見出し画像

巨大空間

はじめまして

この一文から始めさせていただきます。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

有明を訪れたが、近未来感を感じる町であった。埋め立て地で、歴史が浅く開発された土地というバックグラウンドも関係しているのだろう。ここで生活をしたいとは思わないが、ワクワクする。そんな町であった。都市計画的視点や建築家の視点によっては様々な批評があるだろうが、主観としてワクワクできる町は楽しい。

画像1

東京ビッグサイトに初めて訪れた。といっても、主にいたのはコミケの聖地としてお馴染みの展示場の方ではなく、東棟というホールが並んでいる方の建物である。佐藤総合による設計。入口から入って、すぐ目の前に広がった光景に感動した。真っ直ぐにぶち抜かれた吹き抜け空間。奥行きの大きさに圧倒された。骨組みを構築している鉄骨もいいリズムを作っている。
最近は大空間の建築に憧れることが多い。そしてその空間があまり意味のある空間でない時により感動する。なにかの機能としてある空間ではなく、ただ空間があるだけなのである。そこには建築家の意図が内在している。軸線として貫いているものかもしれないし、ただ設計者がカッコイイと思ってセンスをぶつけた空間かもしれない。巨大空間を作るにはやはりお金が絡んでくるため、経済的利益を生まない空間は施主や設計者に好まれないものである。しかし、空間の良さで引きつけることができれば、機能のない空間でも結果として愛され、残り続けるのである。

画像2

画像3


魅力的な巨大空間を作ることに携わりたい。最近の夢である。しかし、現実はそう単純ではない。設計職はとことんブラックである。そして、設計職の人間達はブラックであることを誇らしげに語る変態であることもしばしばである。労働時間だけでなく、給料までブラックなので、なかなかにどうしようもない。実家と太いパイプがあるか、色んなものを捨てる覚悟がある者しかなれない修羅のような職業だ。他にも、作ることに携われる職業はあるが、作るものが巨大な場合、大人数で仕事が分けられる。つまり、任される仕事は末端の末端で、なにを作ることに携わっているのか分からなくなることもしばしば。他にも難しい理由は挙げたらキリがない。

画像4

画像5


夢を掴む人と掴めない人の差は、やりたいことの出来ない言い訳を見つけて動けなくなるかどうかだと聞いたことがある。言い訳探しをせず、やりたいと思い情熱をもって取り組むことが出来れば夢に近づけるのだろう。慎重派の私には難しいことではあるが、何事もまず行動なのだろう。時には、私も考えすぎずに突っ込んでみよう。

画像6

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


手の届く範囲にいるあなたが

幸せでいることを願います

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?