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【登山道学勉強会】登山道の勾配と持続可能性の関係を調べよう #11

前回の登山道学勉強会(「トレイルの勾配と持続可能性の関係」)は”トレイルの”勾配と持続可能性の関係性についてアメリカのレポートを紹介しました。その中で、日本では「TSA」などの研究がなされていないので、この研究の内容が環境の違う日本でも通用するのかどうかは分からないという話をしました。

しかし、日本の研究者も何もしてこなかったわけではありません。日本各地で登山道に関する研究、特に登山道の侵食や荒廃の要因に関する研究はけっこう行われてました。今回はそんな数ある研究のうちの一つを紹介しつつ、登山道でも勾配が持続可能性に関係しているか?を探っていきたいと思います。

今回紹介する研究は、前回も出てきた「CSA(断面図)」を使った研究です。日本でこの登山道の断面図を利用した研究は多くはありませんが、その研究の舞台の一つとなるのが北海道の大雪山です。

(日本で書かれた論文では「CSA(Cross Section Area)」ではなく「Cross Section Point」と書かれています。ややこしいので、ここでは「断面図」という言葉を使います)


大雪山で断面図を使って行われた研究

大雪山で行われた断面図を使った研究論文はいくつかありますが、今回は代表的な2つを取り上げます。一つは大雪山の黒岳の近く「雲ノ平」周辺で行われた研究の「Erosion of mountain hiking trail over a seven-year period in Daisetsuzan National Park, central Hokkaido, Japan」(Akemi Yoda, Teiji Watanabe)です。もう一つは旭岳の周辺「裾合平」で行われた「大雪山国立公園, 裾合平周辺における登山道侵食の長期モニタリング」(渡辺 悌二, 太田 健一, 後藤 忠志)です。詳しくは原文を読んでいただきたいのですが、なぜか一つは英語で書かれています。「英語のレポートなんか読んでいられるか!」という方のために、ざっくりと紹介します。

まず登山道の両脇にL字のアルミアングルを設置します。そして、その間の断面図を記録します。そして数年後にまた断面図を記録します。その差からどれだけ土壌が侵食されたかを計算します。これを何か所かに設置してそれらの結果を比較する、という研究になります。

登山道学研究会スライド.065

「雲ノ平」周辺で行われた調査では、1990年に19ヶ所にアングルを設置して、7年後の1997年にどれだけ侵食されたかを調べました。結果、積雪多い場所(=雪田草原)では侵食の量が多く積雪のない場所(=風衝地)では少ないということが分かりました。これは雪の多い所は雪解け時期に恒常的に水が流れるからという理由が考えられます。

登山道学研究会スライド.066

また、「裾合平」周辺で行われた実験では1991年に設置してから10年近くの間に渡って断面図を取り続けました。その結果、年によって侵食の量には違いがあって夏の間の雨量などによっても侵食の量が変わると言うことが分かったのです。

これらの結果から登山道の侵食の度合いは積雪量や雨量などが関係しているようです。それでは登山道の勾配やTSA、つまり地形の影響はどうなのでしょうか?それではこの先行研究を元に地形要因との関係を調べてみましょう。


登山道の勾配と侵食の関係

雲ノ平で行われた研究の方は、ちょうどよく調査地点の登山道の勾配が記載してあります。元の研究では雪田草原と風衝地と分けて比較していましたが、ここではまず勾配と侵食量の相関を見てみましょう

登山道学研究会スライド.067

結果、相関係数r =0.53 ということで勾配と侵食量には正の相関がありそうです。つまり勾配が急なほど侵食量も多くなるということですね。これは予想通りといったところです。

登山道学研究会スライド.068

さらに勾配を「0〜2 %」「3~10 %」「11 %~」に分けて見てみました。その結果、0〜2 %の平らすぎる場所でも侵食量は小さいようです。


TSAを調べてみようと思ったが・・・

それでは次にTSAを調べてみましょう。TSAの良いところは地形図やGISを使えば調べらる点です。これまた幸いにも雲ノ平の研究では調査地点も掲載されています。多少の誤差はあるかもしれませんが、参考程度には調べられそうです。

TSAは直登ラインに対して登山道がどれくらい傾いているかというもです。そのために、まず調査地点の等高線に対して直登ラインを引こうと思ったのですが・・・。

登山道学研究会スライド.068

雲ノ平はその名の通り平坦な地形をしています。そのため、等高線を見ただけでは直登ラインがよく分かりません!

ということで、登山道の勾配と持続可能性関係はまだよく分からないと言わざるをえません。今後の課題にしたいと思います。


大雪山の特殊性

大雪山での研究で注意したいのはその気象と地質の特殊性です。まず気象についてですが、大雪山の特徴はなんといっても強風&多雪という点です。そのおかげで雪が風に飛ばされるため、冬でも雪が積もらないところや積雪が少ないところは風衝地となり、逆に雪が吹き溜まるところは雪田草原や、一年中雪が解けない万年雪となったりします。大雪山ではシーズンを通して多様な高山植物を見ることができるのは、この積雪が関係しています(詳しく知りたい方向けにおすすめ本を最後に載せておきます)。そしてこの積雪の違いが登山道の侵食にも関係してくるというわけですね。

地質に関しては土壌は薄く、その下は火山性の礫や火山灰となっているところが多いです。礫や火山灰は浸透能が高く水捌けは良いように思えますが、大雪山には夏でもすぐには溶けない凍土があります。そのため、近に浸透した水の流れは単純ではありません。

前回紹介したアメリカの研究はアパラチアントレイル等で行われているので、その環境はかなり違うと想像されます。アパラチアントレイルにも高山帯っぽい所もありますが、メインは樹林帯です。アメリカで行われた研究結果が、そのまま日本に当てはめられない理由はこのあたりにあります。そのため、今後の研究が望まれます。


雪田草原と風衝地

この雪田草原と風衝地というのは日本の高山帯でしばしば見られる環境です。また、高山帯は脆弱な環境なため植生や登山道の荒廃が問題となっています。最後にそんな雪田草原と風衝地における研究成果の一つをご紹介しましょう。

舞台となるのは東北の飯豊朝日連峰です。飯豊朝日連峰では「飯豊連峰保全連絡会」「朝日連峰保全協議会」「飯豊朝日を愛する会」の方々により保全活動が活発に行われています。飯豊朝日も高山帯は雪田草原や風衝地となっていて、そこで行われてきた保全活動の集大成ともいえる「飯豊連峰朝日連峰の保全技法 雪田草原・風衝草原の植生回復」が2022年に作られ公開されています。とても簡潔に分かりやすくまとめられていますので、高山帯の保全活動をされている方にはとても参考になると思います。



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