見出し画像

小説なんて書いても

  主人が急に小説を書き始めてから、もうすぐ二ヶ月が経とうとしている。勝手にパソコンの画面を横から覗き込むも、あまりに内容がつまらなくて思わず鼻で笑ってしまった。

 新人賞に応募するのだと意気込み、こうやって仕事から帰ってきても、夜遅くまで熱心に取り組んでいた。怒ると思ったのに、特に反応は無い。パソコンの電源を落とし、いつものようにさっさと寝室に入ってしまった。やっぱり今晩も私は寝室に入れてもらえない。

 最近、私の存在が蔑ろにされている気がする。特に小説を書き始めてから顕著。頑張っているのはわかるけれど、まるで私なんて存在しないかのように振舞うので、ちょっとどうかと思う。意地悪したくなる気持ちもわかってほしい。まあ、それにしたってあの内容はどうかと思うけれど。

「終わった!」

 翌日の夜、そう叫んで両手を上げた主人に私は駆け寄る。ついにこの日が来た。さあ、構え。この二ヶ月は広い心で許してやったが、その分、今からしっかりと私に構いなさい。

 ところが、やっぱり私になんて見向きもせずにすぐ寝室に入ってしまう。もうこちらはとっくに我慢の限界。今日に限って扉が少し空いているので、寝室に入り込むと、ベッドで横になる主人の腹に乗ってやった。

 まるで私の重さなんて感じないかのような主人は、手にした写真をずっと見つめている。

「夢でも逢えないのなら、せめて小説の中で逢えたらね」

 その写真に収められているのは私。ねえ、ここにいるのに何を言っているの。それであんな風に猫ばっかり出てくる小説を書いたのかもしれないけれど、猫好き感がダダ洩れすぎて、絶対に一般受けしないよ。

 やがて眠ってしまう主人。私は枕元に移動して、顔の横で身体を丸くする。どうすれば夢で逢えるのかはわからないけれど、逢えたらあんな小説なんか目じゃないぐらいに楽しませてやろう。

 そんなことを考えていたら、次第に私も眠くなってしまった。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?