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デジファブ講座企画談義・・・ワークショップ開催までの道のり

デジタルファブリケーション。略してデジファブ。
デジファブとは、レーザーカッターや3Dプリンタなどの、コンピュータと接続されたデジタル工作機械によって、3DCGなどのデジタルデータを木材、アクリルなどのさまざまな素材から切り出し、成形する技術です。(出典:Artwords

Explaygroundには、このような機材などを持っているラボがあります。またクラウドファンディングでの支援を得て購入した木工用CNCルーターや、さらに巨大な加工機も、Explaygroundの拠点となっている東京学芸大学小金井キャンパスに設置される予定です。

Explayground事務局で、このデジファブ資産のさらなる有効活用法を議論しているなか、事務局の中心人物であるまっちゃんからある提案がなされました。
「デジファブワークショップをやりたい!」
まっちゃんは「遊び学」研究者。専門は社会学と教育研究。
そのまっちゃんが考えるデジファブワークショップとは、どんな中身なのか?

この記事では、デジファブのひとつであるレーザーカッターを初体験したまっちゃんが、事務局会議でワークショップ開催を提案したときのディスカッションの様子を紹介していきます。

〈主な登場人物〉
まっちゃん:事務局メンバー。「遊び学」研究者。専門は社会学(スポーツ・教育・文化)と教育研究(体育科教育/教育支援)。
もっちー:事務局メンバー。社会教育学、成人教育学、生涯学習論が専門。社会教育・生涯学習関係職員やボランティア・サポーターなど、地域での学びあいを支援する人々の実践的な力量形成とコミュニティづくりについて、研究と実践に取り組んでいる。
フジムー、ミーコ:事務局メンバー。民間企業出身。


まっちゃん:(先日のレーザーカッター初体験は)ほんまに感動やったですけどね。レーザーカッターって、なんかパワポで資料を作るような感覚で、イラストなりデータをコピペして、それをそのまま流し込んでスイッチ入れたら、その通りに彫ったり切り出したりしてくれるんですね。
普通やったら「こんなんあったらええのにな」「こんなん自分で作りたいな」とか思っても、彫るとか切り出すだとかいう部分にものすごい匠の技術があって、それがスイッチポンで自分のものになることで、まあ言うたら自分にそういう技術がアタッチされたような感じになって、自分の世界との関わり方が変わって、なんか「世界を生み出していける!」みたいな、そんな自分になったみたいな、そういう感覚やったんです。デジタルファブリケーションの本質って、そういうことに近い感覚なのかなと思ってました。
例えば、僕が彫刻刀で彫ったコースターをジンズー(事務局メンバー)に「手作りなんです」と言ってあげたとするじゃないですか。僕はすごい想いがこもってるから、ジンズーに相当なものをあげた感覚があんねんけど、ジンズーはそれをもらって「困ったな、捨てられへんけど、かといって、通常使われへんし」みたいな、そういう関係ってあり得るじゃないですか。ところがデジファブなら「自分で作ったんです」っていうものが、ジンズーから見ても「わっ、これすげえクオリティじゃん!ありがとう!」みたいな、そういう関係性が新たに作り出される可能性がある。だから、モノが変わると社会関係が変わる、みたいな。
