。ただし、登山道の勾配が0~2 %の低すぎる勾配の時の持続可能性については分かりません。

登山道学研究会スライド2.027

とはいえ、この丹沢での研究は登山道を管理する上では大いに参考になると思います。まだまだ解明されいないことは多いですが、日本でも意外と登山道の研究はされているということを知ってもらえたのではないでしょうか。しかし、これらの研究を知っている山岳関係者はいったいどれくらいいるでしょうか。残念ながら登山道の管理にこれらの研究があまり生かされていないように思われます。


整備の方向性

登山者の数と登山道の侵食には相関があることが分かったのですが、だからと行って入山規制などは日本では現実的ではありません。アメリカではパーミッション(許可性)やアクセスしずらくするなどで利用者を調整していることがあります。日本でも今後議論されるべきだとは思いますが、現状ではあまり現実的ではありません。この研究ではまとめとして、登山者の多いところほど管理・整備する必要があると提言されています。ではその整備はどのように行うべきでしょうか。

これらの研究をふまえると、登山者が多い登山道ほど傾斜を緩くすべき、と言えるのではないでしょうか。日本ではあまり登山道のルート変更は行われていないような気がします。ルートの変更は大掛かりな作業で、国立公園などでは法的な問題もあります。しかし長い目で見たときに、荒廃の進んだ現状のルートを維持し続けるよりもあたらしく持続可能性の高いルートに付け替えることも有効な可能性があります。そのためには、どういう登山道が持続可能性が高いのか?その理屈や理論を組み上げ、登山道学を確立する必要があります。

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