ハロウィーンの魔物

 今年もハロウィーンの季節がやってきた。

 今年は特にハロウィーン当日が土曜日ということもあるから、そりゃあ賑やかなお祭りとなるだろうことも想像だに難くないが、どうにも自分は過去の苦い失敗があって、毎年この時期になるとその若気の至りをつい思い出してしまう。

 私も一度仮装をしてハロウィーンを楽しんだことがある。舞浜の東京ディズニーランドでの出来事だ。

 もう10年くらいは前の出来事ではあるが、当時もディズニーランドは日にちを決めてディズニーキャラの仮装をしてパークへ入園することをハロウィーン期間中のみ許していた。(子供はいつでも仮装入園が出来たと思う)

 私は《不思議の国のアリス》が大好きなので、ディズニー版もまあそんなに嫌いではなく(一番好きなのはもちろん原書・ジョンテニエル版のデザイン)友人から「ディスニーキャラの仮装をしてパークに集合せよ」との指示が下った時にも、まっさきに思い浮かんだのが不思議の国のアリスのホワイトラビットの仮装だった。アリスを不思議の国へ誘う、あの白兎である。

 真っ赤なジャケットに白いうさぎ耳とうさぎのしっぽ、インナーには黄色いベストを自作して、懐中時計と手袋を持参するーーこれなら仮装初心者の自分でもなんとかなりそうだ、ということも当然理由にはあった。

 一緒にパークへ入園する相方は当然、私のそうしたアリス好きを知っていたため、アリス本人の仮装をしてきてくれた。衣装は全て自作するというから自分などとは気合の入りようが天と地ほども違っている。

 そうしていよいよ入園当日。

 我々が気になったのは、仮装している入園者の少なさだ。

 今でこそハロウィーンシーズンの仮装日は溢れかえるほどの仮装者でごった返すパーク内であるが、私が行ったその当時、その日はちょうど平日ということもあってか、園内でキャラクターの仮装している人は本当に少なかった。そのため私とアリスのコンビは何をするにもひどく浮いていた。あまりに浮いていたため、「仮装日を間違えたのか?」とさえ思ったほどである。

 なお、私たちコンビ以外にもう一人別の共通の友人が仮装も何もせずに家族で同日のパークを訪れていたことをここであらかじめ伝えておこう。

 さて、日も傾きだしたハロウィーンの夕暮れ、私はひとつの大きな決断をせなければならなくなった。

 それは不思議の国のアリスを模したアトラクション《アリスのティーパーティー》に乗るか否か、というものだ。遊園地によくある、コーヒーカップの回るアトラクションだ。

 実は私はこうした遊園地の回転するアトラクションがひどく苦手で、TDLには幾度となく訪れてはいたもののこのアリスのティーパーティー、および遊園地のコーヒーカップというものには乗ったことがなかった。幼い頃に乗って大変な思いをして以来近寄ることさえ避けていた、まさに鬼門のような存在である。

 しかし今日ばかりはそうもいかないだろうーーとはアリスの友人の談だ。そりゃあそうだ。今日の我々はアリスとホワイトラビットに仮装しているわけだから、それならティーパーティーに参加しないなどという選択肢は存在しない。

 パーティーへの遅刻は許されない。

 アリスの友人もカップが動き出す前からテンションMAXでひどく嬉しそうだった。

 それだけは辛うじて自分も記憶している。

 ただ、それくらいだ。

 その後の記憶は既に胡乱なものである。

ーーさて、前述のもう一人の友人について話そう。

 その友人は私とアリスからこの日ハロウィーンの仮装をしてパークへ一緒に入園しないかという誘いを受けた友人のうちの一人だった。

 しかし彼女は「仮装は嫌だ」とそれを断り、家族を連れて別行動で入園していたのである。

 その彼女が、夕暮れ時も近いファンタジーランド内に黒山の人だかりを発見した。それは、アリスのティーパーティーをぐるりと囲んでいるように見えたという。

 群衆の隙間から彼女が首を伸ばすと、そこには大きな見慣れぬ一台の車が停められており、地面の上には担架が降ろされていた。

「一体どうしたんだ?」

「救急車が来たらしいよ」

「怪我人か?」

 そこここから囁かれる噂に耳をすませた彼女が耳にしたのは、おおよそ次のような内容であったという。

「なんかーー不思議の国のアリスの、アリスとうさぎが? ティーカップに乗ってたんだけど」

「白うさぎの方が目を回して倒れたんだよ」

「泡を吹いてさ」

 そうして友人が目にしたのは、担架に寝かされてぐったりした赤いジャケットを羽織ったホワイトラビットの自分と、そばで「ごめんね!ごめんね! 回しすぎたよね!!!」と号泣するアリスの姿だったという。

 しかも大変運が悪いことには、自分はこの日誕生日であり、赤いホワイトラビットのジャケットには誕生日の入園者がもらえる「えじまさんおたんじょうびおめでとう!!」などという大変どうでもいいシールがしっかりとはられていたりして、それがいよいよ居た堪れなかったと、のちに友人は遠い目をして語っていた。

 そうして次に自分が意識を取り戻したのは、パーク内の救護室だった。

 お尻にひどい違和感を覚えて朦朧とした意識のまま体を起こすと、自分がベッドの上に寝かされていたことを知る。

 そう。自分はホワイトラビットの仮装をしたまま横たえられていたため、お尻にはまだ白いうさぎのしっぽをつけていたのだ。当然うさぎ耳のカチューシャも、メガネもつけたままだった。手には白い手袋さえはめていた。

 ふと寝返りを打つと、隣のベッドに寝ていた小さな女の子と目が合った。彼女がじっと自分を冷たい眼差しで見つめたまま、

「ママ、うさぎの人が起きたよ」

と呟いたのを聞いて、無性に泣きたくなったことを覚えている。

 ちなみにアリスの友人はハロウィーン土産を買ってくるというメール一通を残して既に救護室にはいなかった。彼女のメールの受信時間を目の当たりにして、自分がこの救護室で随分長い間ホワイトラビットの姿のままで寝かされていたことを知る。

 拷問か。

 

 ハロウィーンには魔物がいる。

 同じ阿呆なら踊らにゃ損ーーという理屈にもそれは似て、ハロウィーンを楽しまなくちゃ秋を終えられないという脅迫観念めいた何かが今や日本中を支配している。都内に住まう誰も彼もが、今年の渋谷はどんな風になるんだろうと、その賑わいの予測で今から心をざわつかせている。

 経済規模がついにクリスマスをも凌駕したとされるハロウィーンが、今年もどうかみなさまにとって良きものでありますように。。。

 Happy Halloween!

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