もっちー:手作りの一点モノが嬉しい人と、最新技術を使って高いクオリティのモノを自作で作ったことがすごいねっていう人、それは送る側と受け取る側の感性もあると思うし、どっちが上とか下とかじゃないとは思います。
どういう講座(ワークショップ)にしようかということについて言えば、それを通して何を学んでもらいたいのか、技術を学んでもらいたいのか、新しいコミュニケーションみたいなことを学んでほしいのか、それをきっかけに語り合ってもらいたいか、講師みたいな人がどんなふうに関わるのかなど、多分アプローチの仕方が変わるかなと考えます。どの辺ですかね。
まっちゃん:なるほど。そしたらもう少し個人の感覚で喋りますね。デジファブ、もうちょっと狭く言うと、「レーザーカッター」っていう1つの文化の良さみたいなものを伝える、みたいなところに、(僕の)想いがあるんだと思います。これまでの自分の経験とかぶるので、対比的に言ってみますが、例えば体育の授業やったらバスケットボールを教える場面があります。その時に、何を教えてるんだと言われたら、例えばバスケットの技術。技術を教えるとは、シュートの打ち方とかそういう話になると思います。でも僕が教えたいと思うものは、バスケットというスポーツや遊びって、みんなが楽しむものとしてずっと長く積み重なり文化として育ってきてるとこがあるんですね。その文化の持ってる、ある種、人間の知恵みたいなものが反映された、そのものの良さをまずは教えたい気持ちになるんです。それはどっちかというと、個別に要素で分解されるというよりは、みんなで紡ぎ合うひとつの出来事というか、意味の世界だと思うんですよ。それがある時はエキサイティングになったり、ある時は大事なものとして考えたり、ある時は大勢の人を集わせる、そういうものになってると思ってるとこがあるんです。
同じようにレーザーカッターの話をすると、レーザーカッターは普通に考えると機械だしひとつの技術に見えるんだけど、実はそれは『デジタルファブリケーション』というひとつの出来事とか文化そのものを指してるんじゃないかと思っています。
そういう技術と出会うことで、自分が頭の中にイメージしたものを具体的なマテリアルとして産出できるというか、その産出されたものが自分の感覚で終わるんじゃなくて、他の人にプレゼントで贈っても「わあ、すげえ」とか、そのモノが持ってる、問いかけてくるような意味みたいなものを共有できるというか、そんなことが体験の本質のような、ある種の文化だと思えるんです。
だから講座として教えたいことは、結果的には使い方も身につくだろうし、それを通してどう使うかという応用力なども身につくかもしれない。ただし、その真ん中にあるのは『デジタルファブリケーション』という出来事というか、その行為自体が持ってる文化性みたいなものを、「ああ、そういうことか」とか「めっちゃ面白いやん」みたいな感じで納得できるっていうんですか、なんかそういうことを講座の柱にできないかなと考えるんですけど、どうでしょうか。

