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誠実で不誠実な奥田民生のラブソングー男のガチ恋あるあるー


 注記:本記事では若者の異性愛者を念頭に男性・女性と言っている。あしからず。

 先日、森岡正博の『草食系男子の恋愛学』(2010年MF文庫版)を読んだ。この本は森岡が、「優しい心を持った奥手の男性に対して、恋愛のアドバイスをするという内容」(p.201)だ。片思いの、もしくは絶賛交際中の真面目で謙虚な男性にピッタリのいい本だったと思うのだが、自分でも驚いたことに、読んだ後に頭に浮かんだのは奥田民生のことであった。
 奥田と言えば、ユニコーン時代からソロ時代まで、卓越した歌唱力と作曲能力、そしてルックスの可愛さや洒脱なおじさんさによって人気を確固たるものにしてきた、音楽界のカリスマだ。しかし、彼を評価するうえで見逃されがちな気がするのが、優れた作詞能力である。
 今の時代においては一部の「素直な男子の想い」を代弁していると考えられる箇所にひっかりが生じてしまい、この点を高く評価するのは難しいかもしれない。しかし、きちんと読解をすれば、表面的な言葉への違和感を超えて人々に愛される強さを持った楽曲がある、ということがわかるのではないだろうか。(まあ自他ともに認めるコミックソングというパターンもたくさんあるだろうし、民生だからヨシ!とほとんどの人が思うだけだろうと思うが)
 今回はその一例として、『与える男』という楽曲を取り上げたい。

『与える男』の楽曲情報

 『与える男』は、ユニコーンの解散前のラストアルバム、『SPRINGMAN』(1993年)の一曲目に収録されている。作詞作曲歌唱、すべて奥田民生クレジットだ。
 曲調はパワーポップ全開!という感じで、ギターのリフが大変気持ちいい。ちなみに、イエローモンキーの吉井和哉がユニコーンのトリビュートアルバムでカバーしている。

演奏も歌唱もしてないユニコーン。しかもドラムは脱退後。後付けかもしれないが、他のメンバーがろくに映らないあたりから終わりの気配が漂っている。余談だが、この動画の最後には番組MCだったYUKIちゃんがでてくる。

歌詞の読解ポイント

 この曲の歌詞は、初対面の女性を口説いているというシチュエーションだと考えられる。語り手は口説く男性(サラリーマン)であり、聞き手はかなり悩んでいる様子の口説かれる女性だ。
 一聴したところだと、(一番)と(二番)は会話調でほぼ初対面の女性に好意を示し、(サビ1)と(サビ2)では性的な関係をせまっているという内容にみえる。
 ここまでの情報を踏まえたうえで歌詞を再読すると2つの疑問が湧く。
①不思議な力って何?
②(サビ2)で、「下心などない」と言いながらなぜ行為を迫っているのか?
 この二点は、歌詞から想像力を働かせることができる、当楽曲の「余白」のキーポイントだといえるだろう。

①「不思議な力」って何?

 まず、①の疑問への応答。
 「不思議な力」とは、口説き相手への恋心から湧く感情のことを指していると考えられる。恋している人のためなら自分にできることはする準備があるということを示し(一番)、また、あなたを思えば仕事が頑張れるということが(二番)いいたいのだろう。
 異性愛者の男子からすれば、自分の気になる人が落ち込んでいるというのは「空・前・絶・後のぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」チャンスであるし、また、好きな人のことを思えば、しばしばまったく相手には関係がないことではあるが、仕事に精がでて、どんどん出世していける気もするものだ(次の試合でホームランを打ったら、シュートを決めたら、告白しよう。的なやつに近い)。常套句だし、歌でも冗談めかして語っているが、真面目な男子は陥りがちな心理だろう。
 あなたに恋したことによって、仕事を頑張れる、あなたが大事だと思う、あなたを助けたいと思うなどの健全な思考や行動が起こった。これが「不思議な力」の正体なのだ。

②「下心などない」と言いながら、なぜ行為を迫っているのか?

