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継続的成長には“回復の技術”が必要だーーSmartHR宮田昇始が「メンタルヘルス」から半生を語る【起業家人生グラフ図鑑 vol.1】

起業家たちの人生をグラフで振り返りながら、選択の軌跡を追体験していく連載企画「起業家人生グラフ図鑑」。イノベーションを推進するスタートアップを表彰する、EY Innovative Startupが企画しています。

第1回に登場するのは、クラウド人事労務ソフト『SmartHR』を運営する株式会社SmartHRの代表取締役・宮田昇始氏。倒産、強制捜査、難病……壮絶な若手時代を経て起業し、SmartHRを成長させてきた宮田氏の軌跡を、「メンタルヘルス」を軸にたどっていきます。最初の2年間は手応えゼロで、その後も10回のピボット、燃え尽き症候群など数多の苦難に直面した宮田氏。いかにメンタルヘルスと向き合い、継続的成長を実現してきたのか、その半生に迫ります。

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起業したのは、消去法でした──「人生で一番つらい時期」に取った選択

人事労務手続きを効率化する、クラウド人事労務ソフト『SmartHR』。2020年12月現在、登録企業数は30,000社以上で、国内シェアNo.1※を誇る。運営元のSmartHRは、2019年7月にシリーズCで約61.5億円を実施し、累計調達額は約82億円に到達。お笑いコンビとんねるずの木梨憲武と俳優の伊藤淳史が出演するテレビCMも放映した。

いま最も勢いのあるHRテックスタートアップ──そう言っても過言ではないだろう。しかし、2013年1月の創業時には、華やかな未来など、露ほども思い描いていなかったという。宮田はSmartHR創業のきっかけを、苦々しい面持ちで語った。

「起業したのは、消去法だったんです。何もかもがうまくいかず、他に選択肢がなくなってしまって」

自由に生きていくため、いつ会社を辞めても食べていけるような実力と実績がほしい──1984年生まれの宮田は、そんな一心で、ネットベンチャーに新卒入社。約3年間、ハードワークの中で成長を実感していたさなか、2008年にリーマン・ショックが起こる。宮田の勤めていた会社もその余波を受け、その後、倒産したという。

続いて入社した会社では、なんと警察の強制捜査が入った。「あれ?全然うまくいかないな」──漠然と思い悩みながら転職した3社目でも、代表と方針が合わず苦しんだ。さらには難病を患って顔面麻痺に陥り、数ヶ月間の車椅子生活を余儀なくされる。ここで人生について見つめ直した宮田が取った選択が、「起業」だった。

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「この頃は、人生で一番つらかったです。いい加減、自分は会社選びがうまくないんだなと痛感しましたね。小規模ベンチャーの辛さも十分身に染みたので、いくつか有名なメガベンチャーを受けたのですが、あっさりと落ちてしまった。それでもIT以外の業界では働くイメージを持てなかったので、起業しか選択肢がなかったんです」

起業に対して、ハードルの高さを感じることはなかったという。その理由は、宮田にとって起業は「普通の人たちが、当たり前にすること」だったからだ。

「同世代のIT業界の友達が、けっこう起業していて。その人たちは、特別尖っていたり、飛び抜けて優秀だったりするわけではない、普通の人たちでした。ですから不安は全然なくて、『みんなにできるなら自分にもできるかも』といった軽い気持ちでしたね。会社を大きくしたい気持ちもなく、『10人くらいで細々とやっていけたらいいや』くらいに思っていました」

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※『HRクラウド市場の実態と展望 2019年度版』デロイト トーマツ ミック経済研究所調べ

「無理だ」と気付きながら、ずるずると続けるしんどさ

しかし、宮田の余裕は早々に打ち砕かれることになる。まず驚かされたのが、創業間もないスタートアップは社会的信用が不足しており、法人の銀行口座が作れなかったこと。苦心の末、ようやく信用金庫で開設できたというが、その他にも予想外のトラブルが続発。「侮っていたが、これはやばいことを始めてしまったのではないか?」と、少しずつ痛感していったという。

事業状況も思うようにいかない。創業後の2年間は、受託開発で稼いだ資金で自社プロダクトを開発するスタイルを模索していた。しかし、常にキャッシュが底を尽きそうな状況に、宮田はどんどん疲弊していく。

「手応えはゼロに近かったですね。自社プロダクトも『うまくいきそうにないな』『これを続けていても意味ないな』と感じていました。『途中で諦めるのは、周りに示しがつかなくてダサいな』という一心でなんとか続けていましたが、無理だとわかっているのに、ずるずると続けている状態が、めちゃめちゃしんどかった」

このままでは絶対にうまく行かないから、何かを変えなければ──。藁にもすがる思いで取ったアクションが、デジタルガレージグループ主催のインキュベーションプログラム「Open Network Lab(Onlab)」への応募だ。フリマアプリ『FRIL』や次世代型電動車椅子の『WHILL』といったサービスを輩出したこのプログラムの出身者が「たまたま知人が創業メンバーだったこともあり、特別うまくいっているように見えた」という。最初に応募した2014年夏には落選するも、再度申し込んだ冬のプログラムには「ギリギリ受かった」。