デジファブという文化や出来事を体験すること

もっちー:デジタルファブリテーションという文化や出来事は、それを面白がったり出会うことで、どういう社会変革というか、意義というか、新しみというか、もうちょっと大きな層でいうとなんですか。
まっちゃん:それが設計図に書いたみたいに「それを分かったから次これができるようになる」「ここへ繋がる」などは想定しにくい気がするんです。ただ、そういうものに出会うっていうことが潜在的に積み重ねられることで、自分のウェルビーイングみたいなことが探せていくというか、ファブリケーションが持ってる良さは納得してほしいけど、納得したからといって、それが好きになってずっとやるとか、あのそれを使ってさらに広げていくとかっていうことをするかどうかは、それはその人の判断というかチョイスであっていいのかな、と。
もっちー:わかりました。今、考えてる講座っていうのは、どちらかというと、深くやるタイプの講座じゃなくて、きっかけ作りとか入り口の講座というか、出会いの場みたいなイメージですかね。それを個人個人がウェルビーイングに活かしてもいいし、先々追求して仕事に活かしてもいいし、それで社会を変えてってくれてもいいけど、そこの部分はオープンエンドになっている。
今回の講座はそのゴールは決めずに、そこに出会ってもらう入口のところに、まずは焦点を当てた内容にしたい。まっちゃんみたいな感動をまずは受け止めて、受け止めた先に何をやるかまではあまりこちらで道を作らないけれども、まずはそのきっかけを作るっていう感じですかね。
まっちゃん:その辺は設計の仕方やと思っています。例えば「あ、すごい面白いやん」と思った時に、「ならば自分やったらそれをどう展開する?」っていうところまで抱える講座の設計の仕方はあると思うんです。
もっちー:この講座(ワークショップ)のいいところは、自分たちで続けたいと思ったら続けてもいいし、やめたいと思ったらやめてもいいところ。カルチャーセンターの講座のように「10回分だから行かないともったいない」みたいなタイプの講座じゃないので、「もっと続けたいんですけど」という人たちが手を上げて、何人か指がとまれば続けて深めていってもいいし、途中でいなくなってもいい、という意味ではその後の設計は自由にできる。
まあ、オープンエンドな部分はすごくあると思うんですけど、そうだとしたら適切なファシリテーションは、中身について詳しく技術だけ教えるんじゃなくて、そういう考え方に触れつつ、それを自由に個人で受け止めてくださいってことを許容するファシリテーターがいれば、第二第三のまっちゃんみたいな感動を作る、デジファブを使いながら種を蒔いていく講座ができそうかなって思いました。
フジムー:この前、まっちゃんがレーザーカッターを知ったあのセッションに、何がさらに加わるとそれが成立する感じなんでしょうか。
まっちゃん:例えば、(実際に僕は作らなかったけど)自分で作るというのをまずは付け加えないといけない。作品ができた時に「あ、こんなことができるなら、次は何を作って何をしたい」っていうとこを考えて実行に移すっていうセッションも加わる必要があるかなと思ってます。それが一連のものになればいいかなと。
もっちー:じゃあセッションは3サイクルぐらいある感じですか?まずは「このデータからこんなのが出てきて、キーホルダーができた!」という感動の回、次は「その設計図を自分で書いたやつがこんなふうに出てきたよ」っていう感動の回、最後は「そのデザインすら最初から自分で作ってみて、それが出てきちゃったよ」という感動の回の3サイクルぐらいあると、次につながる。
まっちゃん:3サイクルはこんなのがいいなと思っています。1サイクル目は、典型的なデータなりやり方でまずはやってみる回。わーこれでできるんだと。2サイクル目は、自分でデータを準備して、コースターじゃなくキーホルダーを作ってみるとか、何々を作ってみる回。3サイクル目は、これを贈り物として10人に贈り、秘密探偵団を作ろうとか、なんか、作品を使い社会関係まで変えていくような回。そんなサイクルをイメージします。
もっちー:なるほど、3サイクル目は技術と楽しみに加えてそれを他者と共有するっていうところまで含まれるんですね。

ファシリテーション

もっちー:教え合うみたいな講座がきっといいんですよね。経験者や詳しい方も何人か入っていて、デザインはこういう風にしようみたいな相談に乗ってくれたり、このままだと焦げるよみたいなことをアドバイスしてくれたり。先生っぽい人もいるかもしれないけど、あまり教える・教えられる関係じゃなく講座をやれたら楽しいでしょうね。
モノ作りじゃないんですけど、ある地域で、現役時代にICTが得意だったシニアが中心となり、教え合うICTグループを立ち上げていました。これは関係性作りのためでもあるし、技術を教えるためでもあるというすごい面白い動きだったんですよね。そのなかにはエンジニアみたいなバリバリな人がいたり、おばあちゃんがいたりとかするから、ニーズに合わせて発展してき、詳しい人がちょっと教えたり相談に乗ったりしながらコミュニティーをひろげていってました。
このプロセスと似てるなと思ったので、(今回の講座も)小さく生まれても、だんだん詳しい人が増えてきて次の人に教えるみたいな感じになって、本人はまた自分の新しいものを作ったり、ヒントをもらえたりするし、新しい人はまた先輩からちょっと教わったりしながら、すごく知識のある人も、それはそれで原点みたいな感じで関われると楽しいみたいなコミュニティーが育っていったらすごい。
まずはその初回をどう生むか、学習機会をどう作り出すかってことですかね。
まっちゃん:先日ミーコが作ったコースターのデザインは、ペンギンが飛んでいくような図柄になってるんですよ。ちょっとかっこええなと思って、僕も作るんやったらああいう動きがあるデザインがええなとか。またフジムーがさっきも言ったけど焦げ具合とか、焦げ方を逆にさせないようなやり方もできるって。それやったら四角じゃなくて丸にして、こうあった方がええなとか、常に人のやつを横目で見てて、このあとこうしよう、とか実際には作ってないのに考えている自分がいたんですよね。

