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あの頃は良かった、とは云わないけど、あの頃で良かった、とは思っている

ひどい雨が降ったあと
山の中をくねくねと進む頼りない道は
どこも山からの水でビシャバシャで
土砂や砂利の流出
木々の倒壊や折れた枝の散乱
人が作るモノをまるで無かったことにするかのような暴れぶりだ

ネットでざっと眺めただけでも通行止め箇所は多く
探検気分で出かけていくのも面白そうだけど
一生懸命復旧している人たちのことを考えると申し訳なくもあり
出かけて行ってどこかにたどり着けるという保証もない感じだった

梅雨空の中
山から流れ出た水で川になる道路を突っ切っていく
クロ介はすでにびしょ濡れで
ボクの両足の脛にはびったりとチノパンツが張り付いて気持ち悪い
「帰ったらしっかり洗ってやるから」と
クロ介をなだめながら迂回路を彷徨う

でも、これはこれですごく楽しい走りだ
雨上がりは山のにおいが強く湧き出して
すべてがしっとりと濡れそぼって
湿った重い空気が皮膚に纏わり付いてくる
おまけに足元に伸びる両方のシリンダーからはこの頃かなりの熱気で
信号待ちはすでに忍び寄る夏を強く思わせる

海沿いに発生した線状降水帯の影響は山へ向かい北へ行くほど薄れる
いつもの涼風は案外平静で挟んで流れる二本の川もすでに落ち着いていた
この先の三河湖へ通じる県道で通行止めが出ているけど
避けて走ることは容易だ

アルコールストーブにヤカンをかけて
湯が沸くのを待つ間も
最近頭の中をグルグルして離れない思いがまたすぐに浮かんでくる

先日、久しぶりに近所の写真屋に行った
といっても全国展開するキタムラだ
本当に久しぶりだったので、店内の様子がすっかり変わってしまっていた
今日の目的は、カメラの液晶モニターに貼る保護フィルムなのだが
そんなに広くはない店内を2周しても一向に見つからない
仕方なく店員に尋ねると
「今はコーティングが主流になったので保護フィルムは処分品しかない」と答えた
最近のカメラ事情には疎いとは云え、あまり聞いたことがなかったので説明を求めると30分ほどの店内作業で保護フィルムより硬いコーティングが可能ということだった
コストは3,000~5,000円
店内にわずかに残る保護フィルムのデットストックはどれも1,000円程度だったので、とりあえず店員をヘラヘラしながらかわし保護フィルムを買うことにした

それから、せっかく来たからということで
ずらりと並んだ最新のカメラを眺めることにした
ソニー、とかパナソニックとか家電屋が幅を利かせている
かつてニコンは35ミリ一眼レフカメラのトップブランドであったが
オートフォーカス化とその後のデジタル化の波に乗り遅れ相当苦戦していたしかし、その根本原因であったFマウントというレガシーを捨てる決心をしてからニコンのミラーレス一眼レフはようやくトップクラスへと返り咲くことができた
最新の中級機Z8は、ボディのみで60万円
正直云ってこんな価格帯のフルサイズミラーレスを買う選択は現実的じゃぁない気がする
どうせほとんどモニター上でしか画像を見ないのだからAPS-Cフォーマットが価格的には現実的だ
そこにニコンのZfcが展示されていたので手に取ってみた

「!」

あまりもの軽さに展示用のダミーかと思った
ケーブルが繋がっているので実機だろうとスイッチを入れてみると果たしてカメラは作動した

「ナンダコレハ?」

軽量ボディというよりチーププロダクトではないかい
だからといってZ8買おうとはならないし
あなた方が「望むスペック」をまじめに組み込めば60万円かかりますよ
でも簡単気軽に写真が撮りたいならこんなのどうですか?
お安くしときますよ、みたいな感じ

ボクが初めて買ったのはもちろんフィルムカメラで
オリンパスの初級機OM10だった
ボディは4万でf1.8の標準レンズ付きで6万を切っていた
ボクは見栄を張ってf1.4のレンズ付きで買ったので定価では66,500円だったけど、新宿東口のヨドバシカメラで5万円くらいだったと思う
本当はミノルタの両優先機XDが欲しかったけど、その時プータローだったボクにはこの辺が身の丈だった