 しかし、それだけが(恋)愛ではない。「気になる」などの形で知覚にも影響し、なるべく一緒にいたいのみならず、特に男子にとってはいたしたいという欲求が起こるのも(恋)愛だ。この部分を相手に言わないからといって、そのような欲求が絶対に無いと否定できる人は限られてくるだろう。そのかゆいところを補完するのが(サビ1)、(サビ2)だ。
 (サビ2)では楽曲の最大の引っ掛かりポイントがある。それは、「下心などないけれど」といっておきながら、なにやら行為を言い方を変えて再度要求しているように読める部分だ。この疑問に答えるために考えられるのは2つの可能性である。
 一つは、『与える男』は三枚目のようなおちゃらけも意図的にできる、よくできた<モテる男>であるという説。
 この場合の主人公のサラリーマンは、それこそ民生ばりに一般受けのするかわいい顔であり、口からでまかせの勢いで相手の心の隙に付け込みながらワンチャンスを狙うのが趣味の、いけ好かないモテ男だ(でも消費者も民生だと思えば嫌いになれない)。そういう人間でないと「君を幸せにしてあげる」などの、自信に満ちた偉そうな文言は飛び出さないと推測することは可能だろう。
 もう一つは、『与える男』は普段は別にチャラくもない真面目な男子であるが、突然の大チャンスに酔いも合わさって、サビでは本音の部分が高らかに歌われているというピュア男子説だ。筆者はこちらの読みを推したいので、以下、そちらを軸にして解釈していく。

歌詞の解釈

 まず、シチュエーションを想定する。サラリーマンが落ち込んでいる女性を口説く場面ときいて、アルコールが連想されないのはおかしいだろう。

(一番)

気になるあの子が落ち込んでいるので飲みに誘う。または、偶然酒の席で遭遇する。
「どしたん?話きこか?」まではこぎつけられた。
相手の力にはなれると思っている(思いたい)と言って遠回しに好意を伝える。

 女性はまだ会話をする気はありそうだ。そこで、もう少し続けてみる。

(二番)

「少し前にやってた映画でさ~」から切り出し、もう一度、冗談を効かせながら遠回しに好意をみせる。だが、まだストレートに「好き」と伝えるのは早い気がして、「不思議な力」というワードで再度ぼやかす。この間、かなり気持ちが高まってくる。

(サビ1)

その胸のうちの高まりの内容は性欲。(ここで、「突然で失礼だけど」とか、「抱かれてくれないか」という言い回しをすることが、自分への自信の無さの現れである)
冗談みたいな大層な表現で、強がりもあり、神や仏を引き合いにだすぐらいのBig Loveだぜ!受け取ったらトブぜ?というハッタリをかます。

主人公のキャラクターの類推

 ここまではこのように解釈できる。
 この前提をすえたまま流して読むなら、(サビ2)は、ふたたび肉体関係を迫る節のようにもとれる。ところがそれだと、「下心などないけれど 試してみなきゃわからない」の部分に関して、男がかなり無理な言い訳をしているようにしかとれない。下心100%がまったくお盆で隠せていないのに、なんで見え透いた嘘をつくのだろうか?(ボケの可能性もあるけれど)
 <モテる男>が主人公だとしても、最後の二行は「(結構美人だから)期待してるので、拒否られたら悲しい、、、救うつもりで誘ったのに、この流れでしないなんて(俺からの誘いも断るなんて、すなわち、失敗を繰り返すなんて)この先心配だぜ?」みたいな、妙な感じになるだろう。まあ、これはこれで、人間的魅力のあるナンパ男の歌として成立するかもしれない。そんな奴がでてきても、ユニコーンのこれまでの楽曲をみればおかしくないだろう。でも、奥田民生サラリーマンシリーズといえる『大迷惑』、『ヒゲとボイン』や『働く男』の主人公をみれば、本作品は『服部』みたいな若い女の子をたぶらかすダーティー・サーティーの歌ではない気がする。
 では、この部分がもしも稚拙なプロポーズだとしたらどうだろうか。

(サビ2)

(さらに酔っぱらって調子にのって)
僕の(誠実に)愛している人よ、結婚しませんか?
下心(すなわち、ヤるための、破る前提の口約束や結婚詐欺の可能性)はないけど、結婚なんてしてみないと、うまくいくかわからないでしょ?
ここまでみせてきた態度で「絶対無理」っていわれたらご縁がなかったということだ。
その時は、何が起こるかわからない(ような不安定な)、あるいは、(冗談めいて)こんなに誠実に君を愛している俺を選ばないような、君の未来が心配で辛い、そんな別れになるでしょう。

 こんな感じで読めはしないだろうか。

「好きな人とは結婚したい」 ピュア男子説の補強

 森岡は先の本で、好きな女の子に安易に「女神」とか「天使」とか言っちゃうのは恋愛に不慣れな草食系男子にありがちな行為であるが、重くて引かれるので慎むように、と言った趣旨のことを書いている。
 これに似たような話で、のぼせた男子、「結婚してぇ」とかライトに言ってしまいがち、というのをあげられる。初めの方の『進撃の巨人』(諌山創,2009~2021,講談社.)ではクリスタの健気な姿にライナーが(結婚しよ…)とか思うシーンがあったし、かの有名な『サラダ記念日』にも

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本でいってしまっていいの 

(俵万智,1987,『サラダ記念日』河出書房新社.)