もう一つデジファブで感動したのは、同じものが何枚でも作れるっていうんですよ。それもちょっと感動やって、それでプレゼントという話を思いついたんです。それやったら、こういう形でプレゼントしたいな、とか。そういう掛け算が広がっていくところっていうのが、ひとつ体験の本質としてあるのかなって思えたんですね。
もっちー:「子供が好きそう」とか「うちのサークルでこういうのがあったらみんなが喜びそう」とかいう話をしながら作れると、すごくいいですね。「こんなふうに子供が反応したんだよね」みたいな話もできたりすると面白いですよね。そういうふうに広げていけるといいですね。

誘い方の工夫

フジムー:誘い方の工夫が大切だと思うんですね。もっちーは今、まっちゃんから30分ぐらい熱い想いを聞いて「そういう感動があるんだ」と思ったと思います。でもたぶんこれを文字にすると、今まで既に僕とかミーコが散々同じことを指摘してきましたが、全然伝わらない。だから誘い方がすごくポイントだと思います。通りいっぺんの誘い方だと、普通に街なかのファブラボが講習会やりますというのとあんまり変わらないので。今回まっちゃんもようやく、それ(誘い方の工夫が大切)が腑に落ちたっていうことなんですよね。
まっちゃん:やってみるって、ほんとに違う理解ですよね。そういう意味では、授業だったらどう考えるかというと、体験の本質みたいなことが見通せれば、それが最も優しいやり方で誰でも体験できるという、やり方の側を徹底的に優しくすることを考えるんですね。例えば、さっきのバスケットの話やったら、結局バスケットって、運んでかわしてリングにシュートを入れるっていう、その3つのできる・できないをワクワクするゲームなんですね。ところがそこにドリブルやパスなどいろんな技術がついてくるもんやから、どんどん難しくなってくる。なので、じゃあどうするって言ったら、ボールをふわふわの柔らかいもんにして、トラベリングとか、そんなんも無しで、とにかく走ってかわしてシュートすることができるかできないかだけが、技術とか関係なく最もやさしいやり方、優しいゲームとなるんですね。
この場合、単に優しいゲームを作るのではなく、どんな人でも優しく体験できる方向で、そこで楽しまれる本質は何かを徹底的に考えるんですけど、デジファブの場合だと、どこが壁になってて、その壁をどう優しくできるかみたいなことで考えるのも要素のひとつかなと思いました。
もっちー:小さく生むか大きく広げるか、スタートをどうするかにもよるかなと思うんです。直接やったまっちゃんの話を聞かないとその熱量が伝わってこないところからもわかるように、小さく生む系からスタートするんだったら、まずはまっちゃんが学内のお友達を呼ぶとか、関係の深い係長さんを呼ぶとか、「学長補佐なら来なさい」とか言って、私のような「理系の話はお手上げ」みたいな人でも呼ぶとか。きっかけなんてそういうもんです。
そういう風に考えると、学芸大教職員の放課後活動として3回ぐらいまずやってもらうところからタネを植えるとか、キャンパス内の幼稚園や保育園などに子供を通わせていてSDGsや森林保護に関心が高そうな保護者さんに、ちょっとまずは親が学びませんかと声がけしてみるとか、この周辺の公民館では結構、雑木林や緑、環境問題系の講座があったりするので、公民館の職員さんたちに来てもらい、学芸大と連携したらこういう講座も企画できるかもしれませんよ、とまずは職員研修として来てもらうとか。ターゲットを逆にぎゅっと絞って、やってからそれを広げていくのもありかなと思いました。
関心がある人に集まってもらうって、ほんとに大変なんですよね、実は。だから逆に、何かにかこつけてっていうんであれば、肩叩いて来てもらうか、何かにつながる研修としてまずは来てもらうか、そういうアプローチもありかなと思います。