当時、35ミリ一眼レフのトップブランドはニコンF2フォトミックA
f1.4標準レンズ付きで138,000円だった
最高級機なのにOM10の約倍の価格しかしない
もちろんデジタルカメラとフィルムカメラを単純に比べられない
ネガカラーなら1本撮るのにランニングコストが1,000円はかかり続ける
リバーサルカラーならその倍以上かかる
200本撮れば50万円以上かかることになる
いやいや、ランニングコストかからないからといってイニシャルコストが高くて良いってことじゃないでしょ

近頃よく云われることだけど日本の給与水準は世界で見れば低いレベルで日本人は総じて貧しくなっているらしい
にもかかわらず目にするのは贅沢な暮らしぶりばかりだ
身の丈に合っているのか合っていないのかは人によるだろうが
つまり「貧しさ」はあえて目に付かない場所へ置かれている気がする

60万円もするカメラ
1,200円もするモンブラン
2,000円もするカキ氷
200万円もする軽自動車
そして、44万円もする125ccのオートバイ
どれも価格とモノのバランスがしっくりこない

「プレミアム」という言い回しを最近よく聞くが、そもそもマスプロダクトにプレミアムなモノなどほんとうに存在するものなのだろうか
プレミアムと名付けるビジネスモデルは正直あざとい

高コストであっても高付加価値のモノでなければ売れないのか
過剰に自動化が進めたためにコストが上がったのか

1秒間に8コマの巻き上げは機械でないとできないが
1コマの巻き上げはレバーで十分だ
カメラに向かって時速200km/hで走ってくるクルマに合焦させるのは難しいけど、ほとんど動かない被写体なら自分でピントを合わせればいい

誰にも簡単に完全な写真が撮れる気にさせるカメラは
とっつきにくいマニュアルカメラと何ら変わっていない
写真が撮れる仕組みに変わりがないのだから
ハードでどれだけ自動化、予測化を進めても
写すことは可能でも表現まではやってくれない
歌は唄えても歌を表現できないのと変わらない
60万円のカメラとスマホのカメラの違いを理解できないのに
本当に必要か?

お金もあるし、買いたいんだからいいじゃん
もちろん、どうぞどうぞ、だね

でも多分買わなくてもいいと思う
なのに買いたいのはなぜなのか
本当は誰も気づいているんだと思う
消費者が変わらなくては製造者はこれをやめない
価値のある企業が廃業に追い込まれ
資本力を笠にブランドと技術力を飲み込んでいく
金を積んでも人と違うと云われたくて必死な消費者に
誠実の仮面の下で舌を出しながらモノを売りつける
いつしか市場には同じようなモノがあふれ
いいように利益をむしり取っていく
街の商店街はなくなり
街の工場はなくなり
勝ち組という言葉で市場を牛耳る輩がのさばる
これまでどれほど自分たちに本当に必要な大切なものをなくしてきたことか
貧しくても温かい社会を取り戻してほしい
時短とかタイパとかくだらないこと云うなよ

写真屋で会計を済ませたあと、店員に
(写真フィルムが見当たらなかったので)「ここはフィルムは置いてないんですか?」と尋ねてみたら、メーカーが生産を中止している、と答えが返ってきた
6月には入荷予定があるから予約は受け付けると云う

店を出てオートバイに跨りながらなぜだかモヤモヤとした
どうやら長く生き過ぎたようだ
人生はやはり50年くらいがちょうど良い
10年ひと昔と云うが(今も云いますよね?)
50年となれば、ひと時代なのだろう

あの頃「は」よかった、なんて云わないけど
あの頃「で」よかった、とつくづく思う

ブログ「ソロツーリストの旅ログ」2023年6月12日 加筆修正
あの頃は良かったとは云わないけど、あの頃で良かったとは思っている - ソロツーリストの旅ログ (goo.ne.jp)

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