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精神科医が考察するガラージュ② ~治療装置としての役割~

#1 今回以降はネタバレ解禁です!

 今日はガラージュ解説の2回目です。
 前回のネタバレなし版だと言いにくかったこともあるので、今日のはネタバレありでいきます。精神科医が考察するガラージュ 第二回です。
きょうは、ガラージュの世界観をネタバレしながら語っていきます。

#2 自我とイド/機械とカゲ

 前回の記事で無意識と意識が関係あるのではないかという話をしましたが、ガラージュで大事な設定に「機械」と「カゲ」があります。「カゲ」のことを作中で「シャドー」と呼ぶ人も居ますが、同じものです。

カゲ、というのは分身だと彼女はいうが、
「表裏一体」が正しいように思う。

 主人公は機械の形をしていますが、「カゲ」を探すのがこのゲームの目標の1つです。したがって、機械とカゲで1つの存在になるわけです。これらをつなぐのが原想体といわれるものです。
 ガラージュというゲームの序盤のストーリーは、カゲと原想体の情報を収集し、これらをみつけることです。これらを発見しなければ、精神世界を抜け出して現実世界へ戻ることはできないと説明されます。

 互いに関係なさそうな3つの要素ですが、譲葉は似たようなモノをひとつ知っています。ジークムント・フロイトが提唱した、「自我」「超自我」「エス」の概念です。(「エス」はドイツ語の用語です。ラテン語は「イド」です。解説の図にあわせるために、以降は「イド」と記述します)
 海に浮かぶ氷山のような絵で表現されることが多く、今回の説明でも踏襲しています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E6%84%8F%E8%AD%98 より引用
2022年2月11日 (金) 15:58版

 ジークムント・フロイトは、太陽が当たっている部分しか自分を正しく認識しておらず、海の下の方に見えない無意識と、それを光の当たらない面でつないでいる超自我があると考えました。「機械」と「カゲ」をつなぐ「原想体」です。「自我」と「イド」をつなぐ「超自我」です。矛盾がないようにみえます。
 問題は、何が「自我」にあたり、何が「イド」にあたるかです。
 
ゲームを進めていくと、「機械が強くなることは現実世界での死を意味する」「機械の力が強ければ、カゲは弱い」ということがわかります。
 ガラージュの中での姿が強ければ、現実の世界では弱い存在になるということです。

順応度はガラージュでの自我(Ego)の強さを表しているのだろう。
オトヌケは順応度の低さを示す状態像のひとつだ。

 ガラージュの世界は現実世界ではありません。治療装置が作り出した幻影です。現実の世界は意識、つまりさっきの図で言うところの光があたっているところなので、カゲは自我にあたります。
 そうすると、機械はイドになります。「機械の力が強くなる」というのは無意識が大きくなるということでもあり、現実の世界での自我が小さくなっていると考えることができるかもしれません。現実の世界で自我が弱くなるということは、現実での死を意味すると考えてもいいように思えます。

 これを裏付けるのが、ゲーム終盤に登場する「白瓦斯屋年代記」の記述です。白瓦斯屋年代記には「1つの完全なカゲはこの世界全てと対応している」とあります。ガラージュは主人公の精神世界であり、つまりはイドそのものです。前回の記事でガラージュは精神療法であり、精神療法の目的はイドと自我の統合であると書きましたが、まさにそれそのものです。。

#3 解体とは

 ゲーム後半ではキャラクターは消えたり解体されたりします。
 このゲームのキャラクターはかつて主人公が現実の世界で出会った他者か、無意識に埋まっている克服しなければいけない課題だろうと考えられます。記憶やトラウマと言い換えてもいいでしょう。
 登場人物が消えていくというのは、ガラージュの世界で過ごしたことで、意識していなかった自分の心の動きを見つけて、自分の心と対話し、自分を理解したり変化させたりできたのだろうと思います。
 これは自我の変化ともいえます。一部のエンディングでは主人公のカゲがNPCとの思い出を語るため、この考察がそれらしいと考える証拠のひとつになりそうです。

#4 アインとガタリにカゲがない理由


 前回の記事で、ガラージュと箱庭療法の間に共通点があるという話をしました。これを裏付けるのが、アインとガタリにカゲがないことです。

ガタリ先生。
アンチ・オイディプス(1972) の著者にちなんでいるかもしれない。

 箱庭療法を担当する医師や心理師は、進行や助言を与えるファシリテイターです。彼らは箱庭療法に治療者として参加しているのです。
 彼らは箱庭療法によって治療される側ではないので、彼らの機械の姿は別のものとして捉えなければいけません。
 アインやガタリが治療者であると主人公が自覚しているがゆえに、アインやガタリは主人公の無意識に存在していますが、この世界の住民でないということも知っているため、ガラージュではカゲが作られなかったのだと考えます。
 精神医学の考え方ではありませんが、アインとガタリが狂言回しの役割を負っていたからだと考えた方が、譲葉にとっては腑に落ちやすかったです。

#5 おわりに

 きょうはガラージュの世界観に大きく影響する機械の身体とカゲについて考察をしました。
 ガラージュの世界は主人公の精神世界であるというのは予想がつきますが、治療のためにガラージュの世界を訪れていると考えると、ゲーム攻略上の目的とは別に、治療的な目標があると考えなければならなくなります。
 このことについてはシリーズを通して考えていくことになると思います。

最後までご覧いただきありがとうございました。

次回はヤンと主人公とシェンの話をしたいと思います。


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