まっちゃん:今の話めちゃくちゃ面白かったです。ほんとその通りですよね。最初はそれでいきます。なんか誘いかけるイメージっていうたらね、チラシ作ってバーッと撒くとか、いっぱいネットで知らせるみたいなイメージしかなかったんやけど、ほんとそうですよね。で、口コミでどんどん増えていくみたいな動きになってきたらいいわけですよね。
もっちー:そうなんですよ。来たら「楽しかった」っていうけど、来るまでのハードルがものすごい高いんですよね。
フジムー:広告を見てくる人は、この企画じゃなくても自分で探していくんですよね。むしろ全然興味なかったけど、やってみたら面白かったっていうのの方がやっぱ口コミ効果も大きいと思いますし、さっきのまっちゃんみたいに語りも熱くなりますよね。「全然興味なかったんだけど、こんなのできると思わなかった」って。
もっちー:元々関心ある人が面白かったっていう上がり幅と、全然関心なかったのにやってみたら楽しかったという人の上がり幅は、後者のほうが圧倒的に大きいですよね。
フジムー:できることが増えたんじゃなくて、ものの見方が変わるっていうことになるから、温度も変わりますよね。
まっちゃん:そうそう、ほんとその通り。教科教育という研究の領域とか授業があるじゃないですか。僕も教科教育をやってたんやけど、この先生方にも強み弱みがあり、特にその弱いとこはね、授業は必ず受けるところから始まるんですよ。たとえば40人クラスだと40人集まった状態から始まるから、その40人をいかにこぼさないかということに関してはものすごく気遣うんやけど、40人をどう集めるかという局面はないんですよね。でも、そうじゃない教育って確かにそうですよね。「この指止まれ!」って集めないと始まらないから。
もっちー:そうなんですよ。やってることはいいことやってるので、集まらないと世の中の意欲が低いとか関心が低いとか言って、来ないことに文句を言ったりするんですけど、そうじゃないと私は思うんですよね。集まらないことは、広報手法とかいろんな問題があるとは思うんですけど、参加するきっかけ作りは自主的じゃなくても構わない。とっかかりさえあればいいはずだから。なのでまずはあのちょっとやりましょうとか、検証のためとか言って、副学長の先生方にやってもらうとかですね。理屈付けはなんでもいいと思います。
ミーコ:開催場所もカフェの前のオープンスペースでやるなど、見える化した方がいいかもしれないですね。
もっちー:いいですね。宣伝にもなって一石二鳥。ツナギとか用意しましょうか。形から入るのも一つの手だから衣装から揃えたりとかしてね。
まっちゃん:ああ、なるほどわかりました。考えます。具体的に考えます。今の面白かったな、ほんまに。ほんとそうですよ。もっちーもやりましょうね。
もっちー:そうですね、聞いてるとやっぱ楽しそうだな面白そうだなって、すごく思いますが、そのメンバーだとちょっと遠慮したいです(笑)。
まっちゃん:実は3Dプリンタも体験したのですが、こっちはプラスチックが出てくるんですよね。これはこれでまたね、その延長線上で考えると、なんか感動がすごく高くて「うわあ」みたいな感じがありました。
もっちー:いいですね。「面白かったよ」という人が、また周りの人に、「じゃあそっちもやってみたいな」と思う人もいるかもしれないし、「自分はやっぱり木の方だな」と思えば、そっちで突き詰めてもらえばいいし。緩やかに交流できるっていう意味ではいいですよね。
ミーコ:GREEN TECH ENGINEER LABの中学生たちにも入ってもらうと、より幅がひろがり、さらに面白くなるかもしれないですね。
まっちゃん:いいですね。確かにそうですね。

(了)


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