 という短歌が収録されている。
 この短歌は、ロマンティック・ラブの甘酸っぱさがギュッと詰まっている。アルコールのいたずらで、ポロっと舞い上がった願望が男の口に出ちゃえば、それを受け取る方もとまどいつつ、まんざらでもなさそうな、そういう、若者の恋愛の一番楽しい時期が想像される一首だ。
 したがって、「いってしまった」男が「結婚」を引き合いにして自分の愛の誠実さと大きさを伝えようとしたのならば、『与える男』は「神や仏」をそれに相当するものとして(サビ1)では出した、といえないだろうか。そして、そうだと仮定すれば、(サビ2)は奴の結婚願望がついついでちゃったものである、とみえなくもない。
 片思いの我が愛する人が、ご傷心のときに話しかけてみれば案外お話に付き合ってくれるなんてことがあったとしよう。そんなの、大体の人が「これいけるんじゃね?」と嬉しくなっちゃうのではないでしょうか。

 「もう!ノリと勢いでエッチしたがったり、(結婚しよう)とか安易に思っちゃって、男子ってホントバカなんだから!す~ぐ『与える男』になろうとする!お前が欲しいだけだろ!」
というお話に、みえてきませんかね?

まとめ

 以上、ピュア男子説でみてみると、主人公はこの落ち込んでいる美人が割合誠実に好きであるようだ。
 彼はやや自分に自信がないが、「求愛」するには「余裕」が必要であると思っているために強がっている。それとともに欲求の高まりはピークを迎えてしまう。そのうちのぼせた勢いで、ロマンティック・ラブの妄想がドバドバ溢れ出てしまった。そんなやつは、本当に純粋で、本気で彼女が好きなんだろうな、という感じがする。「優しい心を持った奥手の男性」(=草食系男子)が千載一遇の大チャンスに、アルコールを摂取してのぼせまくっているのだとすれば、めっちゃほほえましい。応援したくなる。
 それにしても、(サビ2)でのワードチョイス一つで「快楽を」『与える男』から「意外と誠実な愛を」『与える男』までの振り幅がだせるなんて、さすがだぜ!

『与える男』の私的感想

 個人的にこの曲で奥田民生の詞が素晴らしいと思うのは、汚かったりダサかったりする「等身大の男性の恋愛観」を感じさせながら、引かれない仕上がりになっていることだ。
 性欲をゲロっておきながら格好もつきすぎず、それでおいて男女ともに楽しむことができるなんて、かなり珍しいラブソングだと思う。「『与える男』の気持ちわかるわ~」でもいいし、28歳のサラリーマン民生が自分を懸命に誘惑していると妄想するのもいいだろう。なんせ私が伝えたかったのは、ただの一発やらせてくれソングじゃないんだということだ(異論は受け付ける)。別に体目当てとかじゃなくても、恋する男子は相手の内面が好きなのと外面が好きなのが同時に早々とピークを迎えがちなんですねぇ。
 前から好きだった相手を口説ける絶好のタイミングが来て、ピンクな胸の内を抱えながら、頼りになる感じを演出したくてちょっと上から目線なやりとりする様が、不器用なところも込みで実に自然です。それをいい曲に乗せて聴かされるのは気持ちがいい。みんなも民生のソロやユニコーンを聴こうぜ!

 最後に、もし違った読みをみせてくれる人がいれば、教えてほしい。筆者はできるだけ標準的な男子の気持ちを代弁して語ったつもりだが、これがズレている可能性は大いにある。また、ユニコーン及び奥田民生には女性ファンが多いイメージがあるが、彼女らの歌詞の受け取り方には大変興味がある。思いのほか、この記事の主張に共感してくれるのだろうか?まったくわからないのでご教示願いたい。
 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。みなさまからの感想をお待ちしております。


参考文献・資料

諌山創,2009~2021,『進撃の巨人』講談社.
源河亨,2023,『愛とラブソングの哲学』光文社.
俵万智,1984,『サラダ記念日』河出書房新社.
森岡正博,2010,『草食系男子のための恋愛学』メディアファクトリー.
UNICORN, 1994, 「与える男」『SPRINGMAN』#1 Sony Records.