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自由度の高さ

わたしは小心者。

大体の空気を読んで
求められるものに対して答えてきた。

学校では学校なりの
会社では会社なりの

おそらく多くの人が求めるであろう
一般的なイメージを元に

その人間像に従って
外れない答えを提示してきた。

だけど
今の時代は求められる姿よりも

自分の求める姿を
自分のしたいことをしようと

社会が言っているようで
否定しない感じ、感じる。

良き流れなんだろう、きっと。
自分というスケールで表現は自由。

わたしなんかイメージの枠から抜け出るような
そんなことできなかったけど。

先日息子から国語の時間に書いた
詩が届いた。

タイトルは
「ドリンクバーの詩」

公私混同が甚だしく
よーこれ書いたな、授業中に、、、

中身もまた
家の様子がまざまざと浮き出るような作品で

母親たるわたしが見るには
恥ずかしさも感じる内容だ。

おーーーーーい!!!
とは思ったが、先生は褒めてくれたと。

本当かどうかはさて置き
素直な表現が良いらしい、、、

ドリンクバーはおかわり2杯まで
という我が家のルールも掲載され

国語の時間かどうかなんて
問題にもしない

その枠の無さ加減に
自由度が高いと褒めてしんぜよう

我が息子よ。

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