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80年代のレガシー

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1980年代について書いた記事
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#jpop

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サザンオールスターズ "さよならベイビー" と湘南の思い出

1989年シングルリリース 1990年リリースアルバム "Southern All Stars" 収録曲 ホイチョイ三部作の一つ "彼女が水着にきがえたら" OP 映画のオープニング、浦安マリーナで織田裕二と谷啓がヨット(バンドフェット30)を海に降ろすシーンで流れる。 初めて見たときはカッコよすぎて痺れた。 早速、浦安マリーナを見に行ったりした(笑) ただ、世間的にはスキューバ・ダイビングが流行していたと思う。社員寮の友達はスキューバのインストラクターになったと自慢していた。 +++++ この頃、会社の先輩が4人乗り(?)のヨットを江ノ島に置いていて、仲間とのバーベキューの合間に特別に乗せてくれた。 それで葉山沖まで走って帰って来たら、ヨットの虜になってしまい、その後の自分が大変だった。この周辺は友達の話も含めて連鎖的に出てきてしまうが、趣旨から外れるので割愛する。 国道134号の渋滞を沖から眺める体験はなかなかできない。よい思い出だ。 +++++ 映画のなかには様々な場所でのロケがあった。 シェアした動画の中にチラッと出てくる海が見える屋上のシーンは、鎌倉高校前駅の横、スラムダンクの踏切から坂を上がった所にある「鈴木病院」の屋上だと思われる。 同様、二人で公園に佇む夜のシーンは逗子の「披露山公園」 (ここもバーベキューの帰りに連れて行ってもらった) 「珊瑚礁」のシーンもあったと思うし、とにかく湘南のシーンが沢山見られるのがこの映画のよいところ。 個人的に好きなシーンは、原田知世がタクシーで夜風に吹かれる映像で、バックに「いつか何処かで」が流れて海岸線の夜景が映るシーン。湿った海の空気に包まれそうな感じだった。 ロケ地は湘南だけでなく、浦安や芝浦(?)のウォーターフロント周辺も出てくる。 +++++ 映画としての評価はさほどでもないし注目されなかったが、娯楽映画として当時の空気感の中ではかなり楽しい映画だったと思う。 個人的にはホイチョイ三部作の中で3番目に好き(笑)1番は「波数」

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大江千里 "塩屋"

1987年リリースアルバム "OLYMPIC" 収録曲 最近なぜか大江千里をときどき聴いている。YouTubeで。 「塩屋」は神戸の海岸沿いの町で、山際に瀟洒な異人館などが建つ静かな所。JRと山陽電鉄が通っていて、それぞれの塩屋駅がある。 小さい頃に垂水に住んでいたことがあるが、大人になるまでなんだかんだとこの辺りの海岸線は行ったり来たりしている。かつて国道2号沿いには店舗の廃墟が点在していた時期があり、カメラを持って撮り歩いたこともあった。 塩屋駅や、隣の滝の茶屋駅で降りて歩いたり、バイクで山の方まで上がったりしたことも。 陽だまりの中に浮かぶような町。高台からはキラキラと輝く海が見える。

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薬師丸ひろ子 "メイン・テーマ"

作詞:松本隆 作曲:南佳孝 編曲:大村雅朗 1984年シングルリリース 角川春樹事務所制作・東映洋画配給「メイン・テーマ」主題歌 本日は薬師丸ひろ子特集😳 これも映画は見ていないがCMはよく見た。 楽曲は南佳孝「スタンダード・ナンバー」と歌詞が異なるバージョン。だいたい同じ頃にリリースされていたもよう。 個人的にはスタンダード・ナンバーの方が好きだったが、今となってはどちらも懐かしい。 世の中的には薬師丸ひろ子の声で歌うのがメジャーで、先の記事でも書いたが歌声を聴くと80年代がわーっと来る。 このオフィシャル動画のアルバム「花物語」は2011年にリリースされたもので、わりと最近、手に入れた。収録はおそらく当時の音源だとは思う。(?) 片岡義男原作の映画化で森田芳光監督。主演は薬師丸ひろ子・野村宏伸。 野村氏はあの頃、よく映画・ドラマに出演していたが最近どうしているのだろう?

薬師丸ひろ子 Woman "Wの悲劇"より

Woman "Wの悲劇"より 作詞:松本隆 作曲:呉田軽穂(松任谷由実) 編曲:松任谷正隆 1984年シングルリリース 角川春樹事務所制作・東映配給「Wの悲劇」主題歌 個人的にユーミン提供曲のなかでは最も響く曲。映画は見ていないが、CMでよく聴いていた気がする。 最近の薬師丸ひろ子の歌唱も優美で素敵だが、当時の録音を聴くとわーっと空気が変わる感じがある。記憶がもたらす感動。 オフィシャル・ライブ版

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松任谷由実 "よそゆき顔で"

1980年リリースアルバム "時のないホテル" 収録曲 「時のないホテル」の楽曲は意味深な歌詞が多いと思う。「よそゆき顔で」の歌詞のシチュエーションに自分自身の体験はあてはまらないけれど、「観音崎」や「(白い)セリカ」や「追い越したり抜かれたり走った」というフレーズには思い出がある。 1987年公開の映画「私をスキーに連れてって」にも白いセリカが登場する。それとこの歌のセリカは連動していると思っていたが、時代的にはまったく違っているからきっと違うセリカだろう(笑) いずれにしても、いま振り返って涙が出そうな楽しい思い出は、この辺りに凝縮されている。以前は聴くと切なくなったものだが、最近はじいさんになって感受性も失われてきた。

