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噤みの午後 Diary

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「噤みの午後日記」の続編。ただし身辺雑記厳禁。
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2018年7月の記事一覧

「みらいらん」第二号: 特集「文字のない世界」など

「みらいらん」第二号: 特集「文字のない世界」など

洪水企画の池田康さんから「みらいらん」の第二号が届いた。パラパラとめくってみる。冒頭に佐々木幹郎の詩が置かれている。「おふ おふ おふ 嗚咽のよう」という書き出しが妙に印象的な「ここだけの話」。続いて古内美也子、新延拳、河原修吾、小笠原鳥類、藤原安紀子。どれも力強い。気合が入っているなあと思いながらさらにページをめくってゆくと、栩木伸明の名前があるではないか。佐々木幹郎と西村朗のコンサート評を書い

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ミュンヘン映画祭(9) M:字の読めない男と声を出せない女の愛の物語

ミュンヘン映画祭(9) M:字の読めない男と声を出せない女の愛の物語



女はバカロレアの受験を控えている高校生。通学の途中、同級生に吃音を嘲笑されているとき不良っぽい男に道を訊かれる。女は手帳に道順を書くが、男はそれを受け取ろうとしない。観衆はその理由が男の文盲にあることを知っているが、男は女に対しては頑なに隠し通そうとする。その代わり、女が吃音を乗り越えて喋れるようになるよう親身に励ます。

吃音の女を演じるSara Forestierが監督も務めている。自身の

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ミュンヘン映画祭(8) THE APPARITION: 聖母出現の「奇跡」を巡って、報道写真家が覗きこんだ不可視の世界

ミュンヘン映画祭(8) THE APPARITION: 聖母出現の「奇跡」を巡って、報道写真家が覗きこんだ不可視の世界



事実に基づく客観的で公平な取材で知られるジャーナリストのもとへ、ヴァチカンからある依頼が舞い込んでくる。フランスの田舎町で聖母マリアを目撃したと主張する少女が現れた。村の司祭はすっかり舞い上がって新しい教会を建てると言い出し、噂を聞いた人々がヨーロッパ各地から訪れて、村は大変な騒ぎになっている。ローマ教皇庁としては、オカルト的な土俗信仰に育つことを懸念している。ついては貴殿に調査委員会に参加し

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ミュンヘン映画祭(7)NAMME: 山中で聖なる水を守る父と娘の物語

ミュンヘン映画祭(7)NAMME: 山中で聖なる水を守る父と娘の物語



ジョージアを舞台とした、村の泉を守る一族の物語。長年その役をになってきた父は老い、息子たちは都会へ出てゆく。末娘だけが父のもとで助手を務め、伝統と秘儀の継承に勤しんでいる。彼らは水の護り守であると同時に、病気の治癒者(ヒーラー)でもある。泉の源には一匹の魚が住んでいる。水と魚を通して、彼らは共同体の生命力そのものを護り、労わっているのかもしれない。

川の中腹に工場が出現する。機械の騒音に静寂

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ミュンヘン映画祭(6) Ana's War:ナチス占領下のロシアに取り残された6歳の少女の怪奇な美に溢れた生存

ミュンヘン映画祭(6) Ana's War:ナチス占領下のロシアに取り残された6歳の少女の怪奇な美に溢れた生存



第二次大戦下のロシアでユダヤ系住民がドイツ軍に虐殺される。畑の土に折り重なった死体の山。その中から、素裸の少女がひとり這い出してくる。母親の死骸から引き剥がした毛布を体に巻きつけると、彼女は無言のまま画面の外へ歩いてゆく。それがこの映画の主人公、6歳のアナである。

アナは村人によってドイツ軍将校が占拠して使っている建物へ連れてゆかれる。だが一瞬の隙をみて建物の奥へ逃げ込み、暖炉の裏側のわずか

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ミュンヘン映画祭(5) SULTRY:オリンピック直前のリオに溢れ出す蒸し暑さと恐怖と怒り

ミュンヘン映画祭(5) SULTRY:オリンピック直前のリオに溢れ出す蒸し暑さと恐怖と怒り



原題はポルトガル語でMORMAÇO、湿度の高い蒸し暑さを表現する独特の言葉だそうだ。とりあえず英題はSULTRYとしたものの、ぴったりした翻訳は無理、とまだ若い女性監督が話していた。日本の梅雨の暑さに通じるのではないか。この映画の主役の一つはまさにこの息苦しい湿気であり、それが引き起こす黴である。

彼女はこの映画をリオ・デジャネイロ オリンピックの開かれる2年前の2014年に撮り始めた。オリ

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ミュンヘン映画祭(4) THE BRASCH FAMILY:三世代に渡る戦後(東西)ドイツの家族の肖像

ミュンヘン映画祭(4) THE BRASCH FAMILY:三世代に渡る戦後(東西)ドイツの家族の肖像



ナチスの迫害を生き延びて、東ドイツにユートピアを夢見たホルスト・ブラッシュ。作家となった長男トーマス、弟で同じく作家のペーター、俳優のクラウス、そして末娘でやはり作家となったマリオン。彼らの家族の歴史は分裂と統合の戦後ドイツの歴史に重なる。

父親のホルストは社会主義に理想を託しただけに、その現実に失望し、自殺を試みたりもする。「私は党に見捨てられた」という遺書を残して。一方長男のトーマスはあ

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ミュンヘン映画祭レポート(3) CARMEN & LOLA
:ロマの少女たちの(同性)愛と自由の物語

ミュンヘン映画祭レポート(3) CARMEN & LOLA :ロマの少女たちの(同性)愛と自由の物語



49歳の女性監督が30年の下積み生活を経て、初めて撮った作品。登場するのは二人の少女をはじめとしてほとんどがジプシー(ロマ族かどうかは分からない)だが、プロの俳優は一人も使わず、全て普通の人たちだという。上の写真の左がカルメン、映画の中の設定は17歳だが実際に撮影した時は15歳だったそうだ。右がローラ。17歳を目前とした16歳という設定。

映画はカルメンの婚約が決まり、祝いのパーティが開かれ

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ミュンヘン映画祭(2) Diamantino:現代ポルトガルの政治状況を風刺する知的な寓話

ミュンヘン映画祭(2) Diamantino:現代ポルトガルの政治状況を風刺する知的な寓話

明らかにポルトガルサッカーのスーパースター、クリスチアーノ・ロナウドをモデルにした奇想天外な政治風刺劇。ポピュリズム政治と、難民問題と、欧州離脱と、マネーローンダリングと、クローン人間が入り乱れる。ポルトガルって、スペインとはまるっきり異なる不思議な想像力と知性に満ちた国なんですねえ。

彼がピッチに立ってゴールを狙う時、ふさふさした毛皮の可愛い(けれど巨大な)子犬たちが現れる。場面の設定はまさに

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ミュンヘン映画祭(1)Alanis:息子に乳を飲ませながらブエノスアイレスの野蛮を生き延びてゆく女性の姿を描く

ミュンヘン映画祭(1)Alanis:息子に乳を飲ませながらブエノスアイレスの野蛮を生き延びてゆく女性の姿を描く



一歳半の男の子を連れたブエノスアイレスの売春婦の話。警察のガサ入れに合ったり、客をとったりするシーンの合間に、繰り返し授乳のシーンが挿入される。男の子の役を演じたのは主演女優の本当の子供だったそうだ。乳離れする前に撮影を終えなければならないので大変だったとか。

「仕事場」にしていたアパートを失い、切羽詰まった挙句に路上で客を拾ったあと、その辺りを縄張りとする他の売春婦たちに追いかけられる。深

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