当時のOnlabは、創業期(シードステージ)のスタートアップを育成する半年間のプログラム。活動資金やオフィススペースなどの設備を提供すると共に、事業のブラッシュアップを目的としたコンテンツやスペシャリストによるメンタリングを通じて事業成長を支援する。プログラム開始から3ヶ月後に開催されるデモデーを目指し、無我夢中でプロダクトのアイデアを考え、プロトタイプを作り、ユーザーからの反応を確かめ続けた。

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3ヶ月で10回ピボット。それでも「苦しさはなかった」理由

『SmartHR』のアイデアにたどり着くまで、なんと10回のピボットを重ねたという。Onlabに参加する前も、ピボットを経験していた。しかし、苦しかったその時期とは対照的に、「精神的なしんどさはなかった」という。

「やることが明確でしたから。決められた3ヶ月という期間で、目の前にあるやるべきことに、ひたすらにコミットし続ける。もちろん、短期間で結果を出さなければいけないのでハードではありました。でも、0.1歩ずつであっても、たしかに前に進んでいる実感があったので、しんどさはなかったですね」

妻が産休・育休手続きに取り組む姿を見て思いついた『SmartHR』のアイデアは、仮説検証のために実施したユーザーヒアリングに対する反応が、それまでのアイデアのときと全く違ったという。

「これが『世の中の課題を見つけた』ということか、と思いました。それまでのアイデアでは、ヒアリングしていても淡々と回答が返ってきたり、場合によっては『困ったふりをしたほうがいいのかな?』と気を遣われている感覚があったりしました。でも、『SmartHR』のときは、1つ聞くと10返ってくるんです。みんな喋り出したら止まらなくて、本当に困っているのだと実感しました」

さらに簡単なLPを作り、事前登録を募るFacebook広告を打ってみると、即座に100件以上の申し込みが来た。「数件獲得できればいい」という見込みを大きく上回る結果で、ニーズの強さを実感。「これはいける」と確信を強め、開発に着手した。共同創業者も宮田も、人事労務の経験はゼロ。書籍や有識者からのインプットはもちろん、自ら社会保険手続きを実体験するなどして専門知識を身につけながら、プロダクトを形にしていった。

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課題が生じる前に、手を打つ

2015年11月のローンチ後は、2018年末まで、事業・組織の両面において「苦労した点はほぼないんですよね。特に困ることはなく、おおむね順調でした」と宮田。みるみる自信をつけていき、メンタルヘルスも良好だったという。その背景には、「課題が生じる前に、先回りして手を打つことを徹底する」経営スタイルがあった。

「既存のセオリーやフレームワークを、最大限活かしながら経営してきました。いきなりオリジナルな施策を打つことはせず、先人たちの知恵が詰まったハズレの少ない方法論をベースにするほうが、効率が良いなと。フィットすればそのまま使い、合わなければチューニングするか、別の方法を模索していましたね」

人間の行動も「原理原則」を踏まえた仕組みを設計することを大切にしてきた。「人間は監視がないと悪いことをしてしまう」という考えのもと、会議室をガラス張りにする。「人間は『機会』『動機』『正当化する理由』の3つが揃うと、不正を犯してしまう」と考えるフレームワーク「不正のトライアングル」を活用し、二人以上揃わないとお金を動かせないルールを作る。「とにかく基本に忠実に、当たり前のことを、当たり前に積み重ねてきました」。

しかし、順風満帆だった宮田に、再び試練が訪れる。2018年末から2019年頭にかけて、メンタルヘルスが急速に悪化。年末年始は、ほぼベッドから起き上がれない状態だった。起業したときに思い描いていた理想がある程度実現し、「少なくとも、一定の爪痕は残せた」感覚を得られるようになってから、何を目標にしたらいいのかわからなくなってしまったのだ。

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「回復の技術」が継続的な成長を支える

この状態を脱するため、宮田はとにかく自分の状態を客観的に把握するよう努め、根性論ではなく、技術で克服することを心がけたという。

「ある程度自分が満足できる成果を出し始めたタイミングでメンタルヘルスを崩してしまうのは、起業家のみならず、誰にでも起こりうることだと思います。一流のスポーツ選手であっても、何らかの目標を達成した後でも活躍し続けるのは、ものすごく難しいんですよ。もちろん、しんどいときは逃げることも大切です。でも、継続的な成長を目指すなら、しっかりと不調に向き合い、乗り越えなければいけないときもある。そうしたときのために、自分なりの回復の技術を身につけておくことも大切なのではないでしょうか」

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宮田が見つけた新たな目標は、「サービスを社会インフラのような存在にすること」。現状では、シェアNo.1とはいえ、『SmartHR』は労働人口の1%前後にしか使われていない。ガスや電力やLINEのようなプロダクトになる。「時価総額1兆円くらいの会社になれると、社会インフラと言えると思う」。宮田の挑戦は続く。

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