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本田美奈子 "Temptation(誘惑)"

作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:大谷和夫 1985年シングルリリース CM曲 80年代はアイドルが最もキラキラしていた時代だと感じる。 まるで滅亡した古代文明のように、今となっては謎めいてさらに美しい、完成された一つの様式があったように思う。 その様式は、90年代に失われ、二度と復活することはなかった。 あらゆるものの価値観が入れ替わる局面に、最後に残された価値として燦然と輝いていた。 その残像を、いま僕は見ているのだ。

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桑田佳祐 "悲しい気持ち"

1987年シングルリリース 1988年リリース・アルバム "Keisuke Kuwata" 収録曲 ユニクロCM曲 曲だけ聴くと全然悲しくない。 詞を読んでもとくに悲しげな雰囲気もない。 悲しいんだろうなあ、というレベル。 桑田佳祐は、女性に恋すると悲しかったり切なかったり惨めな気持ちになるんだなあと、あの頃、よく思った。 「悲しい気持ち」は "Keisuke Kuwata" の1曲目に在るべくして在る。最初の印象はクリスマスソング。今振り返るとシティポップ。 記憶に残る曲。 アルバムそのものが80年代のホットな空気感に包まれている。夏男桑田。

内海 Seaside

1986年リリースの TUBE のアルバム "THE SEASON IN THE SUN" 収録曲 作詞:杉村紫世 作曲:長戸大幸 編曲:前田亘輝 「内海」って一体??とずーっと不思議でしたが(調べろよ)愛知県の知多半島の「内海」のことでした。つい最近、知ることとなりました。 "遠い夏の日に 時計もどせたら  あの seaside 捜したい   blue blue heart" 忘れられない夏って感じです。 すべてが、まばゆい光のなかにありました。

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田原俊彦 "ハッとして!Good"

作詞・作曲:宮下智 編曲: 船山基紀 1980年リリース・CM曲 別にジャニーズづいてるわけじゃないのですが、近頃はシンプルにこういうエンターテイメントにホッとするのですね。 聖子ちゃんも当時はそんなにいいなーとは思っていませんでしたが、今は素直に「聖子ちゃんの歌はいいなー、しみじみする」と思えるようになっています。 後にも先にも、あの時代って特別だったのかな?と思わざるを得ません。

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桑田佳祐 "いつか何処かで"

1988年リリース・アルバム "Keisuke Kuwata" 収録曲 ホイチョイ映画「彼女が水着にきがえたら」挿入曲 街を歩きながらヘッドホンで聴いていると、街がとても素敵に見える。 映画では夜の134号、原田知世がタクシーの後部座席で風に吹かれるシーンで流れた。湿度感のある暖かい風と相性がよい。

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桑田佳祐 "遠い街角"

1988年リリースアルバム "Keisuke Kuwata" 収録曲 サザンオールスターズのサイトでは歌詞が紹介されている。 アルバムの収録曲にはたとえば「哀しみのプリズナー」や「いつか何処かで」のように馴染みの曲があるけど、このアルバム自体は聴いたことがないと思う。 「遠い街角」は昨年、ユニクロのCMで使われていたらしい。 個人的には湘南の海岸線が浮かんでくる。打ち寄せる波のようなメロディ。

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稲垣潤一 "ドラマティック・レイン"

作詞:秋元康 作曲:筒美京平 編曲:船山基紀 1982年シングルリリース 横浜ゴムCM曲 稲垣潤一といえばこの曲なのかも? 聴くといつもカセットテープがぐるぐる回るイメージが浮かんでくる。 学生時代の友人が「ナカミチ」の高級カセットデッキで録音してくれたアルバムのテープを、長い間持っていたせいだろうか。手書きの曲名リストのイメージまで浮かんでくるよ。 フォロワーさんに筒美京平ファンの人がいるけど、確かにこの曲は素敵。 アイドルも歌謡曲も演歌もロックもシティポップ(?)も全部が元気だった80年代前半。ザ・ベストテンという人気番組があった。

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徳永英明 "レイニーブルー"

作詞:大木誠 作曲:德永英明 編曲:武部聡志 1986年デビューシングル 自分より数歳〜10歳ぐらい若い男子に人気があるという印象を持つ。 僕の体験から。 徳永英明と久保田利伸は同じ頃にデビューしたんだなと認識。

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松原みき "真夜中のドア〜stay with me"

作詞:三浦徳子 作曲・編曲:林哲司 1979年 デビューシングルがリリース。 海外・国内ともに人気があり、現在このオフィシャルビデオは1920万回視聴されている。竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」と肩を並べるヒット。 個人的には、デビュー当時にこの曲だけがヒットして、よく巷で耳にしたし、自分でも口ずさんでいた。その頃は林哲司も知らなかった。僕がオメガトライブに出会うのが1983年だから。 その後すっかり忘れてしまっていて、最近のブームで再び聴くことに。 たしかにいい曲だと思う。古い曲だが、古さを感じさせない感じはある。 やはり80年代頃のポップスは作り手がプロだったのだなあと改めて思うし、あの時代だけの感覚があったと思う。林哲司だったから、という部分もあるだろう。